生涯学習・プラスワンステージ

第20期「生涯学習・広島学」④  ~平成29年7月26日(水)

「生涯学習・広島学」④原爆スラムの誕生

岡元美紀恵記

サッカーグランドの新設で議論されている「基町中央公園」は、戦後の原爆スラムを再生した場所です。江戸時代のこの地域は広島城の本丸に隣接し武家屋敷が連なっていたが、明治になり陸軍第五師団が置かれると、一帯は司令部や西練兵場、砲兵隊、歩兵11連隊、陸軍病院などの施設に占められ、軍都広島の中核になった。原爆によりこの地域は灰燼に…。

 

 

 

戦後、この一帯は中央公園として整備すると決まったが、引揚者や疎開から帰ったもの、第三国人などが雑居し、劣悪な居住環境にあった。しばしば大火が起こり、町並みは何度も変わった。マルコシは昭和40年不法建築でLPガス販売店を開業し、以来、出島、西白島、高陽と移転し、細々ながら一昨年創業50周年を迎えた。楽ではなかったが続いてきた。

 

 

 

原爆スラム

 

バラックが中心の住宅街はしばしば大火が起こり、焼け出された住民が土日の2日間で住まいを作った。それでも1968年には基町地区再開発計画が立案され、10年の歳月をかけて全住宅が撤去、整備され、1978年に完了した。菅原文太主演「仁義なき戦い」はスラム街でロケをされ、懐かしい当時の暮らしが生々しく残っている。今では面影もなくなった。

 

 

 

半田講師のテキストには、「原爆スラム跡地の状況」、「原爆スラム」、「炎上中の原爆スラム」、「ほぼ完成した基町区の高層住宅写真」昭和47年(川端、高層住宅の谷間などには無数の原爆スラムが残っている。半田講師の「広島学」はTBSテレビプロデューサーの目に留まり、10月には関口ひろしと対談する。「生涯学習」がテレビに認められたのは名誉である。

 

原爆スラム位置図