<出会い>に学ぶ生き方の極意

No.20 ~トイレ磨きで世代を超えた癒しの交友を育む~

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人に喜んでいただける存在

自分がしてもらって嬉しいことを
他人にもしてあげる。
そんな嬉しい連鎖が始まると
楽しくなる。

人間は世の中のお役に立つために
生まれてきている。
同じことなら
苦しいことや辛いことは
自分まで…としたい。
暗い連鎖は食い止めたい。

反対に楽しいこと、嬉しいことは
一人でも多く広げたい。
人に喜んでいただくことは
考えるだけで嬉しいものだ。

他人の喜ぶ姿が
自分の喜びに変わったら
一人前である。
人を喜ばせることのできる
人間でありたい。

はがき道友の木南一志さん(兵庫県在住)が、このほど 『明日へ』と題して2冊目の詩集を発刊された。

木南さんは運送業を営む経営者で、詩人ではないのだが、日々、心に刻んだ想いを書き綴っているという。

最後の一節、「人を喜ばせる人間でありたい」の短い言葉に、強く心惹かれて、冒頭で紹介した。

その理由の一つは日頃から、自分もそうありたいと願いながらも、果たせないでいるせいかもしれない。

もう一つの理由は、詩に表現された通りの方との出会いを、咄嗟に懐かしく思い浮かべたから…。その方とは、丸山正信さん(横浜市在住)。

やはり沖縄トイレ掃除で出会う

丸山さんは、横浜エリアを拠点として全国ネットで東洋医療器具などを販売する「カナケン」の創業者である。現在は後継者に経営を任せ、会長職として下支えされている。

初めての出会いは、平成8年2月に開かれた「沖縄掃除に学ぶ会」。

しかし、その時は言葉も交わしていないし、後から参加者名簿で追認した程度だ。既に本稿で幾度も紹介しているが、還暦以降のわが人生を大きく変えた人たちとの交流は、奇しくもすべて平成8年のご縁から始まる。不思議な思いに包まれる。

丸山さんを「人を喜ばせる人間」として実感したのは、翌年2月に催された第2回「ブラジルを美しくする会」に同行させてもらった時だ。

参加したメンバーは、鍵山秀三郎さん(日本を美しくする会創設者)をはじめ42名。当時のサンパウロは治安が極度に悪く、活動の展開も現地日系人グループのアテンドを受けたが、不安でいっぱいだった。

海外旅行の経験が少ない身にとっては、夜も落ち着いて眠れないくらい。スケジュールの後半でアマゾンに辿り看いた頃は、高温と食事の変化で著しく体調を崩していた。

そんな際、丸山さんの温顔と優しい心遣いに触れ、どれだけ助けられたことか。どちらかというと寡黙。言葉は少ないけれど、その一言一言が心に残って、元気を与えられた。

ご本人も体調を崩されていたのに、ご自分の事はさて置いて、面倒を見てもらった。表向きは快適を装っていても、実際の調子は‥最悪だった。

私が無事に帰国できたのは、やはり丸山さん抜きには考えられない。

実質的には、ブラジル訪問の時が初対面のようなもの。だが、何が気に入られたのか分からないながら、帰国後も交流は一層深くなっていく。

喜んでくださる誕生日カード

ここ十数年来、お客様や有縁の方々に誕生日カードを届けている。

厚手の和紙の中央に、朱墨で大きく「寿」と書く。重ねて仮名文字で「おたんじょうび おめでとうございます」と記し、メッセージを添えて、年月日と宛名を入れる。今年は、「周りの人の喜びが、自分の幸せ」。

丸山さんの生まれは、昭和6年6月6日。実に覚えやすい。ご縁がつながって以来、郵送し続けている。

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今年の誕生カード(「寿」の文字は朱墨)

 

だが、昨年は「来年も誕生日カードがもらえるよう頑張る」と、気掛かりな返事。「来年と言わず20年は書かせてください」とお願いした。

実は、丸山さんは心臓を患い、ペースメーカーを使っておられる。

推測するに、使用期限がギリギリで不安定な体調だったようだ。幸いにして、入れ替え手術が成功。現在は普通の生活が可能になっている。

下手な筆文字ではあるが、今年も丸山さんにお届けできるのが嬉しい。

新宿・歌舞伎町のドブ掃除

広島県警本部長を務めておられた竹花豊さんが平成15年4月、石原慎太郎・東京都知事に請われて、治安担当の副知事に就任された。

当時の新宿・歌舞伎町の治安は極めて悪化し、鍵山さんらも心を痛めておられた。詳しい経緯は承知していないが、竹花副知事就任と期を一にして同町の清掃活動が始まった。

既に4年を超えて継続されているが、その地味で着実な活動を陰で支えておられる一人が丸山さんだ。

毎月第3木曜日に「新宿を美しくする会」が開かれている。今では新宿地区自治会のメンバーも加わり、全国各地からの参加有志も後を絶たない。犯罪は大幅に減ったという。

丸山さんのお声掛かりもあり、私も不定期ながら参加している。新入社員の入社前研修にも「新宿掃除」をカリキュラムに組み込んでいる。

70年も生きて来ると、時には泣きたいとき、恥も外聞もなく誰かに槌(すが)り付きたいときがある。実はそんな折に新宿・歌舞伎町までドブ掃除に赴く。そこに行けば、確実に丸山さんとひとときを共に過ごせる。

何も愚痴を口にするわけではないが、丸山さんの温顔に接し、黙々と二人でドブ掃除をしていると、いつの間にか、溜まっていた不平・不満までがすべて消えるから不思議だ。

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中田宏・横浜市長が来園記念に揮毒した
「先憂後楽」をバックに(左側が丸山氏)

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「竹の子学園」訪問の際、
記念植樹される丸山氏。

 

弱いわが心の支えとなるご緑

今や全国で100を超える「○○掃除に学ぶ会」が活躍しているが、丸山さんが代表世話人を務める「神奈川掃除に学ぶ会・年次大会」は、平成8年以来、私が皆勤する唯一の会。

平成15年2月、私が胃がんの全摘出手術をした際も、横浜グループの方々と共に見舞ってくださった。

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社員歓迎会で楽しそうな丸山氏(中央)

私の故郷で実践している親子農業体験塾「志路・竹の子学園」には、2度も現地を訪問されて、激励いただいた。今年3月には私の生地で、先祖の墓にも合掌してくださった。

広島を訪れる際は、我が社に必ず立ち寄り、社員を激励し、地域清掃やJR駅清掃にも汗を流される。

人心・倫理・経済・教育などが荒廃し、日本の将来に暗い陰を落とす昨今、丸山さんの「人の喜びをわが喜びとする」生き方から、学びは尽きない。心も豊かになる。

トイレ磨きの出会いから交流し続ける丸山さんの存在は、ともすれば萎えそうになる弱いわが心の支えと言える。東に足を向けて眠れない。