「好老社会」を作る

「好老社会」を創る⑤~好きなものがあれば 人生は豊かになる~

明日も生きられるか

六十五歳で胃がんに遭遇しました。全摘出手術を宣告されたときは、人並みに怯え平静に見せようとつまらぬ見栄を張りました。医師の説明を淡々と聞く風に見せながら、思考回路が滅茶苦茶混乱しました。後から考えると空白にも似たその時間は、わずか数十秒だったようです。

 かねて「古希」を超えたら第一線を退いてふるさとに帰ろうと考え、子どもたちを集めて一緒に農業体験塾を開く夢を抱いていました。その思いを「六十五歳からの挑戦」と題して、生意気にも棊月刊誌に連載中だったのです。命があってこそ夢は実現します。癌のレベルはステージ3―B(五年後生存率36%)で、極めて危うい命でした。

「明日も生きられるか」という素朴なテーマに、夢が天啓のように「大丈夫だよ」と囁いてくれました。人生は面白いですね。その天の声が安心を与え、まるで盲腸の手術でも受けるかのように軽い気持ちでベッドに上がったのです。

夢は超スピードで現実に

まわりのハラハラの思いを気にする風もなく予定より五年も早く、親子農業体験塾『志路竹の子学園』の創設に向かって走り始めたのです。一月末に手術を行い、入院中に世話役の先輩たちと打ち合わせをしました。二千平方メートルを超える田や畑で作物を育てる年間計画を立て、四月から作付けを始めました。八月にはプレオープンできました。

この半年間はすべて神がかり的に物事が運び、稲は青々と育ち、トウモロコシやナスは収穫できるほどに成長しました。過疎の集落は若い親子で別世界のように賑わい、高齢者は皺の溝が浅くなったというから不思議です。「好きなものがあれば人生は豊かになる」といいますが、「無償で世のため人のため尽くすのが好きになった」のではないかと思います。好きなものがあったのではない、好きになったのです。これも一つの自前の生き方ではないでしょうか。自主・自立で人のために生きることは素晴らしいですね。

自前で生きていく

人の世話にならないで生きるなんて生意気なことは申しませんが、少なくとも五体満足である間は自力で過す方が幸せだと思います。とかく己の権利ばかり主張し、人の情けにすがって生きることが当たり前の世の中になりました。でも、他力ではほんとうの幸せは訪れません。逆に自分の力で「これだけやったらなんぼ」の世界を一歩抜けると、幸せがいっぱいに降り注いできます。不思議ですね。

驚いたことに、親子農業体験塾の世話役はすべて無報酬なのです。多い人は一年間に百日を越えてお世話しています。もちろん行政の補助金は、自立の趣旨に則り遠慮しています。当然のことながら、乏しい年金からの持ち出しもあります。
     

報酬はお金ではありません。健康です。生き甲斐です。ふるさとの活性化です。後世への文化の伝承です。お互いに高齢にはなりましたが、少なくとも世の中に負担を掛けないよう生きたいと願っています。