<出会い>に学ぶ生き方の極意

No.3 ~はがきを書き続ければ、人生は必ず好転~

No.3 ~はがきを書き続ければ、人生は必ず好転~No.3 ~はがきを書き続ければ、人生は必ず好転~

30年を歩む《実践人の家》

 平成17年8月20日と21日の両日、兵庫県尼崎市内のホテル・ホップインで、社団法人《実践の家》 創立30周年記念大会が盛大に開か れた。大会のテーマは『一灯をかかげ、時代を開く不易の実践』。

 《実践人の家》は、全人教育の研究・実践の泰斗― 森信三先生の教えを後世に伝え、社会に広める役割を 果たすため創設され、歩んでいる。

 「わが亡き後に、心通う同志の人々の三名にても書を読まむ集いだにあらば、姿なき身にてはあれど、希 (こいねがわ)くば、予もまたその一席末に列するを許されむことを!これわが今生最後唯一の心願なり」

 森先生の残された言葉が、心ある人々の実践となって今も脈打ち、諸活動を繰り広げる。奇しくも今年は森先生の生誕110年に当たる。

 記念大会は、森先生を信奉してやまない鍵山秀三郎さん(イエローハット・創業者)と、田舞徳太郎さん (日本創造研究所・代表)の名講演で始まる。そして、最後の交流会まで全国から集まった350名の参加者を魅了し尽くした。

 鍵山さんの演題は「心あるところに宝あり」で、ご両親への熱い感謝の思いを語られた。田舞さんは「霊山(りょうざん)に近付けば、鳥自 (おのずか)ら金色(こんじき)となる」と題して、人としての生き方 の基本を説かれた。お二人の講演は何度も拝聴しているが、この日は格別な感激と情趣を味わい得た。

〈はがきまつり〉で感動のご縁

 森先生の教えを広く世に伝える活動に生涯を捧げておられる寺田一清さん(実践人の家・元常務理事)と坂田道信さん(複写はがき提唱者) は、コンビで壇上に登場…。四十年前の師との感動溢れる出会い、触れ合いを、にこやかに楽しく語り合って、満場の拍手喝采を浴びられた。

 私はデジカメを持って右往左往しながら、必然とも言えるご両人とのご縁を、懐かしく思い出していた。

 平成8年6月、親交のあった時永朝夫さん(当時・ホテルユニオン社長)に誘われ、広島市内で開かれた〈はがきまつり〉なる催しに、内容も分からずお付き合いで参加した。

 その会場で、図らずも同時に、寺田さん、坂田さんと出会うことになる。森先生のご縁に連なる坂田さんの「複写はがきを書き続けると、人生が良くなるよ」 の絶叫講演を拝聴して、心底を揺さぶられるほど感動した。何よりも坂田さんの「はがき道」に懸ける一念に、突き動かされ、大きなショックを受けてしまっ た。

 出会いはさらに続く。講演後の交流会で、偶然にも寺田さんと隣り合わせる。そして、森先生の名著「修身教授録」をご紹介いただき、新しい世界に踏み込む契機になった。

 感動とは「感」即「動」。複写はがきではないけれども、その夜すぐに、出会った感謝を込めて、坂田さんに第一号のはがきを書かせてもらう。第二号は寺田さん宛だった。

はがきを書く実践と効用

 これまでの長い人生で、筆まめな私はたくさん手紙やはがきを書いてきた。だが、それは一般的な儀礼や単純な伝達手段の範疇にすぎない。坂田さんの主唱される「自分史」を刻むような思いでは書いていない。

 〈広島はがきまつり〉は、既に二十年を超えて年一度開かれ、複写はがきの道友が楽しみに心待つ集いである。広島県内のみならず、遠くは北海道や沖縄からも参加される。

 道友と交わすさり気ない会話で、新たに気付かされる学びも多い。

真っさらの時ははがきを「枚」と数えるが、いったん宛名を書いたら「通」と呼ぶ。「書く」のではなく「書かせていただく」と心得る。

 宛名は相手に尊敬の思いを込めて筆で書かせていただく。本文は一行目に相手の姓名と発信日付を入れる。最後に自分の名前を書く。文字は青色のカーボンを 使用し、丁寧に書かせていただく。黒文字は相手の心を和ませない―などなど。一つ一つが「なるほど…」と納得させられる。

 一年後に二千通ほど書かせていただいた頃、腱鞘炎(けんしょうえん)気味で右腕が動かなくなった。坂田さんに痛みを訴えたら「まだ書きようが足りない。 やがてはがき用の筋肉が付くので、気にせず使いなさい」と、事もなげに言われる。 事実、その通りに、やがてペンだこが出来て、右腕もやや太くなった。

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「複写はがきを書き続けると、人生が良くなるよ」と力説してやまない坂田さん。
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No.3 ~はがきを書き続ければ、人生は必ず好転~

坂田さん宛の感謝はがきの一部。 3万通を超えるはがきコピーは「自分史」

 

「自分史」を刻み続ける日々

 平成16年9月時点で、書かせていただいたはがきは、いつの間にか3万通を超えた。坂田さんと感動のご縁をいただいて以来、毎日、平均10通ずつ投函した計算になる。

 発信した方は多士済々で、送り先も全国四十七都道府県に加えて、遠くブラジルなどの海外にまで及ぶ。

 坂田さんに教わった「はがきを書けば人生が良くなる」なんて半信半疑だった。だが、還暦を過ぎての交友の広がりは、はがき交流なくしては考えられない。紛れもなく人生は良くなり彩り豊かと自覚している。

 私は、はがきの下端に一通ずつナンバーリングを打たせていただく。末尾が三桁ゼロのはがきは、ご縁に感謝を込めて坂田さん宛に書かせていただいている。つまり千通ごとに礼状を差し上げる結果になる。

 いつまで続くだろうか? 今のペースで書き続けるなら、あと17年で10万通になる。その時はお祝いのパーティーをお願いしているが…。

 残念ながら、人間の寿命には限りがある。他界される道友も少なくない。ゴールに到達するには、常に積極的な人生を送り、ご縁を大切にしつつ、さらに新たな出会いを求め続けねばならない。

 私も間もなく古希を迎えるが、幸いにも、はがきが老いを許さず、常に背中を押してくれ、充実している。

 坂田さん、はがきと出会わなかったら、日々は味気なく、生気のない寂しい人生となったに違いない。

 まさに出会いに感動、ご縁に感謝の楽しい毎日を明け暮れている。