生涯学習・プラスワンステージ

第22期「生涯学習・古代への道(101)」②~平成30年6月20日(水)

「古代への道(101)」②アイヌ語はない 3 ヤウヤウセ

 

講座は、百回の大台に乗って仕切り直しである。今日はその第一回、通算で第百一回目である。講座の当初の目標である「古事記の解読」に新しい境地を開いて大きく前進・躍進したいと抱負を述べたいところである。

 

しかしながら、二年半前から始めたアイヌ語の研究が思わぬ成果を上げて、日本のこれまでの文化や歴史を塗り替えるような事態になってきた。

 

初めは、アイヌ語と日本語の単語を比較して同音同意語がたくさんあるくらいの簡単な気持であったが、調べれば調べるほどアイヌ語と日本語は、類似、いな、一致していることがわかってきた。

 

そこで、現在では、「アイヌ語は日本語である」との揺るぎない確信を持つに至っている。

 

アイヌ語と日本語は同じであるとこれまでも誰か一人ぐらいは主張をしていると思うが、そんな人がいるかどうかを調べる時間の余裕がない。

 

現在、私がやっている作業は、これまで日本人の誰もが疑っても見なかった「アイヌ語の存在」を真っ向から否定するものである。

 

本当は、私がごとき浅学の者には手を付けることが出来ないほど大きなテーマである。従って、このまま一人でコツコツやっていたのでは日暮れてもすべてを明かすことはできないかもしれない。

 

明治維新後、日本人が謙虚に、かつ、科学的な精神をもって、北海道に先住している人の言葉を研究していたならば、日本民族の歴史は大きく変わっていたと思われる。

 

北海道に先住していた人々は、私たちと同じ民族であり、同じ言葉を喋っていることに気付いたならば、「アイヌ人」は存在せず、日本の縄文時代を生きて来た私たちの先祖と同族であると認識できたはずである。

 

表面上の言葉が異なる、あるいは、生活様式も異なることに着目して本質を見なかった。これがアイヌ語の存在を許した要因である。何事にも公正で正面から取り組みたいと心に言い聞かせている。