こころ豊かに生きる・人生講座

第19期人生講座「日本・街道の旅」⑤ ~平成28年10月25日(火)~

「日本・街道の旅」⑤-午前クラス  

江戸と京・大阪を結ぶ五街道きっての大街道、東海道。その東海道43番目の宿四日市から分かれ伊勢神宮へ向かう道、伊勢街道。東海道は品川から大津まで53の宿が置かれ、参勤交代や伊勢参りの人で賑わった。伊勢街道には上方からの道も合流し、参拝客はこの道を歩いた。本日の資料はテキストに添えて前回のブログ、11月の学習カレンダー、言葉など。

 

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言葉は『秋せつな』、こころの文字作家・落合勲さんの立冬に因んだことばである。「あたりいちめん 葉ずれの調べ ありがたき 水音のして まがも しらさぎ 錦ごい 心澄ませ 天にいのる 地の花々よ ひらけ冬にむかいて すべてを励ませ」。もう一つは柴崎博男さんの人生のことば。「七転び八起。失敗のおかげで少しのことではへこたれなくなった。

 

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東海道は日本橋を起点として三条大橋・493㌔の街道を歩く。東海道膝栗毛の弥次さん喜多さんは12日で歩いた。よく考えてみると1日40㌔だから時速4㌔として10時間、毎日歩き続けた弥次さん喜多さんは元気な人です。日本橋を出て六郷を渡り多摩川で朝食を取り権太坂に向かう。小田原を経て箱根峠、箱根の関所を抜けて三島に向かう。元気もの。

 

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駿河宿を経て15番目の蒲原宿⇒由比の宿。ここは由比正雪の生家があるところ。清水を経て美保の松原を抜ける。ここから見る富士山がいちばん美しいというがどうだろうか。「桜わかる 鞠子の宿は とろろ汁」。ここから大井川1400㍍を経て金谷宿に至る。静岡のお茶どころから掛川⇒浜松⇒舞坂を経て新居宿に至る。この周辺の関所の厳しさは伝わる。

 

次回は周山・小浜街道、西近街道、丹波路が紹介されるが、京都から北に向かういくつかの街道が紹介される。舞鶴に陸揚げされる物資の多くがこの街道を渡って今日に運ばれた。

「日本・街道の旅」⑤-午後クラス

■本日の五七五

 モッタイナイ バッハさんから 教えられ     不純斎

 退位でも せめて譲位と 言い換えて

 蜜の味 将棋のプロも カンニング

 こも巻いて 六月の刻を 夢心地           実

 秋色の 湖西の鉄路 喧騒思う                  

 秋日和 オカリナ流る 公民館           恒子

 孫探す 大運動会 皆な同じ            道章

 叔母が逝く 報せる母は 認知症

 

午前に続いて東海道を学ぶ。徳川家康の岡崎から有松、名古屋を経て織田信長の信仰が深い熱田神宮に至る。桶狭間に今川義元を迎え撃ったときは、ここで戦勝を祈願して戦場に馳せ参じ奇跡の勝利を得た。宮宿七里の渡しには常夜燈が設置され、多くの旅人の安全に貢献した。道中は鈴鹿峠を超えて関宿、瀬田の唐橋、旅人の憧れである京の三条大橋に至る。

 

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途中桑名から伊勢を目指して南下する。この間の距離は80㌔。伊勢には他にも奈良、京都からも街道が通じている。旅不精なメンバーも伊勢神宮にはすべての人がお参りしている。桑名から四日市、白子、津、松坂を経て伊勢に辿り着く。近江商人と並び称される松坂商人の出生はこの街道にある。「伊勢は津でもつ、津は伊勢でもつ」とか、ともに繁栄した。

 

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松阪市を経て伊勢市に入るが、この街道は庶民の街道として著名である。伊勢神宮は外宮、内宮を通って正宮・皇大神宮に至る。20年ごとに遷宮が行われすべて新しい檜で大鳥居を始めすべての建物が建て替えられる。昨年はサミットが開催され、各国首脳に日本の美しさを満喫してもらった。スーツの襟にとめられた小さな真珠の飾りは印象的だった。改めて伊勢神宮の知名度を世界に知らしめた。長い旅路だった。