<出会い>に学ぶ生き方の極意

no.11 ~発展途上の太陽と緑の国バングラデシュ(上)~

no.11 ~発展途上の太陽と緑の国バングラデシュ(上)~

4月29日(土)

ゴールデンウイークに実学の旅

 平成18年4月29日~5月6日の8日間、「志ネットワーク」 (上甲晃代表)の実学ツアーで発展途上国バングラデシュを友好訪問した。

 私は同12年、14年、16年に続き、4度目の参加。総括すると、実に有意義で楽しい旅だった。

 事前に「何か目的で何度もバングラデシュに行くの?」と妻に問われ、とっさの返答に困った。観光でもビジネスでもない。加えて、今回は孫の将宏(小学5年)を同伴する。

 よくよく考えてみると、目的は多岐にわたるので、一言で説明できない。それなりの費用と貴重な時間を使い、楽しみな家族ぐるみのレジャーさえも犠牲にした「実学の旅」。

 隔年の恒例行事だから―というあいまいな理由だけでは、妻を納得させられない。発展途上国の魅力や、不自由ながらも心豊かな人々と交流する素晴らしさなど、あれこれ屁理屈をこねながら煙にまいて、ともかくも出発にこぎ着けた。

 天候に恵まれ、さわやかな日本に比べれば、赤道直下のバングラデシュは気温38度を超える炎熱地獄。わざわざ好んで学びに訪れなくても…という妻の苦言もうなずける。

ごった返す関西空港に驚く

 今年のゴールデンウイークを海外で過ごす日本人は、540万人の推定とか。なんと全人口の20人に1人が海外に旅立つ勘定になる。

 経済豊かな国だから、目くじら立てるほどでもないかもしれない。だが、わが身を振り返りつつ、「これで本当にいいのかな?」―と、忸怩(じくじ)たる思いにもなる。

 新大阪のホテルで前泊し4月29日午前8時、関西空港に到着。それぞれの出国カウンター前に続く長いい行列に驚く。集合の朝9時まで余裕があり、せっかくの好機なので、孫と出発ロビーを一巡してみた。

 孫を同伴した目的はいろいろなが ら、まずは「自分のことは自分です る」課題と目標を与えた。

 手始めは「円」と「ドル」の交換から…。親からもらった小遺いは3万5千円。自分で考えて、3万円分を換えた。交換レートは117円。

 日本のお金が海外で使えない理由を孫に聞かれ、子供にも理解できるよう短時間で説明するのは難しい。

 今回のツアー参加者は総勢36名。うち子供が10名で、ほのぼのとした雰囲気に包まれる。一行には中田宏・横浜市長夫人の詠子さん、長女の久美子ちゃん、次女の千香子ちゃんの母娘3人も顔を見せた。予想外だっただけに、びっくりした。

初体験の孫には戸惑いばかり

 バングラデシュの首都ダッカヘ飛ぶルートは、直航(週一便)、バンコク経由(日一便)、シンガポール経由(日一便)の三通り。今回はチケットの都合で、最も時間のかかるシンガポール経由便になった。

 関空で出国手続きから離陸まで2時間半、シンガポールまで5時間半、乗り継ぎの待ち合わせが3時間余、ダッカまで4時間。待機やフライトを含めると計15時間余に及ぶ。

 長時間の空旅に、早くも孫らは「長すぎる。疲れた」と、ぐったり。

 ダッカ市内の宿「スイート・ドリーム・ホテル」到着は、日本時間で4月30日の午前2時。日本と現地では3時間分の時差がある。調整すると、前日の午後11時に逆戻り。

「どうして、そうなるの?」という孫の質問にたじたじ。「とうに日本なら寝ているよ」とぼやきながら、孫は一人で荷物を整理していた。

 ホテルの周囲にたむろしている物乞いの群れを見て、孫は「かわいそう。何かあげようか? 知らん顔するのは悪いよ」と、同情も…。

 どうやら、質問と疑問攻めの同伴ツアーになりそうな予感がする。

4月30日(日)

バングラデシュの暮らしぶり

 一週間程度の滞在だから、同国の暮らしぶりは的確に分からない。だが、拙い英語をつなぎ合わせたり、ベンガル語のカンニングペーパーを活用して、知り得る範囲で農村などの暮らし向きを推察してみた。

 高校教師レベルの月給は約8千円、工場労働者の日当は200~300円。主食の米は1kg150円、牛肉が1kg300円。ガソリンは1リットル90円などで、値上がりの傾向が続く。

 同国の主要交通手段・リキシャ(三輪自転車でタクシー代用)は首都圏を中心に27万台も稼働しており、客を1km乗せて走ると約十円の収入。独特な昧のバングラティは至る所の店で一杯5円で飲める。

 農村にガス、水道の設備はない。電気を引く農家はあるが、使える時間は一日に2~3時間程度で、さほど生活の役に立つとは思えない。

 ただし、都市部ではインフラ整備が進み、日本ほどエネルギー供給などが豊かでないものの、生活上の不自由は感じられない。

 満たされた生活に慣れ切っている孫には、全くの別世界で初体験ばかり…。だが、「みんな笑顔で親切…。もっと日本人も他人に対して、優しくせんと…」と正直な感想をもらす。

現地の人や子供らと再会を喜ぶ

 ダッカから車で2時間北上すると、カパシア村にある国際エンゼル協会(本部・兵庫県)の現地施設に着く。

 民間の国際援助活動の一環で、小学校、農場、縫製工場、医療施設、孤児院などを併設。同国の教育や職業技術指導に大きく寄与している。

 私にとって4度目の訪問だけに、現地責任者のアジズル・バリさんら顔馴染みの幹部・職員をはじめ、黒い瞳の子供だちと再会を喜び合う。

 6年前の初訪問時にタワシ、スポンジ、洗剤などのトイレ掃除用具一式をトランクにいっぱい詰めて持参、施設やモスク(イスラム教の礼拝堂)などのトイレを一緒に磨いた日を懐かしく思い出す。

 以後も訪問の度に用具を補充するが、存分に使われた形跡はない。

 歓迎会では現地の子供たちが、同国の民族衣装をまとって踊りや歌を披露してくれた。フィナーレは、日本の唱歌「ふるさと」の合唱。

 わが国を代表する名曲を、異国の子供たちと歌うのは嬉しい反面、とても恥ずかしく思った。

 というのも、孫をはじめ参加した日本側の子供たちは、誰でも知っているはずの同曲が歌えないのだ。

 困ったことだが、日本の学校教育は、どこか間違っている―と痛感した。