<出会い>に学ぶ生き方の極意

No.7 ~国際的に活躍する大学教授に啓発される~

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友あり、遠方より来る

東北・信越地方などで豪雪被害が相次ぐ一月八日、シアトル市内にあ るワシントン大学・客員教授として活躍されている若林茂さん(55)から、思いがけずも嬉しい電話が入った。

 「今、日本に帰っている。出来れば帰米前に広島を訪れ、関心のある 《竹の子学園》をぜひ視察したい」という申し入れ。幸い、好天に恵ま れ、学園所在地の広島市・白木町でも交通には支障ない程度に雪解けしている。即、ご案内をOKした。

 顧みれば当初、若林さんとのご縁を結んでくださったのは、群馬県在住の内堀一夫さん(元教師)。細かな経緯は不詳だが、四年前に私が執筆・発行していた月刊誌『ちょっと・とーく』を、内堀さんから若林さんに届けられたのが端緒だった。

 生意気な辛口の論調が気に入られたのか、若林さんから早速、感想を添えて丁重な初メールを下さった。

 元来、ITなど苦手なだけに、メールの返信も正直言って気が重かった。しかも相手は米国に在住の大学教授だけに、光栄ながら迷った。案ずるより産むが易し―ともかく第一信をインターネットで送る。

 それ以来だが、各メールのやりとりは並みでない。若林さんの本職は慶応大学出身の気鋭の経済学者。

 だが、レベルが高いばかりでなく、日系紙『北米報知』の読書欄で内外の書評も担当する大読書家だ。

 雑誌『米国読売旅行』の依頼で世界四十数カ国を旅し、紀行文をものされている。同誌の文芸大賞にも輝いた経歴を持つ文筆の達人だった。

ただ一人のメル友から学ぶ

一回のメール往来は、ほぼ千文字前後。テーマは政治、経済、経営、教育、文学、映画、スポーツ、時事など、ジャンルも多岐・多彩に及ぶ。

 スポーツ分野でも若林さんは、飛び抜けた大リーグ通。シアトルマリナーズで活躍するイチロー選手の活躍ぶりを、詳細に届けてくださる。

 日米に関連する話題も多い時期だった。思いがけない小泉純一郎首相の誕生、イラク派兵、ブッシュ政権の課題、荒廃する日本の教育など、メールテーマは幅広く、尽きない。

 若林さんとメール交流を続けて、時には考え方の相違から衝突もあっ  た。だが、結果として私は高齢にめげず、学び続ける楽しさを知った。唯一のメル友を通じて視野が広がり、前向きな人生までも教わる。

 三年前に胃ガン全摘出手術の後、発刊した『世相薮睨み~木原伸雄のちょっ・とーく」には、余る高い評価をくださった上、北米報知の読書欄で紹介までいただいた。

 二十四章で構成した小冊子だが、次のような解説で、照れる。(抜粋)〈著者は小さな事実を、自らの体験を通じて集積し、それを帰納法的 思考で整理分析…。その後で実行可能なアイデアを意見として提言し、賛同者と集い、継続実践しています。

 本書は五十ページ余りの小冊子ですが、木原伸雄氏の社会貢献の一端を開示した意義ある作品です。元々は『月刊・ビジネス界』に連載された記事で、政治・経済・経営から教育・家庭・スポーツと幅広く現代世相を論評…。それらは、どれも知的刺激があり、同時に読者の衿を正す内容を構成しています〉。  病後の身には、本当にありがたく、大いに奮い立たせてくださった。

四年の歳月を経て感動の握手

一月十一日の正午すぎ、JR広島駅の新幹線改札口に出迎える。笑顔の若林さんと感動の握手を交わす。

 全くの初対面であるが、四年間で百回を超えるメール交換が、すべての障壁を取り除いてくれていた。互いの年齢、職業、立場に大きな差があるものの、何一つ違和感はない。

 人間の在るべき生き方を求めてやまない同志として、まさに、懐かしい旧友と再会した気分である。

 遠来の客をもてなすには簡便すぎて失礼かと思ったが、昼食代わりのおにぎりとお茶を買い求め、親子農業体験塾《竹の子学園》に急いだ。

 現地では世話役の先輩ら四人が、炭火を熾して待っていてくれた。

 若林さんはメール情報で、既に親子農業体験塾設立の意義、世話役の先輩たちによる並々ならぬ貢献なども熟知しておられる。もちろん名前もフルネームをインプット済みだ。

 炭火を囲んで干し柿を頬張りながら話が弾む。朴訥な表現ながら、過疎の活性化や高齢者の生きがいについても熱のこもった意見を交換…。

 国際的に活躍する著名な大学教授を囲んで、昭和一桁生まれの元気人らが談笑する風景は、生存競争の激しい昨今、まれな構図ではないか。

 現地の先輩らにとっても若林教授との得難い出会いは、昨年九月の中田宏・横浜市長らの訪問に次ぎ、想定外の出来事だったようだ。

 どんな小さなご縁であっても、大切に育んでいけば、自分の世界がさらに広がる事実を、重ねて実体験できた。先輩たちも同じ思いだろう。

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『出会い』と揮毫された老木を囲んで

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「おにぎりは懐かしい味…」と舌鼓を打つ若林さん

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炭小屋の囲炉裏を囲んで談笑する若林さんと世話役の先輩ら

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残雪の見える《竹の子学園・第一農場》に立つ若林さん

予想外の急展開でご縁深まる

帰国中の短い滞在ながら若林さんは、あまりにも損得勘定に明け暮れる日本人の精神荒廃を見聞きし、嘆かれていた。その分、わが郷里・白木町の歴史や自然、それに素朴な人情に触れて、いたく感激された。

 「日本人の文化は、確実に地方で継承されてるね」とも話され、先輩たちを喜ばせた。利害得失を超えた世界が脈々と息づいている姿を、短時間だが自分の目で確認された。

 若林さんは、「インターネットを勉強してメール交換しよう」と、先輩たちに提案。「いゃあ、今さら…」など、各自とも億劫そうな笑顔を返すが、結局は老齢の手習いを約束していた。実現するかどうか?

 「次回、日本に帰った時は、この場所で十日間程度、自然に囲まれて執筆活動したい」と、突如若林さんから思いがけない要望…。これまた先輩たちは気軽に引き受けていた。

 実現すれば、過疎化と高齢化が急速に進む集落では、大ニュースになること間違いなし。あれよあれよという間に、急展開でご縁が深まる。

 老木に『出逢い・若林茂』と墨跡鮮やかに揮毫。写真撮影にも快く応じてくださった。良い記念になる。慌ただしい二十四時間の限られた

 ご滞在だったが、別席で広島の酒も味わって頂き、すべてに有意義な交流がかなったと大満足している。