こころ豊かに生きる・人生講座

第19期人生講座「日本・街道の旅」④ ~平成28年10月11日(火)~

「日本・街道の旅」④-午前クラス  

『北陸道』は彦根市を起点として新潟市まで520㌔の街道である。琵琶湖畔を通って長浜市に立ち寄る。長浜城は豊臣秀吉が木下藤吉郎から羽柴秀吉に呼び名を変え、一国一城の主になった場所である。長浜には鉄砲の生産地の国友村がある。北陸から京への関門である「栃の木峠」へ。「板宿」の関所を経て福井に入る。さらに加賀百万石の金沢に入る。

 

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金沢には日本三大庭園の一つ「兼六園」が雅やかな佇まいで人気が高い。参加者のすべが観光している。「ひがし茶屋街」は今も賑やからしい。加賀友禅発祥の「彩筆庵」が紹介された。倶利伽羅峠は県境である。山中を歩いて富山に至る。ここには「源平供養塔」があり、越中富山の反魂胆が有名だ。上越市(春日山城)を経て新潟に至る。信濃川の万代橋が終点。

 

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『三国街道』。高崎から三国峠を越えて佐渡へ渡る。250㌔は江戸と佐渡を結ぶ最短距離である。金井宿の地下牢は佐渡送りの罪人を幽閉したところで厳重な構えをしている。吾妻川を経て中山宿、赤谷宿、猿ヶ京の関所を通り、三国峠を越えて寺泊から佐渡に渡る。魚沼地方には「雪中花水祝」の祭りが今も伝統として伝わっている。途中の小千谷縮も有名。

 

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佐渡は流人の島である。ここで掘り出される金は徳川幕府の財政を支えていた。金山が発見されたのは1601年で平成に入って閉山された。『北国街道』は追分から出雲峠まで180㌔。途中には長野の善光寺が著名である。一党一派にこだわらない方針は多くの参詣客を招き、長野市は門前町として賑わった。1400年の歴史を誇る。髙田市をへて出雲崎に至る。

 

来月は『東海道』『伊勢街道』を学ぶ。四十三番目の四日市宿から伊勢街道に向かう。東海道は品川から大津まで53の宿がおかれ、伊勢街道は上方の旅人まで合流し、賑わった。

 

「日本・街道の旅」④-午後クラス

■本日の五七五

 蚊帳の外 辞めて良かった 知事もいて      不純斎

 元知事が 歳のせいだと せこい逃げ

 小池知事 渦中の栗が 多すぎる

 やや寒に 見上げし東 茜色             実

 熟れし柿 刈田の雀 秋深く                     

 あゝあの人も この人もなく 赤とんぼ       嬰枯

 壊れてる 食欲の秋 体重計            道章

 台風一過 群青の空 羊雲

 七十一 小さな酵母で 英雄に

 

本日のご案内は北陸道、三国街道、北国街道。

京と越後を結ぶ道として古くから発達した北陸道、中山道の高崎から三国峠を越え佐渡に至る三国海道。軽井沢、追分から日本海に面した出雲崎に至る北国街道。京と北陸、江戸と佐渡、都と越後を結び貴重な物資が行き交う重要な道だった。本日の映像はことのほか美しく、64分楽しませて貰った。

 

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参加者の皆さんに感想や思い出話を伺った。さすがに新潟や佐渡はなかったが、福井、金沢、富山、長野は観光した人が多く驚いた。映像の美しさに惹かれてなおチャンスを作って旅したいと望む人もあった。そう願う人は必ず機会が訪れるはずだ。「歳だからもう無理だ」と思う人には、幸運の女神は微笑んでくれない。まだまだと希望を捨てないでいたい。

 

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長野の善光寺にはすべの人が参拝していた。著名な宗教の本山であるだけに機会は多い。信玄と謙信が幾度となく戦った川中島は荒涼たる草原である。謙信が刀を振りかざし信玄が軍配で受けた姿の銅像は、一度は見たいものである。街道の逸話には戦国の武将たちの名前が幾度となく出てくる。信長、秀吉、家康、義経などは何度もこの街道を往来している。