<出会い>に学ぶ生き方の極意

No.18 ~若々しい傘寿の先達から意義深い人生を学び取る~

No.18 ~若々しい傘寿の先達から意義深い人生を学び取る~back_19_00

示唆に富む揮毫に胸が熱くなる

  死生でござる

  賜生でござる

  至誠でござる

           一清

 平成19年3月1日、胃がんを克服して生き永らえた私は「古稀」を迎えさせていただく。敬愛する寺田一清さんから墨跡鮮やかな色紙を記念に贈られた。冒頭の揮毫である。

 教育実践の泰斗で、国民教育に偉大な業績を残された森信三先生(故人)から薫陶を受けた愛弟子の一人として、寺田さんは著名である。

 今年3月に傘寿を迎えられて、なお若々しく健在。執筆や講演活動などで森先生の思想・哲学を広める活動に、生涯を捧げておられる。

 揮毫は奥深い内容で、私ごとき凡人に理解できる由もないが、筆勢から気迫が伝わり、胸も熱くなる。

 死生でござる- かつて勉強会で教わった「生死は表裏一体」「感謝上手で喜び上手、人生最後まで豊かに…。死をも当たり前に受け入れ、納得いく人生を築きたい」という言葉を鮮やかに思い出す。その意か?

 賜生でごぎる- 4年前に一度はあきらめた命だが、幸いにも健康を取り戻した時、天から賜っていると気付かされた。乏しい体験ながら、実感として納得できる。以来、余命は大切に使わせていただいている。

 至誠でござる- 日本人は古来「至誠の人」を理想的人格として尊ぶ。人として、死生 →賜生 →至誠と相関し合うだけに、私も生き方の背骨と受け止め、少しでも心掛けたい。

 寺田さんとは平成8年6月、「広島はがきまつり」という勉強会でご縁がつながった。特別講師として森先生の教えの幾つかを力説され、背筋が伸びるような感動を味わった。

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寺田氏から記念に頂いた色紙

一瞬早過ぎず遅過ぎない出会い

 特に「人間は一生のうちに会うべき人に必ず会える。しかも一瞬早過ぎず、遅過ぎない時に…」の至言を知り、天の啓示を得た思いがした。

 同年は「還暦」前年だったが、後に生涯の師と仰ぐようになる鍵山秀三郎さん(日本を美しくする会創設者)をはじめ、多くの先達と次々にご縁を結び得た不思議な年だった。

 私には「一瞬早過ぎず、遅過ぎない時に」の言葉通り、生き方を根底から変えるような出会いとなった。

 翌9年2月、寺田さんから声を掛けられ、『日本を美しくする会』の一員として、地球の裏側になるブラジルを訪問する機会に恵まれた。

 平成8年に誕生した『ブラジルを美しくする会』の年次大会に出席するため、鍵山団長ら日本代表団42名のうちに加えてもらったのだ。

 今でこそ「トイレ磨きで日本を変えよう」という地味な運動が全国各地に広まり、高い評価を得て、マスコミなども大きく取り上げている。

 だが当初は、何を好んでブラジルくんだりまでトイレ掃除に…と、好奇の目で見られる時代だった。

 鍵山さんの壮大な熱き志に共鳴された寺田さんは「古稀」記念として、誘われた私は「還暦」の思い出として、13日間の行程で旅立った。

 サンパウロ市内の各所でトイレ磨きを終え、リオデジャネイロ、イグアス、サントス、それにアマゾンの奥地まで広大な国を「古稀」と「還暦」のコンビは、戸惑いながらも珍道中を重ねた。楽しい日々だった。

 寺田さんと旅を共有できたのは、幸運としか言いようがない。直接、森先生に師事する機会のなかった私は、以来、寺田さんを通して森教学の素晴らしさを学び取ることになる。

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講演会で森哲学を力説される寺田一清氏

森先生の教学普及に生涯懸ける

 森信三先生を評して偉大な教育者、哲学の巨人とも言われる。だが、必ずしも正鵠を得ていない。ご自身による「自銘の旬」が理解しやすい。

  宗教家にあらず

  はたまた教育者にもあらず

  ただ宿縁に導かれて

  国民教育の友として

  この世の生を終えむ

             信三

 何とも謙虚で奥ゆかしい。しかも強いエネルギーを秘めた言霊も働く。

 森先生の思想と生涯は、神渡良平著「人生二度なし・森信三の世界」(佼正出版社刊)が分かりやすかろう。

 寺田さんは、森先生の学問・思想や実践・行跡の金字塔とも言うべき「修身教授録」復刊や「不尽精典」の編纂、加えて「幻の講話」(全五巻)の出版など、人生の大半を懸けて、世に送り出す偉業を果たされた。

 さらに傘寿を目前にして、森信三講述「新たなる人間の学」(実践人の家刊)を、全世代に贈るために編纂・発行。次いで「森信三・魂の言葉」(PHP研究所刊)を、一度しかない人生を生き抜くための365話にまとめ上梓された。

 最も感銘を受けたのは、A6判・30ページの自費出版「たねまき文庫」の配布だ。森信三師の言葉として「実践いろは訓」「仕事の心得」「真志正望」「立腰のすす」など10数冊を相次ぎ発刊され、総配布数は100万部を超える快挙となった。

 志高い種蒔きが、いつの日にか確かに豊かに芽生え、多くの人の心を潤す時が来るよう願ってやまない。

実践したい「古稀」の約束

 ブラジルから帰国して間もない平成9年6月30日、寺田さんはもう一つの古稀記念として「四国八十八カ所・歩き遍路」に旅立たれた。

 まず一番寺の徳島県・霊山寺に参拝。菅笠、金剛杖を求められ、白装束に身を整えて1400kmの山の霊場巡拝行を歩み出す。同行は、友二人。

 途中で、数度の台風による暴風雨にさらされながらも、高知県、愛媛県を経て、結願所となる八十八番目の香川県・大窪寺まで踏破。延べ39日間をかけて歩き納められた。

 70歳の高齢で一日平均35kmを無事に元気で歩き抜くのは、まさに壮挙で奇跡とも思える。弘法大師に見守られた遍路行といえよう。

 道中の様々な出来事や信仰に寄せる思いは、ご本人著「四国遍路道中記」(不尽叢書刊行会刊)に詳しい。

 ブラジル同伴などのご縁から、四国遍路で得られた数多くの教訓を聴かせてもらううち、古稀を迎えたら妻と共に寺田さんと同じ巡拝道を歩きたい- と強く願うようになった。

 その思いを寺田さんに告げると喜んでくださった。金剛杖は15cm短くなるので長めが良い、足は腫れて大きくなるから靴は3cm大きめが楽など、細やかなアドバイスも項く。

 10年が巡り来るのは早い。古稀を迎えた今年、寺田さんと交わした約束を実践する段階になった。

 私は4年前、がんによる胃の全摘出手術をしたせいか、すっかり筋肉も落ち、体重が20kgも減った。

 それでもあきらめず、日々歩いて身体を鍛えてはいる。ただ、道連れを望む妻の体調が思わしくない。

 途中で引き返す羽目になったとしても、ともかく約束のスタートだけは踏み出したいと心に誓っている

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昨年2月来広された折の
寺田氏(左)と私(右)=JR広島駅