<出会い>に学ぶ生き方の極意

No.5 ~不思議なご縁に導かれ、ブラジルで学ぶ~

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お掃除を世界大会でアピール

 平成17年9月23日から25日までの3日間、日本から見れば地球の裏側にあたるブラジルのサンパウロ市内で「日本を美しくする会・第一回世界大会」が開かれた。

 日本から参加した代表団120名をはじめ、世界各地から5000名に及ぶ人々が集い、国や宗教を超えて掃除活動の大切さをアピールした。

 たかが掃除ぐらいで大げさな― という向きもあろうが、違うのだ。

 11月1日朝8時35分から50分間、放映されたNHK・ホットモーニング「トイレ掃除が日本を変える」をご覧いただけただろうか?

 紹介された鍵山秀三郎さん(イエ ローハット創業者)の人生行路を辿れば、生半可な取り組みではない― と納得されよう。感動の内容だった。

 サンパウロまでは、成田からニューヨーク経由で24時間の空の旅。時差は12時間で、昼と夜が逆になったと考えれば分かりやすい。

 第一回世界大会は、平成8年にスタートした「ブラジルを美しくする会」の第十回開催を記念して企画された。サンパウロ在住の飯島秀昭さん(美容学校経営)ら日系人20名が世話役となって育ててきた現地の掃除活動の大きな成果である。

 世界大会は同市内のパウリスタ大通りを舞台として開かれた。5000人に上る人々が手に手に掃除用具を持ち、町をきれいに掃き清める姿は、壮観で、反響も成果も多大だった。

 私も、その熱気に巻き込まれるはずだったが健康を害して不参加。これまでは第二回、第四回、第六回と三度も参加しながら、初の世界大会の息吹と成功を肌で感じる機会を逃したのは、本当に無念でならない。

出会いの不思議を次々に体験

 平成7年4月に阪神大震災のお見舞いで来日した飯島さん一行は、私の畏友・上野起立さん(当時は三油倉庫社長)が世話人として開催した第一回「大阪掃除に学ぶ会」に参加された。その会場で掃除を指導されていた鍵山さんと初めて出会う。

 素手素足のままトイレを磨いている鍵山さんの姿に感動した飯島さんは、ゴミが散乱し汚れているサンパウロ市内を「ほうき一本で美しくしよう」と決意する。そこで、朋友らと相図って「ブラジルを美しくする会」を立ち上げるに至る。

 飯島さんは、鍵山さんに「ぜひブラジルでもご指導いただければ…」とお願いした。すると、「一年以内に必ずブラジルを訪れましょう」と明快な返事。そして、翌年2月には、上野さんを団長とする19名の日本代表団がブラジルに赴き、ほうきを手に掃除の第一歩を踏み出した。

 松岡浩さん(当時はタニサケ社長)に誘われて、初めて「沖縄掃除に学ぶ会」に参加した時、私は、上野さんによる「ブラジル掃除活動」の報告を聞く。漠然とした気持ちながら、未知の国・ブラジルを訪問したい思いが胸をよぎった。それが翌年からの活動参加につながっていく。

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サンパウロ空港では横断幕で歓迎される日本代表団(第4回大会)

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初体験のトイレ磨きに挑む現地の若者たち

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全長2kmを超える壮大な「イグアスの滝」にも、畏敬の念が湧く。

一瞬早からず遅すぎないご縁

 参加したい願望はあっても、ブラジルはあまりにも遠過ぎる。決心するには多くの条件が必要となる。決断して条件を整えるか、それとも条件を満たして決断するか、まさに己の生き方そのものを問われてくる。

 ブラジルと日本の掃除活動を直接結んでくださったのは、先述の上野さんのご尽力によるものだ。

 実は平成8年4月、兵庫県中小企業同友会に、記念講演会の講師として招かれていた。場所は神戸のホテルニューオータニ。会場に向かって廊下を歩いている時、前から上野さんが歩いてくる。「先日はどうもありがとうございました」と互礼…。

 上野さんは反対側の会場に、神戸倫理法人会の講師として入室寸前。あまりの偶然に正直言って驚いた。その時の一言「ブラジルへ掃除に行こうよ」が決め手になり、翌年の第二回大会への参加を即決した。

 「一瞬早からず、一瞬遅すぎない…」といえる出会いに、運命的な不思議さを直感し得たからである。

 この出会いがなかったら、私は遠いブラジルまで出掛ける機会もなかったし、それ以降、第四回、第六回と三度も訪れるご縁はなかったに違いない。おまけに第六回は、日本代表団の団長までも仰せつかった。

 第二回も鍵山さんはご夫妻で参加され、13日間の旅程をお供させていただく。サンパウロでの公式行事を終えて観光。リオのカーニバル、世界一のイグアスの滝、アマゾンの大自然などとも出会いを重ね、スケールの大きさに畏敬の念を深めた。

人間は出会いでしか変われない

 その折、還暦の誕生日をブラジルで迎えた。幸い、雄大な自然の中で鍵山さんと過ごした日々から、新しい私なりの在り方さえプレゼントいただけったように思えてならない。

 「人間は、優れた実践者の出会いでしか変われない」と先哲から教わったが、まさにその通りだと実感できた。以来、私にとっては新たな人生が始まったと自覚している。

 鍵山さん評を、古希記念に参加された寺田一清さん(当時は「実践人の家」常務理事)は「日本の常識を変える人である」と話され、松岡さんは「現代の菩薩」と表現された。

 私たちから見ると、鍵山さんは遥かな雲の上の人。その人が飛行機ではエコノミー、日々の食事も皆と同じ場所で、移動のバスも一緒。日本ならともかく、ステータスを重んじるブラジルでは、鍵山さんの立ち居振る舞いが信じられなかったようだ。

 マスコミは「日本の億万長者たちが、はるばる地球の裏側までやって来て、ブラジル人に掃除の大切さを教えてくれる。こんな事があっていいのだろうか。信じられない」と最大級の論調で歓迎してくれた。

 掃除活動を通じて、異国で生き抜き苦難を克服した人たちと出会う。学ぶ事例が何と多かったことか。特に日本人より日本人らしいサムライたちとの触れ合いは、ぬるま湯に漬かり切っている私には衝撃的だった。いつか稿を改めてお伝えしたい。