ちょっととーく

履物をそろえる 2008.5

校風を語る

 少子化社会への変化にともなって近年は若手社員の採用がままならず、零細企業としては戦力増強に難渋しています。
 幸い今年は女子社員の採用に成功。残念ながら男子社員は、合格点に届かず断念しました。
 入社式から10日ほど過ぎると、採用のお礼と来年のお願いを兼ねて、出身大学を訪問します。
 担当ゼミの教授室が体育館にあり入り口を通ったとき、数10足の履物が美しく揃っているのを目撃し、びっくりしました。
 たかが履物に過ぎませんが、この光景は大学の校風を見事に表現しています。

道元禅師の教え

 曹洞宗の開祖である道元禅師は、仏道の修行として 「まず履物を揃えることから始めよ」と教えられています。
日本人の書いた最高の哲学書として評価の高い「正法眼蔵」でも言及しておられます。
 長野市内にある曹洞宗・円福寺の藤本幸邦老師が作られた「はきものがそろうとこころもそろう」の詩は多くの人に愛されています。
 家族全員が自ら気付いて自分で履物が揃えられるようになるまで、黙って揃え続けるようにーと、老師は私を諭されました。
 その通り実践しましたが、全員が自分の履物を自分で揃えるまでには、数年の時が必要でした。

創設者の姿

安佐北区内にある大学の創設者は「心を育て、人を育てる」と想い続け、後継者は守っているそうです。
 もしかしたら学生たちの履物が揃うようになるまで、黙々と自分が直し続けられたのではないでしょうか。
 企業に社風があるように、家庭には家風、学校には校風があります。
 いずれも一朝一夕に築かれるほど容易ではありません。長い歳月を重ねて生まれるものでしょう。
 何事も始めは小さな行いに過ぎませんが、続けていればやがて偉大な伝統として姿を表します。

無形の鏡・無言の表現

「お掃除は学校を語る無言の表現であり、生徒を映す無形鏡である」と言われます。『お掃除』を『履物』に、『学校』を『家庭』に、『生徒』を『家族』に置き換えるとどうでしょう。
 「履物は家庭を語る無言の表現であり、家族を映す無形の鏡である」となります。
 辞去してあらためて辺りを見回したところ、校舎や校庭の隅々まで掃除も行き届いていました。
自転車も行儀よく並び、学生のあいさつも明るく元気がいい。
 創設者の銅像もやさしく微笑んでいました。

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