<出会い>に学ぶ生き方の極意

No.24 ~志高く識見豊かなマスコミ人の熱意と使命感に共鳴~

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定評の新春100人リレー座談会

全国でも類例のない壮大なイベントが、広島の活性化を願って13年間も続き、定着している。月刊経済誌『ビジネス界』新年号に掲載される特別座談会。広島県知事、広島商工会議所会頭をはじめ県内の政財界や教育・文化などの分野から、知名士ら100人が毎回参集する伝統行事だ。

座談会なら数名か、多くて10名程度でないとうまくまとまらない。だが、この新春企画は地元代表100名もが入れ代わり立ち代わり登場するリレー方式を採る。まさに奇想天外。常識的に考えると無謀に思える。

ところが、「使命感や熱意が大きく強ければ大抵のことは叶う」と、同誌主幹の弥山政之<みやままさゆき>さん(66歳)が企画立案され、見事に実証された。

地元経済誌といえば、地域経済の活性化と豊かな生活づくりに貢献しなければ、存在価値は無に等しい。

企画のタイトルは「新春100人リレー大座談会」、統一テーマは表現こそ多少変わるが「広島都市圏の活性化への提言」に絞っている。

座談会は午前7時から開始し、午後10時に終了する延べ15時間にも及ぶ超ロングラン。有名ホテルの会場に20名前後がテーブルを囲み、意見を述べ合い、やがて出席者はリレー式に交代する。発言の内容は様々だから、まとめ役は半端では務まらない。そこは卓越したコーディネー夕ーである日隈健壬<ひぐまたけよし>さん(広島修道大学教授)の活躍が大きい。

空前絶後ともいえるビッグな企画をここまで継続し、定評を得るには、主宰する弥山さんの高い志・識見・信念と併せ、1981年創刊の『ビジネス界』の信用と実績が不可欠だ。

座談会招請にびっくり仰天

100人にも達する「新春大座談会」と冠が付けば、出席できる立場の顔ぶれはおおよそ限定されよう。政界ならば知事、市長、議長級、財界ならば地元大企業のトップ、幹部級に金融機関の頭取級、加えて学識経験者や文化人らをイメージするはずだ。

だから、1997年10月に弥山さんから、座談会に招請したい-と電話をもらった時は、腰を抜かした。

私は一零細企業の経営者にすぎない。既に座談会の概要や、きら星のごときメンバー陣を知っていたので、畏れ多くて即答できなかった。

弥山さんとの出会いは、畏友だった砂原克行さん(故人・当時広島県議)のご紹介による。詳細な経緯は記憶も定かでないが、当時まだ数少なかった住宅リフォーム業についての取材が機縁のように思う。既に10数年もお付き合いする間柄。それ故に、声を掛けてくださったのか?

好奇心はあれどもお歴々の間に挟まり、提言する話題も持ち合わせていない。まして度胸もなかった。従って固辞し続けたが、やむなく背中を押されるように出席する羽目に…。

新春企画は1993年から開催、私の初参加は第5回の97年。奇しくも記念すべき還暦の年だけに、新人生を飾る大プレゼントになった。

座談会当日、待合室で緊張の極限で待っていた。「どうぞ」と会場に案内され、冷や汗がどっと出た。席の右隣が大下龍介さん(福屋社長)、左隣が森本弘道さん(当時広島総合銀行頭取)。見回すとテレビや新聞でお馴染みの顔、顔、顔ばかり…。

司会の日限さんに促され、口ごもりながら、わが社が総ぐるみで取り組んでいる地域清掃や学校のトイレ磨き活動の意義について話した。

地味な筋立てだったが、雲の上の人らには珍しかったのか、意外にも関心を持たれたようだ。当時の広総銀(現・もみじ銀行)が盛んに取り組んでいた「花いっぱい運動」を森本さんが紹介され、地域活動の大切さを解説くださった。その時の救われた思いは、今も鮮やかに覚えている。

以来、厚かましくも欠かさず出席させていただき、常連顔をして気ままに勝手な論理を振り回している。

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定評ある恒例の大イベント「2006年新春100人リレー大座談会」で
記念撮影(2005年11月8日開催)
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見事な司会で活躍する
日隈健任・広島修道大学教授

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㈱マルコシの新社長披露
パーティで、祝辞を述べる
弥山政之・「ビジネス界」
主幹(2004年1月)
back_25_04小村和年・呉市長(右)の発言に
盛り上がる座談会。左は私

 

本誌に連載執筆のチャンス頂く

もはや「好意」としか受け止めようもないが、座談会出席によって、弥山さんと一層ご縁が深まり、『ビジネス界』に駄文を本格連載する機会まで下さった。自己主張の強い持論の展開ながら、今もなお、お呼びが掛かるのは弥山さんの心の広さであり、日陰にもスポットを当てようという独特のご配慮と思っている。

連載執筆を時系列に並べると–。96年7月号から「掃除に学ぶ」を24カ月。1年休んで2001年1月号から「木原伸雄のちょっと・とーく 世相薮呪み」を24カ月。続いて「六十五歳からの挑戦・親子農業体験塾物語」を1年間。現在も、この「出会いに学ぶ生き方の極意」を36回の予定で、05年8月から拙文ながらも寄稿し続けている。

古希を迎えた私の生涯テーマは、
①子供の教育 ②過疎地の活性化 ③高齢者の生きがい-
の三つである。

都市部の経済的課題だけでなく、中山間地域における限界集落の問題に政財界が着目し、助言いただけたのも「100人座談会」がもたらした幸運だと、感謝の念でいっぱい。

『ビジネス界』が経済誌の存在意義を社会に問い掛けている公益企業「中国電力」のデータ改ざん事件の追及は、既に8ヵ月(10月号現在)も続き、鋭く警鐘を鳴らしてきた。

正義を貫く編集姿勢に共感!

一経済誌が損得だけ考えれば、ここまで徹底した糾弾は出来ない。あらためて正義を貫く編集姿勢に強い共感を覚える。同時に、弥山さんの生きざまから多く学びを得ている。

05年、呉市の小村和年<こむらかずとし>さんが、現職市長の4選を阻止し、市政を刷新するため呉市長選に再挑戦を決意された。世評は現職が断然有利…。

小村さんと私は中田宏<なかだひろし>・横浜市長とのご縁から、肝胆相照らす仲間でもあった。首長の多選弊害は、至る所で表面化しているのが実態だ。

ささやかなご縁を頼って私は、弥山さんに『ビジネス界』としての取材をお願いした。4選を目指す現職市長と弥山さんの交流は10年を超えており、難題であったに違いない。

しかし、一瞬考えた後、即座に「政治に新風は必要だ」と快諾され、何と7ページにもわたってインタビュー記事を掲載されたではないか。

当然ながら現市長側から猛烈な抗議を受け、訴訟寸前まで進んだと聞く。選挙は水物。万一を考えたら、長い方に巻かれるはず…。大いなる決断と眼力に尊敬の念を更に深めた。

激戦を制して小村さんが新市長に当選した直後、さっそうと「100人座談会」に登場された。ほっと胸を撫で下ろした瞬間でもあった。弥山さんも同じ思いだったであろう。

進行役の日隈さんも、座談会のお開きのあいさつの中で「一年間で最も明るく大きい広島の話題は、小村さんの新市長初当選である。ご活躍を期待している」と結ばれた。

弥山さんからは常に「正義とは?使命とは?」と問題提起され、ともすれば萎えそうな古希の人生に活を入れてもらっている。有り難い!