こころ豊かに生きる・人生講座

第13期人生講座「新・街道をゆく」14-A・B~平成25年3月26日(火)~

「新・街道をゆく」14-A

今年に入って人生講座も6講になるが、司馬遼太郎さんの導きで諸国の街道を歩かせてもらっている。順を追ってみると島原・天草→北海道→越前→京都・大徳寺→信州→そして本日が種子島と続く。リーダーは椋田克生さん、今野秀夫さん、米沢隆子さん、再び今野さん、そして椋田さん。テキストも語り口もそれぞれ特徴があって楽しく学べる。

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種子島の名前は戦国時代鉄砲で有名だが、どのようにしてポルトガルから伝わったのか、誰が国産に成功させたのか、誰が日本中に広めたのか、鉄砲がどのように日本の歴史を変えたのか。島が鹿児島県の管轄下にあり、佐多岬から48㌔南という至近距離にあるとは思いもよらなかった。司馬さんの名文や椋田さんのテキストから、実に多くを知った。

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もともと種子島には製鉄の技術があったこと、それが鉄砲伝来とその受容を容易にしたこと。さらに黒潮を活かした海上交通が紀州根来衆との交流につながり、日本国統一を目指した織田信長の手で大量生産が可能になった。さらに戦や城郭の位置、大きさまで変えたこと。もし鉄砲という武器がなければ、信長の天下統一はならなかったかも?

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地味豊かで気候風土も米作に適しており、減反政策がとられる前は二期作が当たり前だった。ポルトガルが鉄砲を伝えたこと、製造に適した技術や経験があったことなどが、島の行く先を大きく変えたと考えられる。国宝級の熊野大権現も歴史があり、半田さんの旺盛な好奇心を刺激したようだ。種子島宇宙センターや竹崎射場もあることで有名。

「新・街道をゆく」14-B

講座ゲストに佐渡旅行の経験を訊ねたが、残念ながら足跡を残した人がなく佐藤小百合さんの名解説と、司馬遼太郎さんが歩かれた映像から学んだ。司馬さんは佐渡の玄関口・両津から真野湾にいたる「国なかみち」と佐渡鉱山から島の最南端にいたる「小木街道」を旅された。佐渡は対馬暖流のお陰で農産物、果物、花木に至るまで豊かである。

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佐渡鉱山のある相川町は、江戸の一部を切り取って貼ったような雅な町であった。その歴史の足跡も見ることが出来る。能も盛んで村々に能舞台の遺構も散見できる。佐渡銀山で働かされた人たちは「流人」と呼ばれ、労働者を集める「無宿人狩り」は、江戸幕府の最大の汚点とされる。佐藤さんの研究の成果を正しく伝えらないのは申し訳ない。

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■愛犬と 至福の路に 雪柳

 一日の 計は黄砂の 風しだい

 酒に酔い あなたに酔って 花に酔う

 春の日に 早くも散った 広島桜

 ナベヅルは 花を残して 北帰行

 久し振り 出会った友も 老いていた

 お彼岸に 春呼ぶつくし 頭出す

 いっせいに はるが飛び出す 庭の先

 花粉症 梅の香りを 逃したり

 いつの間に 凛と咲いたか 辛夷たち

 主のいない 庭に水仙 咲きにけり