<出会い>に学ぶ生き方の極意

No.15 ~小河イズムに触発された「あいさつ通り」が奏功~

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島根を走って驚く/益田の点描

 広島市安佐北区の自宅から事で国道191号を西に向かい、広島県北広島町戸河内の分岐から北へ走ると約二時間半で、<山陰の小京都>と称される島根県益田市内に入る。

 益田市は人口5万2400人(2005年国勢調査)の小都市ながら、面積は733平方キロメートルに及び、島根県で最も広い。同市の美都地区、匹見地区は90%近くが山林だが、高津川下流に広がる益田平野は日本海に面し、過疎地とはいえ、風光明美で名所旧跡も数多い。

 島根県内を事で走って驚かされるのは、至る所で網の目のように張り巡らされた農道の整備ぶり。信号のない幅6mの道はドライブに快適だが、滅多に単にも人にも出会わない。益田市周辺も例外ではない。

 島根県は公共投資率の高さ日本一の地域として知られるが、どう見ても無駄な投資が多過ぎる。車の走らない道路を造っても、さほど住民にはメリットを息じたらさないと思えるのだが…。日本政治の貧しさと権力構造のあくどさを象徴する実例が集約された現場- と思えてならない。

 平成17年10月には、島根県芸術文化センター・グラントワが益田市内に開館した。延べ床面積17800平方メートル。屋根、外壁ともに石見地方の石州瓦を使ったデザイン性の高い建築物で、周囲の自然に見事に溶け込んだ豪華な空間である。

 同市内にある雪舟庭園、萬福寺庭園、医光寺庭園、万葉公園などの優れた庭園作品も圧巻で、長い歴史と極めて文化性の高い古都といえる。

日本一の座を誇る自動車教習所

 益田市街地に入る手前の道路を左折し、前述の農道を20分ほど走ると、右手に三方を山に囲まれた瀟洒な建物が並ぶ自動車教習所に至る。天下に名高い益田ドライビングスクール(略称・MDS)である。

 少子化現象の著しい現在、全国の自動車教習所は相次いで閉鎖を余儀なくされている。自動車免許を取得する若者が少なくなったのだ。

 MDSは全国でも数少ない滞在型教習所で、真面目に学ぶならば、約2週間で運転免許証が取得できる。

 年間で約6000人の卒業者を誇り、滞在型では日本一の座を保持し続けている。しかも島根県内在住の生徒はわずか3%未満というから感服する。つまり全国から飛行機、新幹線、送迎バスなどを利用して、過疎化の目立つ地方都市まで若者らが集まってくる。信じられない現象を示す。

 MDSの敷地は5万坪。小高い緑の山に恵まれ、練習コース脇には桜、樺、樫などの木々が植樹されている。一見、教習の邪魔になるように思えるが、実は心穏やかで慎重なドライバーが育つというから、環境は教育効果を左右するポイントと分かる。

 ここのオーナーは島根県内で数社の企業を統括する小河二郎さん。古武士の風格も漂う84歳で、飄々とした雰囲気も持ち味。MDSの発展・繁盛は、小河さんの確固とした人生観を抜きにしては語れない。

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道を開いていただいて
人生の師・小河二郎さん

燮(やわらぎ)の心…MDSの魅力

 平成9年5月に、旧知の町原裕貞さん(益田市・キヌヤ会長)から紹介いただき、初めて「益田掃除に学ぶ会」に参加した。前夜祭の会場と宿舎に、MDSの大ホールと宿泊設備が用意され、随所でおもてなしの心がうかがえて、胸に響いた。

 受付を済ませた後、幸運にも鍵山秀三郎さん(日本を美しくする会・相談役)のお供となって、MDSのシンボルである「燮の塔」まで、小河さん自らがご案内くださった。

 シルバーメタリッタ色の塔は、日本海の夕日を浴びて真っ赤に染まっていた。本当に感動的な光景。

 以来、今日まで交流いただいているが、実に印象深い出会いだった。

 「燮」という漢字は初めて拝見したが、小河さんの説明によると、満ち足りた心を指し「ほどよくする」「やわらげる」意味があるそうだ。

 「燮の心」とは、「良知に致る」ことであり、人間は生まれながらに素晴らしい知恵、良い心を持っており、そんな心に素直になるのが「致良知」で、それこそがMDSの精神ですー と、強い口調で語られた。

 MDSには、すべての人が守らなければならないルールが、たった一つだけある。即ち「人に会ったら、必ずあいさつする」。それだけ…。

 校舎のすぐ近くに「あいさつ通り」と呼ぶ狭い小路がある。小河さんは「細い道にこそ、あいさつが似合うね」とにっこりされた。お互いの顔が分かる近距離で擦れ違えば、知らない人同士でも、気軽にあいさつし合える。「あいさつには笑顔が付いてくる!」‥・。意外にも一瞬、雷に打たれたような閃きが走り去った。

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小高い緑の山に囲まれたMDSの全景。左が「燮の塔」

「あいさつ通り」の誕生と経緯

 最近の若者はあいさつもロクに出来ないというが、MDSでは違う。ピアスを看けた若者、髪を茶色に染めた学生、みんな笑顔を添えてあいさつしてくれる。彼らは出来ないのではない。教えられていないのだ。

 帰広後すぐ「閃き」を実践に移した。近くの小学校通学路の陸橋を中心に100mの間を、勝手に「あいさつ通り」と決め、フェンス沿いに大きな横断幕を張った。ところが、大人も子供も素知らぬ顔で通り過ぎる。

 1カ月過ぎても変化はない。なぜMDSのような元気で明るいあいさつが飛び交わないのか。考え込んでしまった。しばらくして、ようやく気が付いた。あいさつは簡単なようでも、実は難しい行いだーと。

 昨今のように、他人のことに無開心なままでいると、あいさつなどは不要になる。あいさつしなくても少し不愉快な思いをする程度で、各人が生きていくのに何ら支障ない。だから、あいさつなど煩わしくなる。

 同年6月下旬、いささか照れくさかったが、通学路に立って、「おはようごぎいます」と声掛けを始めた。あいさつに慣れないせいなのか、それとも警戒されるのか、子供たちはそっぽを向いて行き過ぎる。がっかりして顔まで引きつってくる。

 次はゴミ拾いしながらの「おはようごぎいます」に切り替えた。効果てきめん、少しずつ子供たちから元気の良いあいさつが返るようになった。うれしい。ここまでくれば、後は続けるだけだから、気も楽だ。

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約10年の風雪に耐えた「あいさつ通り」の大横断幕[広島市安佐北区]

10年続けて真の意味と価値を実感

MDSは若者を変える自動車教習所。今も評判が高い。だから全国から生徒が参集する。その秘密は「あいさつ」。人生の師から道を開いてもらった。小河さん直伝の「あいさつ通り」の意味と価値が、約10年続けて、やっと実感として理解できる。

 わが町にも元気なあいさつと笑顔が行き交う通学路が実現している。声掛けメンバーも10人に増えた。だが、大人の心を開くには至らない。