第三講座 小山正さん

第24期「生涯学習・古代への道(113)」②~令和元年7月17日(水)

②アイヌ語は縄文語 9 イロリ(囲炉裏)

 

 

 

 

 

 

 

 

第24期「生涯学習・古代への道(112)」①~令和元年6月19日(水)

①アイヌ語は縄文語 8 イオルと庵(いおり)

 

 

内閣官房アイヌ総合政策室は、アイヌ文化の信仰と普及啓発を行うために主な事業を五つほど掲げてある。その中の五番目に「アイヌの伝統的生活空間(イオル)の再生」がある。

アイヌ語(縄文語)の「イオル」を現代語に「(アイヌの伝統的)生活空間」と置き換えた人は、現代日本語にはなかなかの力量のある人である。私も大いに感心している。

しかし、惜しむらくは、「イオル」は、「日本語では何というのであろうか?」と僅かな疑問を差し挟まなかったことが悔やまれる。

もし、アイヌ語(縄文語)の「イオル」と同音の日本語の「イオル」をほんの少し比較検討すれば、「イオル」は、生活の場、すなわち、住居を表すことは、たちどころに誰にでもわかる。

「イオル」を「アイヌの伝統的」と置き換えれば、素晴らしい住居を思わせるが、元は言えば縄文人の竪穴式住居(その後茅(チ)で周囲を囲い「チセ」と呼称)である。なお、「セ」は、寝床である。

日本語の「いおる」(庵る)も元は縄文人の竪穴式住居(その後や世式住居を取り入れて「庵」(草や木を用いるなどして作った粗末な家)である。

同じではないかと思えば、直ぐに見つかる同音同意語である。理由は、アイヌ語は、縄文語であるからだ。

外にも、バッタキ=バッタ、カンピ=ガンピ(紙)、ヌが尊い、ソンノが本当、鰯は、マイワシ、バッコは、お婆さんなどなどアイヌ語=縄文語(日本語)の例を幾つも示している。

 

 

 

 

 

第23期「生涯学習・古代への道(111)」⑥~令和元年5月15日(水)

⑥アイヌ語は縄文語 7 セイウチと牡蠣ウチ

 

ゆえなくも 異言語となる シキウタ(皐月)晴る             ただし

 

今月は、北海道庁環境生活部アイヌ政策推進局アイヌ政策課のインターネットに公開されている文章、「今のところ正しいアイヌ語の知識と研究方法に基づいて、十分な根拠を示している説はありません。『カムイ』と『神』のように似た言葉も多少ありますが、それらは借用語かもしれません」を痛烈に批判した。

もし、「カムイ」が「カミ」の借用であるならば、アイヌ語は、この世には存在しない。完全に日本語である。実際は、日本語(縄文語)である。

「カム」を『広辞苑』で調べてみてください。「かみ」の古語である。この説明、詳しく言えば間違いであるが、それは私のテキストを読んでください。

次には、北海道庁環境生活部文化局文化振興課のインターネットに公開されている文章、「アイヌ語の単語は日本語と大きく異なっている」が大デタラメであることを証明した。

行政機関が調べもせずにこんなことが書けるものである。その語例として、「ニテク」(枝)と「えだぎ」(枝木)、「セイウチ」と「カキウチ」を面白く取り上げている。

つぎには、「(アイヌ語の)動詞に『わたし』や『あなた』などを表す人称がつくことなど、文法にも日本語と異なる点は多い」が大デタラメであることを証明した。

日本語の方が語彙数が多い分アイヌ語よりも数は多くある。別紙(テキスト61頁)に書き抜いている。とくとご覧あれ。

私は、北海道庁の職員の方に申し上げたい。

日本語を知らない人が、どうしてアイヌ語と日本語とは違うと言えるのか!

日本語を勉強してからアイヌ語と日本語とは違うと言おう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第23期「生涯学習・古代への道(110)」⑤~平成31年4月17日(水)

⑤アイヌ語は縄文語 6 アイヌラックル

 

先日何気なく「北海道庁・アイヌ語」と入力してインターネットを見ると、「環境生活部アイヌ政策推進局アイヌ政策課」が出てきた。そこに「ご存知ですか?」と題して「アイヌ語の成り立ち」を書いた文が掲載されている。随分と大胆な意見で、どこの誰の説を踏襲しているのか聞きたい欲求に駆られている。

 まずは、その大胆(語を変えれば無防備)の説を左記に示すことにする。

◆北海道庁環境生活部アイヌ政策推進局アイヌ政策課=アイヌ語と日本語がもとは同じ言葉だったという人もいます。しかし、今のところ正しいアイヌ語の知識と研究方法に基づいて、十分な根拠を示している説はありません。「カムイ」と「神」のように似た言葉も多少ありますが、それらは借用語かもしれません。

 「『カムイ』と『神』のように似た言葉も多少あります」に至っては、この文を書いた人の歴史や言語に対する認識は相当に低級である。では、「カム」を『広辞苑』でみてみよう。

◆広辞苑=「かみ」の古形。

語例もいっぱいある。→かむかぜ(神風)・かむさぶ(神さぶ)・かむさる(神去る)等々

 アイヌ語は、日本語と違うという人は、日本語をよく調べてから言ってください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第23期「生涯学習・古代への道(109)」④~平成31年3月20日(水)

④アイヌ語は縄文語 5 ホンノちびっと

 

私がこの講座で初めて「アイヌ語」(当初は「縄文語」とは表記しなかった)を取り上げたのは、平成二十八年四月である。講座の名は、題して「北の大地」である。第七十七回であったからもう三十二回、丸三年も前のことである。

 アイヌ語と縄文語(日本語)は、左記の五つが一致している。従って、同じ言葉である。これは、「絶対の真理」と言える。

1 単語が同じ(小山)

2 語順が同じ(小林論文と小山)

3 接頭辞も動詞も同じ(小山)

4 アイヌ語の構成音数と発音が日本語と酷似(『アイヌ文化を理解するための手引き』(社団法人北海道観光連盟、平成16年刊)→アイヌ語精通者が数名で執筆・監修=先月紹介した村木さんの名もある。

5 宗教用具・用語も同じ(小山)

 世間の多くの人を納得させるための私の一人旅はまだまだ続きそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

第23期「生涯学習・古代への道(108)」③~平成31年2月20日(水)

③アイヌ語は縄文語 4 イナウとヌサ

 

 縄文語(アイヌ語)の小話の発刊について

 アイヌ語=縄文語を証明するには、学問的には人の元始、日本の原始から始まり、日本語の五千年の遍歴について各種の資料を添えて系統的に詳しく述べなければならない。また、アイヌ語は、「系統は不明」とする定説(広辞苑)を覆すには時間も労力も莫大掛かる。それに何より面白くない。

 地球上のまだ見ぬ土地を探検するとか、生活に役立つ鉱物や微生物を発見すると言うのであれば、面白いこともたくさんある。加えて、有益が先に立って話を聞く人も興味を感じる。

 しかし、私のやっている研究(?)は、「同じものを同じだ」と言っているに過ぎない。こんな面白くもなくつまらない仕事はない。

 学問の名に支えられた権威ある定説、「アイヌ語は、系統は不明」を艱難辛苦の結果、覆したとてそれが何になるのか。ただ単に「元に戻るだけ」である。社会に本当に有益なのか、自問自答するところである。

 そこで考え付いたのが、同じことを述べるにも、少しでも楽しく、かつ、面白くすることである。しかし、面白くないものはいくら加工を施しても面白くはならない。そこを何とかと考えて小文を書いてみた。

 話題が面白くないことに加えて人間も元来の性分が武骨ものと来ているから、自分では精一杯楽しく、面白く書いているつもりであるが、他人から見れば、やはり「面白くない」との評価になるかもしれない。

 それを承知で世の中の人が金田一京助に始まる日本のアイヌ語学者に騙され続けていることを暴露するために頑張ってみた。笑えない所を笑って読んでみてください。真実は一つしかない

 

 

 

 

 

 

 

 

第23期「生涯学習・古代への道(107)」②~平成31年1月16日(水)

②アイヌ語は縄文語 3 接頭辞と接尾辞

 

表紙に私がイカツイおじさんと並んで立っている写真を掲げている。写真を撮った所は、北海道沙流郡平取町貫気別である。そこにお住いの木村さんの家の応接間である。撮った時刻は、平成三十年八月十七日、午前十一時半頃である。

 

私の表情は、少しこわばっている。しかし、内心は嬉しさでいっぱいであった。広島から遥か二千五百キロ、車を運転して北海道に「アイヌ語は縄文語である」との話を広めにわざわざ出て行って、純粋のアイヌの人にであえた。その偶然の上に、更に、自宅に招かれるという幸運に恵まれた。本来は、心の底からにっこりと笑うべきであったが、じっと喜びを押し殺して、家内の操作するデジカメを見ている。

 

一方の木村さんの方もぐっとカメラを睨めつけて、やや不機嫌そうに見える。我が家に招いたとはいえ、相手は、広島から遥か二千五百キロの旅をして、はるばるアイヌを訪ねて北海道に来たと言っているが、アイヌ語は、縄文語だと言っている。そう簡単に甘い顔を見せてなるものかと気迫がこもっている。

 

木村さん、風貌からはうかがえないが、実は、平成三十年七月、「カムイたちよ」と題する絵本を出版されている。絵本を見ると、実に心優しく、文学的なセンスにあふれている。

 

木村さんに絵本の出版の動機を訪ねると、「自分は、物言わぬアイヌであったが、それを七年ほど前にやめて、それからは社会にアイヌを広める活動をしている。その一環である」とのことであった。現在では、遠く大阪府でも講演に出かけているとのことであった。

 

そういう覚悟を持っている人に対してこちらは、「アイヌ語はない。日本語(縄文語)である」と正面切ってものを申し上げるのは、心ひけるが、私もこの二年半、日に夜を継いで調べ上げた結果が「アイヌ語はない。縄文語である」という真実である。簡単に引き下がるわけにはいかない。この写真は、その意地と意地とがぶっつかった後の複雑な一瞬の光景である。

 

 

 

 

 

第23期「生涯学習・古代への道(106)」①~平成30年12月19日(水)

①アイヌ語は縄文語 2 イタカンロ―

 

 

 

今月のテキストには、アイヌ語を研究するためにわざわざロシア連邦のサンクト・ペテルブルグから来日されているブガエワ アンナさんのプロフィールから得たアイヌ語の定説を紹介し、反論を書いている。

 『北海道新聞』を見て知った「公益財団法人アイヌ民族文化財団」(札幌)主催のアイヌ語弁論大会「イタカンロー」(現代語への置き換え=「話そう」)を逐語解読した。

 「イタカンロー」の「タカン」は、縄文語(アイヌ語)「タク」の発音上の変化であることから、その元の語である「タク」(「言葉」・「話す」)を詳しく解読している。

 その説明の過程では、日本語がいかに漢字の影響を強く、大きく受けているかを解説した。縄文語は、かろうじて現代語の中に姿を変えながら生きながらえていることも記述した。

 日本語の本質(縄文語と弥生語とが交雑し、それに漢語が深くかかわっていること)を知ろうと考えれば、アイヌ語(縄文語)の研究は絶対に欠かせない。いな、縄文語(アイヌ語)を研究しなければ日本語の本質を明らかにすることは絶対にできない。そう言い切っても過言ではない。

 そのほか、『哲西の方言』から「ホセ」の語を得て、アイヌ語の「ヘセ」(呼吸)を逐語解読している。ペンケとパンケも縄文語であるなど満載である。アイヌ語=縄文語は、絶対に真実である。

 ところが、日本人は、アイヌ語は、「非日本語族の言語で、系統は不明」と叩き込まれている。これは日本の悲劇である。何としても総力を結集して縄文語の研究が急がれる。

 ブガエワ アンナさんの文の中にある「今のところ孤立語」の「今のところ」の表現は、私の出番を今か今かと待っている、そう、早春の木々の芽の膨らみを感じさせ、近い将来にアイヌ語が縄文語であるという事実が世の中に知れ渡ることを予知(予感)させているようにも受け取れる。

 今の私は「♪春よ来い。歩き始めたミヨちゃんがおんもへ出たいと待っている」のミヨちゃんである。

 私が三年近くにわたって解読した語のすべてがアイヌ語=縄文語であることを証明している。これまでのデタラメの考え、「非日本語族の言語で、系統は不明」を一日も早く覆すこと、これが私の来年の大仕事(課題)である。

 来る年(オヤパ)が講座に参加いただいている皆さんに素晴らしいものになることを心から願っている。

 また、このテキストを勝手に送らせていただいている方々にも「オヤパ」が素晴らしい年であることを祈念している。でき得れば、何分のご協力を得ることが出来ればこれに勝る嬉しいことはない。

 

  

 

 

 

 

 

第22期「生涯学習・古代への道(105)」⑥~平成30年11月21日(水)

⑥アイヌ語は縄文語 1 ヤイコオコイマ=寝小便 オソマ=大便

 

ヤイコオコイマ

 縄文時代の遺跡で色々な人と話していると大半の人が、縄文時代は、遠い昔のことだと思っている。私もかってはその一人であった。しかし、彼らの生活様式や考え方を表す言葉を知ると、縄文の生活や考えは現代にも脈々と生きており、遠い過去とは思えない。「はじめに」で書いているが、縄文は生きている。

 縄文が生々しく生きている例を私の小学校低学年の頃の思い出話でする。

 ヘェー、これが縄文人の生活なのかときっと驚かれるであろう。その縄文語(アイヌ語)とは、「ヤイコオコイマ」である。「ヤイコオコイマ」とは、現代語に「寝小便」と置き換えられている。

 寝小便がごとき語で縄文時代の生活の何が分かるのか。多くの人は、きっと疑問に思うであろう。しかし、「ヤイコオコイマ」(寝小便)が解読できなければ古代(縄文時代)を知っているとも言えない。ましてや、アイヌ語(縄文語)をよく知っているとは言えない。

 では、「ヤイコオコイマ」を逐語解読する。左記のとおりである。

ヤイコは、「一人で」である。

オコイマは、「小便」である。

 

 

 直訳すると、寝小便とは「一人でする小便」である。では、なぜ、「寝小便」を「ヤイコオコイマ」(一人小便)と言うのか。ここが理解できなければ、アイヌ語(縄文語)を解読したことにはならない。

 それが簡単にわかればアイヌ語学者はこの世には必要がないと言われるだろう。単純な事柄は、単純なゆえに解読が難しい。

 一人でする小便=寝小便の構図は、私にはすぐに理解できた。なんとも寝小便を上手に言い表している。縄文人の言語力の高さを垣間見た。

 ヘタな感動をせずに早く答えを言えと言われそうである。私が独力で得たアイヌ語(縄文語)の「ヤイコオコイマ」の解を披露するのは勿体ない気持ちが先に立つ。永遠に私一人懐に抱いておきたい。

 時は、今をさかのぼる二千年以上前の縄文時代である。小さい子が、夜間、竪穴式住居の入口から一人で這い出て、月明かり、星明りしかない家の外、そのまた向こうにある共同便所に行って、小便をすることは肝っ玉の太い子でも、腕力に自信がある子でもそう簡単にはできなかったのではなかろうか。

 

 

 夜の野外には、現代とは異なり人を襲う狼や熊もおり、大変危険である。そこで、夜間の排便(小便)は、通常、親か兄弟が付き添って共同便所に出かけ用を足すことになる。

 昭和三十年までの家屋では便所は、臭気を避けるためにどの家でも屋外にあった。母屋の近くの別棟、あるいは、渡り廊下で接続はしているが、雨戸をあける実質的な屋外にあった。

 私の家は、祖父が昭和七年にそれまでの税務署の官吏生活で得た最新の設計に基づく家であったが、それでも便所は、寝所からは遠く、雨戸をあけて囲いのない廊下を三間半も歩いて行かなければならない所に風呂場とともにあった。

 

 

夜間、尿意を催すと、一人で行くのが「オッカナイ」ので、母を起こすか、兄を起こすかして便所に同道を願うことになる。近時、道の駅で野営することが多いが、車外に出て便所まで歩いていくのは気持ちの悪いものである。特に北海道ではヒグマが出るのではと恐怖心が募ってくる。

 便所への同道を兄にでも懇願すると、弟とは言え、深い眠りから無理やり起こされるのであるから、その見返りは翌日には必ずやってくる。どんな難しい用でも嫌なことを言いつけられても次回また便所への付き添いをお願いすることを考慮すると断る選択肢はない。否が応でも聞かなければならない。

 

 

 それではと、何とか我慢して布団の中でじっと夜明けを待っているとついつい眠り込んでしまう。そして、朝起きて大失敗をシでかしたことに気が付く。この苦い経験を二・三度しているので、「一人でする小便」を寝小便と言うのは、理解できる。

 なお、「オッカナイ」は、現代語に「おそろしい」とか「こわい」と置き換えられている。アイヌ語(縄文語)では、「おそろしい」を表す語は「ハ、オカナイ」である。「ハ」は、現代語では、「ワァー」である。このことは、今年の三月の講座(98回10頁~12頁)に詳しく書いている。

 「ヤイコ」の現代語への置き換えは、『アイヌ語辞典』によれば、「一人で」あるが、なぜ、「ヤイコ」の現代語への置き換えが「一人で」あるのかは逐語解読で説明する。

 では、「ヤイコ」を逐語解読する。左記のとおりである。

は、「私」である。

は、前の名詞の「状況や状態」を表す。

は、「○○に向かって」である。

 「ヤ」が「私」であることを証明する語は、「ヤル」である。「ヤル」は、「ヤ」に動詞化音「ル」が付いて創成された語である。「ヤイ」の説明文の途中であるが、「ヤル」を逐語解読する。左記のとおりである。

は、「私」である。

は、「動詞化音」である。

 

 

 「ヤル」とは自分のことを自分で処理することである。勉強をやる・仕事をやる・動物に餌をやる・子供に小遣いをやるなどと使用する。

 次は、「ヤイ」の「イ」である。「イ」は、形容詞の「イ」である。強い・寒い・怖い・高い・低いなどの「イ」である。前の名詞の状況・状態を表す。

 アイヌ語の「ヤイ」は、日本語に「自分自身のこと」と置き換えてある。「ヤ」が自分を表し、「イ」が「ヤ」の状況・状態を表している。

 ここで子供の頃を思い出したので『哲西の方言』を取り出して、「ヤイ」を見る。そこには、「ヤイ」ではないが、「ヤイコ」(ヤェーコ)がある。

 「ヤイコ」(ヤェーコ)は、現代語に「互い」と置き換えてある。「コ」は、アイヌ語(縄文語)と同じなので『アイヌ語辞典』の置き換えに従って、「○○に向かって」である。「○○」には、「ヤイ=自分自身」が入る。

 そうすると、「ヤイコ」は、「自分自身の状態」である。アイヌ語の「ヤイ」と全く同じ置き換えになる。双方が縄文語であることの証である。

 

 

 なお、「ヤイ」については、この後「5 ヤイコ」で詳しく解読する。

 では、寝小便と現代語に置き換えられている「オコイマ」を逐語解読する。左記のとおりである。

オコは、「小さい」である。

イマは、「私の所」である。

1 「オコ」を小さいと解読する理由は、「オ」(ヲ)も「コ」も縄文語で「小さい」ことを表す語であると考えているからである。

 現代語でも「おこぜ」(虎魚)・「おこじょ」(日本の本州中部以北に分布するイタチに似た動物)の「オコ」は「小さい」を表している。

 本来は、「こぜ」で小さい魚、「こじょ」で小さな動物を表しているが、更にその上に「ヲ」(小さい)を加えていると考えている。

2 「オコ」は水とも解釈可能である。

 「オコイマ」は、『アイヌ語辞典』には「オコイマ」とも言うとある。「オンコ」が「水」を表すことは、今年の四月の講座(99回11頁~16頁)に詳しく書いている。

 

 

 この場合は「オコ」は、「オンコ」の動詞化音「ン」の脱落形である。「オコ」が「水の先」で小便を表すのは、水が人の口から体内を流れて最後に排泄されることを言い表している。

 1と2、甲乙つけがたい解読である。しかし、二つの説が成り立つときは、どちらか一方が間違いか、あるいは、両方とも間違いである。

 従って、この場合は、「小便」が「大便」と対立する語なので、「小さい」が正しいと考えている。

第22期「生涯学習・古代への道(104)」⑤~平成30年10月17日(水)

「古代への道(104)」⑤アイヌ語はない 6 イランカラブテ

 

イランカラプテ=こんにちは

三度目の北海道、各種のアイヌ関係の機関を回ると、北海道庁はもちろん、国や自治体、学術機関、アイヌ関係団体、キャンペーンに賛同する民間企業や団体などが一体となって「イランカラプテ」キャンペーンを展開していた。

北海道の先住であるアイヌの人たちや彼らの文化などを、より多くの人に理解してもらいたい、もっとアイヌ文化に触れてもらいたいとの思いからの取り組みである。しかし、アイヌの人は、縄文人であり、その話している語は、日本語の基底を構成している縄文語である。「先住」であることは絶対に認めるが、日本人とその祖先を一緒にする人たちである。

現在は、「アイヌ語は、独立した系統の言語」であるとの誤った認識に立っている。この思い込みを一日でも早く正すべく私が数多くのアイヌ語を日本語で解読している。

 

では、アイヌ語が「縄文語」(日本語で解読できる)であることを証明する。証明の対象は、キャンペーンの題目となっている「こんにちは」と現代語に置き換えられている「イランカラプテ」である。「イランカラプテ」が、日本語で解読できれば、誰も「アイヌ語はある」とは言わないであろう。

 

インターネットに掲載されている「イランカラプテ」の説明を読むと、萱野茂氏(1926年~2006年 元参議院議員)の言葉を引用している。

 

◆「イランカラプテ」の原義=「あなたの心にそっと触れさせていただきます」

 

なかなか見事な置き換えで、萱野さんの心の優しさ・広さが十二分に表れている。しかし、この置き換えは意訳である。つまり、原義に忠実とは言い難い。「イランカラプテ」には「触れる」の意を表す語はない。「イランカラプテ」を直訳すると「あなたの住まいの柄(人柄)を思っている」である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第22期「生涯学習・古代への道(103)」④~平成30年9月19日(水)

「古代への道(103)」④アイヌ語はない 5 シタウオセ

モコリリ(蝸牛)とモッコリ

語呂合わせで探すアイヌ語と日本語とでも言おうか。面白いのをもう一つ示してみる。

 「トンコリ」の「コリ」の音でちょっこり・にっこり・ほっこりの語の外に「モッコリ」が気になった。「モッコリ」は、「丸くて膨らんだ物」を思い起こす。「モッコリ」は、『広辞苑』によると、丸みを帯びて盛り上がっているさま」とある。

 では、これがアイヌ語になると、どうなるであろうか。「モコリリ」になる。では、「モコリリ」とは何か。答えは、「カタツムリ」である。

 普通だと「カタツムリ」の「モコリリ」をわかり易く説明するために「モコリリ」を逐語解読するのであるが、これが難しい。

 難しい理由は、「モコリリ」が「モッコリ」+「キリ」(虫=足)であるからだ。

 つまり、「モッコリキリ」(Mokkorikiri)なのであるが、この表音には、「k」の音が短い中にたくさんあるので、赤字で示した「k」と「ki」の音が脱落して、「モコリリ」になっているからである。

 北海道ではアイヌ語を日常使用しないまでも長い人生で研究してきた数多くの人と出会うことが来た。

 私は古事記を研究する過程からアイヌ語に首を突っ込んでなかなか抜け出せない状態が続いているが、ここ三年近く必死に取り組んで来たので、何らかの結論が出るまで頑張ってみようかと考えている。

 アイヌ語は、日本歴史で縄文時代と言われているときに全盛を誇り、その後、弥生人と言われる人混血を重ね、日本人という民族を形成してきた人々である。

 いま、東北と北海道で縄文遺跡を世界遺産に登録しようという運動が起きている。私がこれまで調べて来たアイヌ語は、まごうことなく縄文語が純血を保ったままで現代まで生き延びたものである。これを世界遺産と言わずに何を外に世界遺産に登録するものがあるだろうか。

 アイヌ語を学んでいる人に告ぐ。一日も早く目覚め、縄文語しての研究の道を進んでほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

第22期「生涯学習・古代への道(102)」③~平成30年7月18日(水)

「古代への道(102)」③アイヌ語はない 4 ヒシ=牛

 

アイヌ語と日本語を毎日見比べていると、語が創成される過程が分かるものに出会うことがある。なるほど、先人たちは、こんな見方をして語を創成したのかと感心することが度々である。先日、発見した他愛もないが面白い語の創成を紹介する。

 

マタギ言葉を見ていると面白いものがいくつも出て来る。その中に「コマガリ」がある。「コマガリ」とは、「キセル」(煙管)である。キセルを、なぜ、「コマガリ」というのか。ここが面白い。「キセル」の先端(タバコを充填する所)が少しばかり曲がっている特徴をとらえて語にしている。「キセル」は、煙管と漢字表記する。「煙の管」は実態を正確に表しており、なんとも巧みな表記である。しかし、この巧みな表記が日本語の創成を隠す悪者なのである。「キセル」の語源は何ですかと『広辞苑』に聞いてみる。すると、「管を意味するカンボジア語khsierからである」と説く。それだけではウソがばれるので、「タバコを吸う意のポルトガル語que sorverからである」とも説く。今度は、マレー語ではなく、カンボジア語である。一番悪いのは、正しいかどうかわからないのをさも知ったゲに書くことである。日本語の語源がカンボジア語、あるいは、ポルトガル語ならば、それは外来語と言う。

 

では、「キセル」を逐語解読する。左記のとおりである。

は、「気」(煙)である。

は、「吐く」である。「セク」(咳く)・「ようようセ」・「ウォーセカムイ」の「セ」である。

は、「動詞化音」である。

 

「キセル」は、「煙を吸う管」と思っていたが、古人は、吸った煙を吐くことに着目して「キセル」と命名したのである。「キセル」とは「煙草の煙を吐き出す」ことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第22期「生涯学習・古代への道(101)」②~平成30年6月20日(水)

「古代への道(101)」②アイヌ語はない 3 ヤウヤウセ

 

講座は、百回の大台に乗って仕切り直しである。今日はその第一回、通算で第百一回目である。講座の当初の目標である「古事記の解読」に新しい境地を開いて大きく前進・躍進したいと抱負を述べたいところである。

 

しかしながら、二年半前から始めたアイヌ語の研究が思わぬ成果を上げて、日本のこれまでの文化や歴史を塗り替えるような事態になってきた。

 

初めは、アイヌ語と日本語の単語を比較して同音同意語がたくさんあるくらいの簡単な気持であったが、調べれば調べるほどアイヌ語と日本語は、類似、いな、一致していることがわかってきた。

 

そこで、現在では、「アイヌ語は日本語である」との揺るぎない確信を持つに至っている。

 

アイヌ語と日本語は同じであるとこれまでも誰か一人ぐらいは主張をしていると思うが、そんな人がいるかどうかを調べる時間の余裕がない。

 

現在、私がやっている作業は、これまで日本人の誰もが疑っても見なかった「アイヌ語の存在」を真っ向から否定するものである。

 

本当は、私がごとき浅学の者には手を付けることが出来ないほど大きなテーマである。従って、このまま一人でコツコツやっていたのでは日暮れてもすべてを明かすことはできないかもしれない。

 

明治維新後、日本人が謙虚に、かつ、科学的な精神をもって、北海道に先住している人の言葉を研究していたならば、日本民族の歴史は大きく変わっていたと思われる。

 

北海道に先住していた人々は、私たちと同じ民族であり、同じ言葉を喋っていることに気付いたならば、「アイヌ人」は存在せず、日本の縄文時代を生きて来た私たちの先祖と同族であると認識できたはずである。

 

表面上の言葉が異なる、あるいは、生活様式も異なることに着目して本質を見なかった。これがアイヌ語の存在を許した要因である。何事にも公正で正面から取り組みたいと心に言い聞かせている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第22期「生涯学習・古代への道(100)」①~平成30年5月16日(水)

「古代への道(100)」①特別記念 日本語を求めて

 

 

 

    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第21期「生涯学習・古代への道(99)」⑥~平成30年4月18日(水)

「古代への道(99)」⑥アイヌ語はない 2 柄杓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第21期「生涯学習・古代への道(98)」⑤ ~平成30年3月21日(水)

「古代への道(98)」⑤アイヌ語はなかった 新1 蜘蛛

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第21期「生涯学習・古代への道(97)」④ ~平成30年2月21日(水)

「古代への道(97)」④

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第21期「生涯学習・古代への道(96)」③ ~平成30年1月17日(水)

「古代への道(96)」③

岡元美紀恵記

小山正講師の「古代への道」は96回目を迎えました。あとがきにも触れられているように、5月で100回を迎えます。これは偉大な足跡です。マルコシの講座も8教科、12講座を開いていますが、地域の文化講座として根付いていると自負しています。他の講座では見られない親しみ、助け合いが高齢者の生きがいに通じているのではないでしょうか。

 

 

今回のタイトルは古代日本語の解説③「寒過暖来」です。話を聞くと面白いのですが、テキストを読むと難しい。小山さんの熱意と話術に負うところが多いと思います。小山講師は毎年夏に40日ほど夫婦でドライブ旅行をされますが、昨年は岩手県一関市で自転車旅行中をしている台湾の夫婦と知り合いになられました。ご夫婦から年賀状が届いたそうです。

 

 

外国人から賀状を受け取ったのは初めてとか。「歳歳如意 皆平安 新年如意 幸運来」と記してあった。賀状の「意」は「心」か? 7世紀後半、漢字到来直後の時代を肌身に感じるようで清々しい。万葉集には「新年」「初春」と表記する歌はなかった。「冬」と表記する歌を探した。「寒過暖来者年月者雖新有 人者舊去」。今年の年賀状の巻頭首に採用した。

 

 

現代訳は「冬過ぎて 春来れば 年月は新たなれど 人は舊り去る」。60㌻にも及ぶテキストは難解ですが、その気になれば勉強のやりがいがあり新しい世界が見えてきます。「日戻りの 新たなる年 あけくれば 遥かなる道 歩む一人 ただし」。小山講師の今年の生活態度は、「やすらかでしずかなこと」だそうです。それには健康第一ですね。

 

 

小山講師は100回講座を機会に、勉強の成果を広く世に問いたいと考えておられます。何が出来るのか期待したいですね。

 

第21期「生涯学習・古代への道(95)」② ~平成29年12月20日(水)

「古代への道(95)」②

岡元美紀恵記

今月の第95回講座より「古代への道」のテキストが、内容もスタイルも一新しました。10数日も前から会社の印刷室で小山講師と担当の今井さんが丹念に打ち合わせていました。その出来上がりがこのテキストです。原型は相談役が毎月発行している「デイリーメッセージ」です。講座を受講した証しとして本棚に残して欲しいという願いがあります。

 

 

テキストは参加者へ事前に送付されます。午前、午後の講座はどちらも満席です。一人でも多くの人に自分の日本語の新発見を理解してもらいたい、その熱意の表れでしょうか。古事記解読のため意外な事実を発見されてからは、日本語史を改め小山説が正しいことを実証する努力をしておられます。本日の講義もその発見を具体的に披瀝しておられます。

 

 

人体と動詞の第2項では41㌻にわたって「ケ=足」「タ=手」「カタ=肩」「メ=目」「マ=目」「シ=目」「カ=鼻」「ガ=歯」「ハ=歯」「キ=耳」「ヒ=爪」などが説明されています。説明は早いので分かりにくいと思いますが、テキストの文字を追うと意外にも納得できる所がたくさんありました。小山講師の丹念さと熱意が良く伝わります。本にした目的はこの辺り?

 

 

12月の「師走(シハス)」の語源はよく分かりませんが、師が走るという解釈は間違いで、1年で最後の月の意味のようです。ついでですが6月の水無月は水がないのではなく「水の月」、11月神無月は「神の月」が正しいそうです。講師から本日のテキストは「はじめに」と「あとがき」は丹念に読んで欲しいという強い希望がありました。時間内の終了に吃驚。

 

 

今年も1年間お世話になりました。元気で新しい年をお迎えください。本日の一句「干支七巡 逝くを告げ来る 鐘の音」

第21期「生涯学習・古代への道(94)」① ~平成29年11月15日(水)

「古代への道(94)」①

岡元美紀恵記

最近の小山講師のテキストは文章が充実し、生半可では読めなくなりました。「秋もだいぶん深まり、家の前の大通りの街路樹もつい先日、身ぐるみはがされて空がパッと広く感じるようになった。そろそろ冬の季節を感じる季節である。日差しも南に相当傾き、部屋の奥深くまで差し込むようになった。毎日パソコンに向かって作業し…」の書き出しは素晴らしい。

 

 

テキストの構成は「はじめに」に続いて①北東王朝=縄文人国家=蝦夷国。②ワランチ=原日本人の文化。ここまでが15ページ、さらに「さいごに」と「資料と参考」。付録1に「発足」、付録2が「中途半端」。テキストは全部で24ページ,A4版に文字が詰まっています。なんとスタートは「付録1」地名を訪ねて「発足」からでした。講義を聞くと納得します。

 

 

続いて付録②は季節の言葉、「中途半端」でした。実は夢の中で浮かんだことばが天啓のようにひらめき、ガバッと跳ね起きたそうです。途中経過は省きますが、半年を1年とする暦に変更することは、日常使用する言葉に大きな変化を及ぼしています。その言葉の一つが「中途半端」です。社会の構造が変化するのだから、言葉も当然変化することになります。

 

 

付録のことも十分記述しないまま、限られた文字数がなくなりました。最近の小山講師のテキストは以前に比べて格段に読み易くなっています。折角の労作ですから、是非読み終えてください。本文はとても面白いです。「へぇー、そうだったのか」と納得させられる歴史の解説が随所にあります。私は徹夜して読み明かしました。随分賢くなった気がします。

 

 

 

小山講師は72歳ですが年齢より若く見え、体力も十分です。午前と午後の2講座で4時間休みなしは、恐るべきです。

 

第20期「生涯学習・古代への道(93)」⑥ ~平成29年10月18日(水)

「古代への道(93)」⑥

岡元美紀恵記

テキストのはじめに書いてある文章が印象的でした。小山正講師の日常の習慣が、「8年前頃より変わった。午前5時前に起床し、5時丁度からパソコンに向かい作業する。朝食は午前6時半、その後8時から再開。正午に昼食を取り仮眠の後作業開始。家の外には新聞を取りに行くときのみ、週2回くらいは孫と公園にでかけることがある」。少々びっくり。

 

 

テキストの文字数は概ね4万文字、1週間前には受講生の宅に届きます。講座の案内が添えてあり、「貴方様には苦痛を伴うかもしれないがぜひご覧になり、矛盾など見つけていただき講座のときにご指摘いただきたい」。ここまで手を差し伸べられると、元気も出るし義理にでも参加しないと申し訳ない気持ちになります。本日は百日紅(さるすべり)を持参。

 

 

百日紅は真夏に咲き、赤、白、ピンクなどの色をつけ涼やかにしてくれます。竹の子学園の運動場には数十本植えてあり、馴染み深い花です。100日咲くから付けられた名前だそうです。天皇の年譜表は「神武天皇」から「推古天皇」までの治世、年齢、子、宮、陵など詳しく記載されています。1枚の年表が1,000年、これ1枚でも講義が出来ると参加者の声。

 

 

テキストの目次は、はじめに続いて①暦と日本語、②アマムとシアマム=米、粟、稗、③土器と土偶、④牛耕種族征服王朝節=天之日矛、⑤さいごに、参考資料と記してあります。次回から、11月期「牛耕種族王朝征服説①」12月期「同②」更に1月期「同③」と続きます。少し固苦しいかと思いますが、学生時代に戻ったと思い楽しみに参加してください。

 

 

研究の成果を文字で残すことは、当人でなければ味わえない喜びもあると思います。テキストは是非読み終えてください。

 

第20期「生涯学習・古代への道(92)」⑤ ~平成29年9月20日(水)

「古代への道(92)」⑤

岡元美紀恵記

生学習講座の8月は夏休み、講師の皆さんはのんびりしておられたのかどうか。本日の「古代への道」担当の小山講師は、昨年の北海道に続き今年のメインは東北地方でした。7月25日から9月4日の42日間、すごいですね。延べ走行距離は8404㎞超。出来るだけ高速道は走らず、はじめての町の街道沿いや山並みの景色を楽しんだそうです。すごい!

 

 

宿泊は概ね「道の駅」のガレージ、娘さんたちが嫁いでいる船橋市、相模原市、大津市以外は、奥さんと二人で車宿?をされたそうです。弘前ねぶた、平川ねぶた、青森ねぶた、能代七夕、秋田竿灯、山形花笠踊、仙台七夕、湯沢絵燈籠、雄勝花火、遠野市花火、黒内温泉盆踊り。さすが東北ですね。ねぶた祭りの多いこと。お風呂は27の温泉と道の駅など。

 

 

ドライブ旅の目的は、①素晴らしいと評判の高いねぶた祭り夏祭りの見学。②暑い夏から逃れるため。仙台で暮らしている友達は「38日間も雨が降り、夏がなかった」とこぼしていましたが、小山講師も農作物の冷害を心配していました。③本講座の「アイヌ語は日本語」の更なる研究と自説の正しさの確認。70歳の老夫婦? でもここまで出来るとびっくり。

 

 

50日ぶり生涯学習講座でしたが、午前と午後の2講座とも時間を延長しての熱弁。疲れも見せず、ときには笑いを誘いながらメンバーの皆さんを楽しませてくれました。お土産は各地の「ねぶた祭りうちわ」。一度は行って見たい東北地方の祭りだけに、うちわを手にするだけでもわくわく。各地の出会いのエピソードから、新潟県境で偶然ドライブ中の椋田さんと出会った不思議。お話の内容も生き生き伝わります。

 

第20期「生涯学習・古代への道(91)」④ ~平成29年7月19日(水)

「古代への道(90)」④

岡元美紀恵記

100講座も指呼の間になり、小山講師の張り切りようには驚きます。メンバーの皆さんには24㌻のテキストを添え、案内状を届けられました。各回定員8名ですが、7月は午前が13名、午後8名の賑やかさです。教室は3階ですが足が痛いのに頑張られる姿は感動です。小山講師は大勢の瞳に見詰められ、興奮して言葉が出てきませんと興奮気味でした。

 

 

 

 

今回が91回目、100講座までは残りが一桁の9回、盛大にお祝いをしたいですね。本日のテーマは「日本語は面白い・人体B」です。「人体」とは各部署から成り立っているもので、名称はどの種族にも共通する一番大切な言葉です。アイヌ語が津軽海峡を隔てて2,000年以上に及ぶ時を別々に進化してきた。そのことを証明するのが小山講師の役割です。

 

 

そのいきさつは24㌻にわたって詳しく解説してありますが、ほとんどついていけません。巧みな話術をゼスチャーで彩り、それが笑いを誘い何となくわかった気分になるから不思議ですね。本日も絶好調でいつもと同じ時間延長、午後の講座は意時間も超えました。言葉や文字は先祖を辿ればきりがなくどのようにでもつながり、日本の源は一つと理解できます。

 

 

8月は休講ですが小山講師は、信州から東北の祭りをメインにご夫妻でドライブされます。高速道は走らず、ひたすら旧道ののみを走り続ける旅です。大半は道の駅の駐車場を借りてホテル代わり。便利よく安上がりの旅です。鎮守の森、古びた標識にも心を配り、まさに「古代の旅」につながっています。今回は45日の長期ロードですが、発表が楽しみです。

 

テキストには一句添えてありました。「汗を拭き ページに込める わが古代」。正に小山講師の人生そのものです。

第20期「生涯学習・古代への道(90)」③ ~平成29年6月21日(水)

「古代への道(90)」③

岡元美紀恵記

本日は二十四節気の「夏至」です。広島市の日の出は、午前4時58分、日の入り午後7時25分。因みに札幌の日の入りは広島土ほぼ同じですが、日の出は午前3時55分と約1時間早いですね。小山講師は昨年も北海道の夏を旅され、日の出から日の入りまでの長さを説明されました。夏が短いイメージでしたが、太陽の出入りの角度も示され納得しました。 

 

 

小山講座は平成21年6月3日に始まり、今回が90回目になり丸8年の経過を振り返りました。100回は来年の5月になりますが、誕生日に当たるそうです。何歳でしょうか。毎日午前5時から午後6時過ぎまで、古事記の解説と講座のテキストを作成されているそうです。本日の資料も28枚ありました。最初と最後のページだけでも読んで欲しいですね。

 

 

本日のテーマは「日本語は面白い」⑤-植物です。6種類について解説がありました。「オオバコ」「タンポポ」「ハマドクサ」「オオサカスゲ」「クサフジ」「ガマ」など、インターネットで植物の写真を紹介されます。植物を通して、日本語では意味の通じない花や植物も「アイヌ語」にはそれをひも解く力があると解説されます。

 

 

このテキストは1週間前に完成しています。一人でも多くの人に講座へ参加して欲しいと事前に郵送しておられます。生半可な熱意ではここまで行きません。本日は午前が10名、午後が7名、皆さんテキストを持参されます。熱意は人の心を動かします。7月から12月までの内容も紹介されました。たくさんの方々のご来場をお待ちしております。

 

 

弊社の相談役に「余生」とは…と尋ねたところ、「自分の時間を他人様のために使わせていただくこと」。納得です。

第20期「生涯学習・古代への道(89)」② ~平成29年5月17日(水)

「古代への道(89)」②

岡元美紀恵記

本日のテーマは「日本語は面白い④」(地形2)です。小山講師は5月2日で満72歳になられました。誕生日の心境の一句は「薫風に古代への道歩みゆく」。歳月が流れることは自覚していても、すべての人がおじいさんやおばあさんになるとは思いもしなかった感想を述べておられました。お話を伺いながら「まったく同感」と同じ気持ちでした。

 

 

小山講師は「アイヌ語はなかった」「古事記の正しい解釈」を後世に伝える時間と、己の時間との激しい戦いを展開しておられます。その傍らでは三歳三ヵ月と一歳二カ月の孫娘さんと心安らぐ時間を過ごしておられます。まさに良寛さんの心境とか。良寛さんの短歌は日本語の正しい語意・語源を求める楽しい一人遊びに没頭している時間とか。羨ましい。

 

 

講義は脱線しがちですが、古事記、万葉集、魏志倭人伝、方丈記など熟知しておられ、ますます深まるような気がします。それにしても膨大なテキストはどのようにして作成されるのかと、ふと疑問を持ちました。全体のページ数が20+4㌻1㌻の分量は48行X42文字=約2,000文字X20㌻ですから40,000文字になります。記述にどのくらいの時間?

 

 

私の経験ですとこれほど難しいものではありませんが、1時間に750~1000文字です。決して遅い方ではありません。ざっと計算すると40時間が必要です。1日2時間費やしたとして20日間。簡単ではありません。しかもメンバーの皆さんに解説する役割があるし、89回も積み重ねればどれほど膨大になるのか。ざっと360万文字にもなります。吃驚!

 

 

あらためて小山講師の日々の生活が思いやられます。せめて読むくらいはしておかないと罰が当たりそうです。

第20期「生涯学習・古代への道(88)」① ~平成29年4月19日(水)

「古代への道(88)」①

岡元美紀恵記

本日のテーマは「日本語は面白い③」(地形)です。人生の場合、70歳の古希、77歳の喜寿、80歳の傘寿、88歳の米寿とお祝いの節目が続きます。小山講師が担当される「古代への道」は本日が88回目、回を重ねながら嬉しさが増すそうです。これまでの日本人の常識「北海道にはアイヌ人が住み、アイヌ語を話していた」という歴史の過誤を発見!

 

 

小山講師はあと半月で72歳ですが、歴史の誤りを正すという大仕事を生涯かけてされるそうです。先ずは健康に留意し、解明の研究に全力を挙げるとこぼれんばかりの笑顔と熱意でメンバーの皆さんを魅了します。本日の「峠 タオとトウゲ」が混同して使用されており、それが間違っていることの証明です。48000文字のテキストで解説されますが…???

 

 

何となく理解できたような気分ですが、小山講師の熱い言葉に引き込まれ、分かった気分になっているだけかもしれません。4月講座のテキストは1週間前にお届けすると約束していましたが、執筆も順調に進むので少し脇が甘くなってしまいました。ところが琉球には「峠」「垰」の文字が一つもないのです。「えっ、どうして?」と驚いたときはもう遅い。

 

 

この言葉を解明するために、奥様との桜見物も某に振ってしまったとのこと。お気の毒です。したがってテキストを1週間前に送るという約束は早くも反古に。現状では残された時間では届きそうにないとのこと。「日暮れて道遠し」を広辞苑でひくと「年老いて、しかも達すべき目的がいまだに果たせないこと」とあり、小山講師の現状を言い当てているとか。来年の4月には今年果たせなかった岡山県真庭市の「醍醐桜」で、皆さんをお誘いして一献傾けたいと願っているそうです。

第19期「生涯学習・古代への道(87)」⑥ ~平成29年3月15日(水)

「古代への道(87)」⑥

岡元美紀恵記

先月お話のあった「醍醐桜」の観賞が出来るのかどうか、期待と不安が入り混じっています。本日は「日本語は面白い・動物遍を学びます。今回は初めての経験ですが、事前にテキストをメンバーに届けられました。テキストを手にすると熱意に動かされるようです。メンバー午前クラスが10名、午後クラスが7名でやや多めでした。テキストは21ページ。

 

 

小山講師がこだわっておられるのは、アイヌ語は元々存在せずすべて日本語だということです。それを学問的に証明しようというのですから簡単ではありません。本日は「動物」がテーマでした。それも北海道に棲息前提条件です。一例を上げますと「リス」は慣例語で「ニウエオ」といいます。「ニ」は木のこと、「ウエ」は上です。「オ」は尾のことです。

 

 

「エゾリス」は「木の上にいる尾の大きな動物」と理解できます。アイヌが使っている慣用語を一語ずつ解説されながら情熱と気迫でひも解いて行かれます。明治以降、北の大地にはアイヌ人がいてアイヌ語で暮らしているという定説を引っくり返そうとしているのだから簡単ではありません。事実は

一語ずつひも解き「日暮れても なお遠き道 花飾る」心境。

 

 

テキストはA4版の24㌻、文字数にして4万文字に及びます。これだけのボリュームを仕上げる努力と熱意は並大抵ではありません。寝る前に最後まで読み切ろうと努力しますが、難解な文章も多くいつの間にか眠っています。それにしても小山講師の情熱は何処から生まれるのだろうか。「彼岸へ行くまでには…」と覚悟されているようです。幸せですね。

 

 

本日は久しぶりに奥様も聴講。夫の熱意をじかに受け止められるのは、それだけで幸せです。次回を楽しみにしています。

 

 

 

第19期「生涯学習・古代への道」⑤ ~平成29年2月15日(水)

「古代への道」⑤

小山正講師の一月講座はパソコンの故障で原稿がなく、担当の岡元さんの筆記も油断があり欠稿となりました。お許しください。小山講師、メンバーの皆さんにお詫びします。≪木原≫

 

大西由貴記

小山正講座「古代への道」は「日本語は面白い①・四季」に入りました。本日のテキストは16㌻。「愛用のパソコンが故障し買い換えた。使い方など覚えるのに時間が掛かり、いつもより資料が少ない。ご了解いただきたい」と小山講師のご挨拶がありました。4月の講座では岡山県・勝山町の有名な「醍醐桜」を見に行きたいとお話が…。明日下見に行く。

 

 

小山講師は岡山県の出身だけに詳しいそうです。醍醐桜の周辺には見どころがいっぱい。桜は樹齢700年とか、一説には1,000年と言う話もあり、天に向かって聳え立つ圧倒的な存在感があるそうです。特に遷喬小学校の旧校舎は明治40年の建物でテレビドラマや映画のロケ地としても有名とのこと。4月の第2週ころが見ごろ。桜のトンネルも楽しみです。

 

 

アイヌ語はないと講座で伝えられましたが、広辞苑30万語も掲載してあるが純粋な日本語は1万語もないそうです。今回のテーマは『四季』。大昔は1年が6カ月であったことを示す言語がたくさんあります。アイヌ語と言われているのは、日本語の古い形態を残存している言葉、講座では「原日本語」と呼称される。パソコン故障の怒りもしっかり聞きました。

 

 

私は岡元さんの代理で参加しましたが、実は難しくて十分な理解がありません。しかし、テキストをめくってみると内容の凄いこと。情熱の量がよく伝わります。小山講師は小学校に入学するまでに野球選手や力士の名前を漢字で詠めていたとのこと。最近はど忘れが多くなったとか。謙遜ですよね。

第19期「生涯学習・古代への道」④ ~平成29年1月18日(水)

「古代への道」④

 

第19期「生涯学習・古代への道」③ ~平成28年12月21日(水)

「古代への道」③

岡元美紀恵記

小山正講師のプラスワンステージは84回目になります。最近は8月が夏休みですが、スタート時は休みがなかったから8年を超えたことになります。本日の表題「アイヌ語は存在しない」も5回目です。積み重ねは素晴らしいですね。資料は別添と共に21㌻です。全てオリジナルですから驚かされます。同居のお孫さんが話せるようになり楽しみだそうです。

 

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本日の講義でもお孫さんとのやり取りが絶妙でうまく表現できませんが、ざっと書かせていただきます。①孫娘さんと口ずさむ童謡に「しょじょ寺の狸林」があるそうです。気になるのは狸たちが満月の夜に、寺の庭で踊りながらお腹を叩く行為と音です。狸たちが「ポンポコポンのポン」と唄う腹鼓は、幼いころに「ポンポンが痛い」と言っていたことと同じ。

 

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②2歳8か月のお孫さんと毎日のように公園へ散歩に出かけるそうです。頼みごとや願いごとを話しかけてくるときは、必ず「ネ、ネ、おじいちゃん」で始まり、次に来るのが願い事だそうです。「ネ、公園に行こうよ」もその一つです。「ネネ、○○」の言葉は家族の誰も使わないし、教えていないのに不思議なことだと早速ひも解いてみたそうです。

 

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結論は「ネ」は歴とした一音の動詞で「そうでしょ」になるようです。おかしいネ、難しいネ、やさしいネ、涼しいネと頻繁に「ネ」を使っているそうです。驚きですね。たしかに「ネ」は動詞です。お話はここから「北方語」へと転換するのです。とっても面白いですよ。関心のある方は是非、小山講師の話を聞いてください。テキストの最後にはあいさつが。

 

(小山さんのごあいさつ)

本年は講座にご参加いただき有り難うございました。来年も引き続き健康でご参加ください。良い年をお迎えください。

 

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第19期「生涯学習・古代への道」② ~平成28年11月16日(水)

「古代への道」②

岡元美紀恵記

本日の表題は「アイヌ語は存在しない④」です。小山講師はよく勉強されているのに驚くばかりです。講座の講師は大抵自分の経験からテーマに沿って参加者に伝えます。ところが小山講師は講座のために疑問に思ったことを解きほぐし、分かりやすくテキストにして情熱を込めて話されます。ときには難しいと思うときもありますが、熱意に引き込まれます。

 

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これまで「アイヌ語は存在しない」という基本的な考えで取り組まれましたが、間違わないように「アイヌ語」と誤解されている言葉は「北方語」として扱われました。三回シリーズで次の「南方語(琉球語)」に移る予定だったが、このまま放置してはいけないという強い思いに駆られ、北方語と本州語が同一であると証明し、一冊の本に纏められるそうです。

 

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「アイヌ語はなかった」のシリーズをワンクール(3回)プラスして続けたいという迸るような情熱は感動的です。小山講師は参加者の皆さんに丁寧に学問的事情を伝え、退屈しないで済む講義方法を約束されました。この研究のために車で2回、延べ50日にわたって自論に確信を持ちながら、単純な旅人から破天荒な探究者になられたことが伝わります。

 

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「北海道に渡るのは青森県下北半島の大間港からフェリーを利用する。函館山が見え大鼻岬が近づく。しばらくして函館港に着岸した時が『蝦夷地に入る』の感動を強く受ける。しかし、北海道にアイヌ種族が住みアイヌ語を話しているとの誤解は『蝦夷(えぞ)』『戎(えみし)』『夷(えびす)』なのかもしれない」(小山講師)。何となく納得させられる。

 

「雪やコンコン、霰やコンコン」という唱歌の歌詞があるが、その解説は面白く、またの機会に伝えます。何故こんこん?

第19期「生涯学習・古代への道」① ~平成28年10月19日(水)

「古代への道」①

岡元美紀恵記

本日の表題は「アイヌ語は存在しない③」です。小山講師は「北海道にはアイヌ人がいて、アイヌ語を喋っているとの誤った先入観」を正すために日々資料集めの作業をしておられます。今月の資料もA4にびっしり書き込んだ小山論が18㌻にまとめられています。アイヌ語、アイヌ人を求めて8月は1ヶ月を超えて北海道を旅されましたが、その話は楽しみ。

 

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アイヌ語を日本語に置き換える作業は凡人には難解に尽きます。頭が混乱します。小山講師のお話の一部を紹介します。「私の最近の命題は『カムチャッカ半島から台湾島まで太平洋の西端までに三日月状に連なる陸地があり、この一帯における古代の姿はどうであったのか』である。古事記や日本書紀に書かれた日本の古代の歴史を読み続けると、現代の様に世界中の国々が頻繁に交流する様子には及ばないが、古代にはゆっくりとではあるが、確実に文化文明が伝播していたのではないかと思われる」。「文化文明の中の一つ日本語を取り上げて9年近く研究を進めているのであるが、原日本語と思われるものは、いつの時期か全く不明であるが、太古より相当の間近まで日本列島で使用されていたように思われる」。

 

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「したがって古事記を読んで意が不明の語に出会ったとき、原日本語の形態を色濃く残存していると思われるアイヌ語を解明の手段として利用すれば、正しい解釈が可能なのではないかと思いついたのである」。「この考えは、勿論、突拍子もなく思いついたのではなく、北海道を除く日本中の地名の解釈を古事記の不詳後の解釈からは全面的な解読は難である」。

 

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テキストは「」内の文章の90倍にものぼる。テキストを作る小山さんの熱意には勝てないが、せめて熟読することは礼に適うことのようです。

第18期「生涯学習・古代への道」⑥ ~平成28年9月21日(水)

「古代への道」⑥

岡元美紀恵記

日本語はややこしいのか奥深いのか、きちんとした説明はできないが、本講座の小山講師のお話を聞いていると世界一の学び甲斐のある言語のようです。今回は「アイヌ語は存在しないⅡ」と題するハイレベルなお話です。前回七月の講座を終えて「アイヌ語は存在しない」を立証するために北海道へ旅立たれました。北海道に約一か月滞在し、9千㌔を走破。

 

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アイヌ語は存在しないなどと言うと暴論のように聞こえるかもしれないが、北海道の旅を通してわが論が間違いないことを数々立証できた。詳しくは15㌻にわたるテキストに詳しくのべているが、アイヌ語は単なる方言でルーツは日本語であることが分かった。青森県大間町から津軽海峡を経て函館に渡るが、市内に入ると「この地名はアイヌ語に由来」と。

 

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確かに北海道の地名は本州とは異なる種族が付けたのではないかと思わせる名前がある。地名の由来を現地の人から教えられて信じてはならない、と小山講師は唱える。山や川にも本州にも同じものがある。しかし、同音の地名を集めて並べると本州とほとんど変わらない。アイヌ語が生きているにしては、アイヌ語の文法や辞書が本屋に並んでいる訳でもない。

 

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「私がなぜ『アイヌ語は存在しない』などと侮辱的発言をするのかと言えば、その理由は簡単である。私の目指しているものは『古事記』を正しく読むこと、日本の歴史を正しく理解し、国民に幅広く普及することである。そのためには誤った言葉を正さなければ、正しい理解はできないと考えるからである」。小山講師の熱意が伝播し、私も少し変になった?

 

小山講師のアイヌ語探検の長い旅は、私たちの人生に多くを与えてくれました。あらためてテキストを読み返します。

第18期「生涯学習・古代への道」⑤ ~平成28年7月20日(水)

「古代への道」⑤

岡元美紀恵記

小山講師は講座の盛り上げに熱心です。ご自分の講座のメンバーにはお礼と案内のハガキを定期的に送っておられます。やっと梅雨は明けましたが、汗が流れ落ちる猛暑の始まりです。メンバーの皆さんは汗を拭き拭き階段を上られます。本日の講座は午前のクラスが11名と定員オーバー、午後のクラスは7名とほぼ定員の盛況。講師の弁舌も熱くなります。

 

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小山講師の「古代への道」講座は平成21年6月3日にスタート、本日は80回の記念すべき講座です。小山講師は折り目の回数はメンバーの皆さんに周知しておられます。こちらが先に気づきお礼を申し上げるべきなのに、すっかり遅れてしまいました。高齢者が生き生きと暮らす地域社会をつくるためにと遠大な目標がここまで続くとは夢のような話です。

 

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本日のお勉強は「アイヌ語はなかった」①です。これはおかしいぞと思いつくことは誰にでも出来ますが、証明することはかなりの労力を要するから誰も手を付けないのが現実です。何よりも学校教育では大家・碩学と言われる人の説を無批判に受け入れる習性が骨の髄までしみこんでいます。テキストは14㌻、添付資料が2㌻で構成される豪華版です。

 

2016.7.20koyama (1)

 

「生涯学習講座の8月は夏休みです。再来月の9月21日に再会いたしましょう。私は本日の「アイヌ語はない」を証明するために今月の23日より45日の予定で北海道旅行をします。旅の成果は9月の講座で発表します。旅では北方種族のひとたちが日常生活でどのような話し方をしていたか、観光に偏らない研修の旅にしたいと心に誓っています」。

 

小山講師の意気込みには感動いたします。今回の旅で研修の成果が上がりますように期待しています。再会を楽しみに。

第18期「生涯学習・古代への道」④ ~平成28年6月15日(水)

「古代への道」④

山田 智恵記

本日は午前の講座は岡元さん、私は午後のクラスに参加させていただきました。午前のクラスは11名、午後9名でした。昨年末から体調を崩しておられた小松さまが復活参加、小山講師も感激され、しっかりと握手しておられた。高齢者ではありますが、生涯学習の強い思いが伝わってきます。「生涯青春、生涯勉強」に負けない生き方をしたいと思います。

 

2016.6.15koyama (2)

 

本日は日本列島語の①を学ぶ予定でしたが、5月20日から24日までの5日間、小山講師は車で熊本を訪問されました。熊本地震で大津波はなかったが、震度7の大地震が同じ土地で2度も発生しました。「かかる事態は、私の70年の生涯で初めてである。地震で受けた知恵を正しく後世に伝えなければならない。それは私の義務である」と意気込みに圧倒!!

 

2016.6.15koyama (4)

 

 

以下お話のあらまし。「山崩れて、川を埋み、巌割れて、谷にまろび入る」と方丈記に書かれている通りの光景を見ることが出来、感銘を受けた。2日目には農免道路を走って日田から小国へ。時間は通常の2倍掛かったが、その対価としては生涯に一度しか見ることのできない九州中央部の山並み景色を堪能することが出来た。景色は素晴らしく、望外の収穫。

 

益城町⇒熊本城⇒霊台橋⇒通潤橋⇒塩井社⇒阿蘇神社⇒日本一長い名の駅「南阿蘇水の生まれる里白水高原などなど」。

 

2016.6.15koyama (3)

 

資料は9㌻ありますが口語調で分かりやすく、熱弁の小山講師は予定時間が過ぎても話が止まりません。熊本地震の悲惨さは十分に理解出来ました。チャンスかあれば是非一度訪問したいと思っています。それにしても小山講師は「古希」を超えたとは思えない元気さ。探究心と行動力の旺盛さがエネルギーを生み出しているのでしょう。興奮しましたよ。

 

2016.6.15koyama (1)

第18期「生涯学習・古代への道」③ ~平成28年5月18日(水)

「古代への道」③

木原 伸雄記

生涯学習の講師を精力的に務められる小山正さんは、古希を超えられたのにとてもそのようには見えない。頭髪こそ白いもののがっちりした体格で声も大きいし、90分の講義時間を休まずこなされる。腰骨を立て、背筋を伸ばし、顎を引き、堂々たる話しぶりだ。私も還暦前後には人前で語ったものだが、このような押し出しぶりを見せることは出来なかった。

 

 

2016.5.18koyama (1)

 

 

本日のタイトルは「南西諸島へ」。4月25日、公式エンブレムが決まったと放映があった。発表されたエンブレムの作者の姓は「野老(ところ)」さんであると放送された。驚くと共に姓である「野老」に興味を抱いた。小山さんは「古代への道」を6年間研究し、ほぼ毎日、地名と睨めっこをしたが「野老」の地名を見た記憶がない。ところが国土地理院地図に。

 

2016.5.18koyama (2)

 

 

漢字は多岐に亘り調べるほどに奥が深くなる。その変化もたどるほどに面白い。最近の学校では国語の時間に教師の教え方が足りず、子どもたちは中途半端な学びで漢字を軽く見てしまう。「野老」を「ところ」と読む人はないのではないか。東京オリンピックのエンブレムに応募し、選ばれたから苗字「野老」が「ところ」と認知され、居場所が見つかった。

 

 

2016.5.18koyama (3)

 

 

小山講師の力強い話し方には多くのファンがいる。「生涯学習」の他の講座は午前の一クラスだが、小山講座は午前午後と二クラスの構成である。参加者の人数よりも講師の体力が一日二クラスを開催させるのかもしれない。今回のテキストは12㌻で文字がいっぱい詰まっている。丁寧に来週の予告もしてある。6月の第3水曜日に向けての日々が伝わる。

第18期「生涯学習・古代への道」② ~平成28年4月20日(水)

「古代への道」②

後藤麻菜美記

「古代への道」の小山正講師は午前と午後の二回、頑張っておられます。午前の参加者は女性4名、男性6名の計10名、午後は女性4名、男性4名の計8名、合わせて18名になります。今回が77回目の講座になりますが、その元気は他に比べるものがありません。とにかく勉強が好き、そして学んだことを参加者へ伝えることに喜びを感じられます。

 

2016.4.20koyama (2) 

 

事前準備をスムーズに行うよう心がけていますが、慣れないことが進行を妨げます。笑顔を意識するが簡単ではありません。コーヒー運びは意識したとおりに行うことが出来ました。専務に小さな行動について指示されていますが、頭では理解出来ても行動になると別物です。参加者との会話も確保しなければならず、講座のお世話と簡単に考えていたのが間違い。

 

2016.4.20koyama (3)

 

どんな仕事でも自分の役割があります。一つ一つのことをきっちり行いつつ、時間内に終わるにはどうすればいいかを、順序を考えていく。動作の一つ一つを意味づけていき、頭で指示をしなくても身体が自然に動く、慣れればそうなるのだろうがもう少し時間が掛かりそうです。先ず意識をする、行動を確実にする、やがてスムーズになると信じています。

 

2016.4.20koyama (1)

第18期「生涯学習・古代への道」① ~平成28年3月16日(水)

「古代への道」①

小山講師は第3水曜日を担当されるが、人気が高く午前1講と午後1講、計2講開かれる。古希を超えてさらに偉丈夫で大きな身体を垂直に立て講義をされる。前回は不思議なことに午後の講座で椅子に座られた。初めてのことで不思議に思った。本日はそのときの真実から講義がスタートした。椅子に座ったのは左鼠蹊部の痛みに耐えられなかったからだ。

 

2016.3.16koyama (3)

 

 

手術以外に完治の方法はないという医師のご託宣に、小山さんとしては問題を先送りせずさっさと手術に踏み切った。2泊3日の小入院であるが大部屋を選んだのが失敗だった。短期入院だから軽く見たが6人部屋の喧騒は簡単ではない。同室の一人が「痛い、痛い」と眠らず悲鳴を上げる。睡眠薬を貰って一時おとなしくなったが、今度は大いびきで睡眠妨害。

 

2016.3.16koyama (2)

 

 

3日の入院でも体調は狂う。思考能力も運動能力も少しくらい鞭を入れたのでは復活しない。あっという間に1ヶ月が過ぎて3月の講義日を迎えた。その前に事務局より要望があった。受講生より「小山さんの講義は一回の分量が多すぎる。もう少し深く知りたいのでゆっくりとていねいに説いて欲しい」。少し難しいと言いながら原稿の量が三分の一になった。

 

2016.3.16koyama (1)

 

 

あれこれ事務局から注文を付けながら快く聞き届けてもらっている。本日は古希記念特別講座の三講目「命・いのち」であるが、テーマの解説も簡単ではない。テキストも25㌻から7㌻と少なくなったが、残された紙数では何も書ききれない。今回は内容の詳細はお許しいただき、次回から正しく記録することにいたします。どうかかお許しください。

 

それにしても小山さんはお元気です。古希を超えてなお若者のように躍動し、受講者を励まされます。期待しています。

第17期「生涯学習・古代への道」③ ~平成27年11月18日(水)

「古代への道」③

(山田智恵記) 本日は「特別講座③・星」。講座担当の岡元塾頭が出張で不在のため代役を務めさせていただきました。午前の第一講座8名、午後の第二講座9名と賑わいました。第二講座には小山講師の友人3名が特別参加。奇しくも山梨、埼玉、奈良と海に面していない県にお住まいとのこと。今夜は宇品プリンス泊、明日は玄界灘見学と海を堪能。

 

2015.11.18koyama (1)

 

 

本日のテキストは5㌻だが、「特別講座③・星」は13㌻に及び素晴らしい読み物に編集されていることに感動しました。講師は講座の中でも「皆さんに知って欲しい、わかって欲しいことあまりにもたくさんあり過ぎる」と話しておられました。その熱意がひしひしと伝わりました。第一講座では延長30分、第二講座も40分の延長、体力にも感動です。

 

2015.11.18koyama (3)

 

本日の「星の話」は古希特別講座「陽のはなし」「月のはなし」に続く最終回です。お話を聞きながら、テキストに目を通しながら、映像の解説を見ながら、何とも忙しい講座でした。いずれも大切なポイントが多く、第二講座の入川講師のリズムに慣れている私には戸惑いがありました。遅れ気味に話を理解しながら、それぞれの特徴に聞き惚れていました。

 

2015.11.18koyama (2)

 

星にまつわるお話、月まつわるお話、初めは何となくこじつけのような気もしましたが、少しずつ洗脳されるようお話が小山マジックに掛かったような気分です。私には少し難しいと感じましたが、講座の雰囲気は独特で味わうだけでも意味があります。次回からは「雲」、「雪」、「雨」と続きます。メンバーのみなさんの目は期待に輝いているようでした。

 

2015.11.18koyama (4)

第17期「生涯学習・古代への道」② ~平成27年10月21日(水)

「古代への道」②

(岡元美紀恵記)「生涯学習(古代への道)」は先月に続き「70歳と70回記念」の特別講座です。テーマは先月の「太陽」に続き、「月」です。いきなり短歌から。「月々に 月見る月は 多けれど 月見る月は この月の月」。この歌の月は何月の満月かといういきなりの質問に、一瞬答えられず皆さんは言葉に詰まりました。小山講師の解説では8月15日。

 

2015.10.21koyama (2)

 

満月といえば「竹取物語」の「なよ竹のかぐや姫」です。懐かしいお話ですが、現存している一番古いお話です。満月の呼び名もいろいろ。①望月、②大月、③マン月、④かぐや月、⑤とでや月など。文献などから時代、地域、身分など呼び名も変わっていたと想像できます。かなり詳しく解説があったのですが、ある程度素養がないと理解できないレベルです。

 

2015.10.21koyama (1)

 

ややこしい話は別にして、ふるさとの家の縁側に座って庭の萩のこぼれ花やススキの穂を見ながら、一献傾けてお月見と洒落たいが、今はふるさとのわが家もなく夢は適わない。「月見」の話の続き。中秋の名月は「三五夜の月」とも言われる。白居易の詩に「三五夜中新月色、二千里外故人心」が有名である。掛け算を知っている知識階級が気取っているのか。

 

2015.10.21koyama (4)

 

「月」のテキストは13㌻にも及びますが、「70&70」の講座にここまで深められるのかと小山講師の集中力に感動します。最近は晴れ続きで毎夜、お月様を観賞できます。講座で勉強したおかげで月を愛でる感性も少しずつ磨かれているようです。「昨夜の月は下弦でしたね」と勉強の成果を表す会話も交わされます。今夜も晴れ、どんな月が映る?

 

2015.10.21koyama (3)

第17期「生涯学習・古代への道」① ~平成27年9月16日(水)

「古代への道」①

(岡元美紀恵記)「生涯学習(古代への道)」講座は、夏休みを終えて第17期を迎えました。小山講師にとっては記念すべきことがたくさん重なりました。「まず5月2日に『古稀(人生七十、古来、稀なり)』を元気で通過した。特別の感慨はないが、少しは日々も穏やかになり、大酒に浸ることもなく、肉体も精神も健康を維持できていることは嬉しい」と挨拶。

 

2015.9.16koyama (2)

 

続けて「心身ともに健康な状態で『生涯学習・プラスワンステージ』も記念すべき70回を迎えた。偶然とは言いながら数字の重なりは嬉しい。第一回目の講座は平成21年6月3日にスタートしている。どんな経緯で講座が誕生し、どんな理由で講座を担当するようになったか、記憶にない。定年後、研究した成果を講座で発表できるのは生きがいになった」。

 

2015.9.16koyama (3)

 

小山さんは二つの「70」について40分間も熱く語られました。人間は年齢に関係なく努力すれば成長し、生きることに自信が沸いてくると実感できたそうです。記念すべき本日のテキストは三万語。夏休みがあったとは言え、寝食を忘れての努力だったことがうかがえます。古稀を記念して特別講座の(Ⅰ)は太陽。まずは太陽の語源からスタートしました。

 

2015.9.16koyama (1)

 

まず①ひ(日)である。日向、日陰の「ひ」。現在も使用。

  ②て(照)である。テルテル坊主の「テル(照る)」。

  ③あか(赤)である。枕詞に使われる「赤根さす」の「あか」。

  ④ゆう(夕)である。夕立・夕暮れの「ゆふ」。

太陽の語源について①~④を詳しく紐解きながらの解説でした。難しいけど引き込まれます。中途半端でごめんね。

第16期「生涯学習・古代への道」⑥ ~平成27年7月15日(水)

「古代への道」⑥

小山正講師の出勤はいつも早い。定刻の30分前から準備に余念がない。今朝は家宝を見て欲しいと呼び出しがあった。日本語の「谷」を「たに」と「や」に使っている地域を日本地図で分類すると、東日本(関東周辺)は「や」、近畿以西は「たに」と表現する。それが地図の上に見事に色分けされているのです。5年の歳月をかけた完成だから一入でしょう。

 

2015.7.15koyama (2)

 

小山さんは根っからのポジティブタイプでどんなときも愚痴を言葉にしません。見習いたいと思います。先ほどの地図を「家宝」と称されたのは、日本のどこにもない唯一のものだからです。本日7月15日は旧暦の5月15日(十六夜)になります。月の全く見えない日で「いざよい」の語源からスタート。日常の言葉を一つ掘り下げると日々が変わります。

 

2015.7.15koyama (3)

 

冒頭に紹介したように「谷」を「たに」と「や」に表音する地域の違いを日本地図で示されました。おおまかには伊勢湾(桑名市)から北東に、阿賀野川の河口(新潟市)を結ぶ線により住み分けしているとの説明。「谷」はもう二つの表音が存在、「はく」と「はさま」。研究はまだまだ続くそうです。一つのことに打ち込めるテーマをお持ちのことは羨ましい。

 

2015.7.15koyama (1)

 

「生涯学習」の8月は夏休みです。小山さんの講座は次回が記念すべき70講です。3月に古希を迎え一層張り切っておられます。70回は「お日さま」、71回は「お月さまとお星さま」、72回は「雨と雲」。平凡なテーマですが、小山学で掘り下げられると別の興味が湧いてきます。期待しています。「ことばの始まり」は不思議な思いです。(岡元美紀恵記)

第16期「生涯学習・古代への道」⑤ ~平成27年6月17日(水)

「古代への道」⑤

生涯学習・プラスワンステージには4名の常任講師がおられますが、私が聴講しているのは小山正講師の「古代への道」。講座のスタートは午前10時ですが、小山講師は30分前に到着、「おはようございます。本日もよろしくお願いします」と必ずあいさつされます。メンバーも到着が早めです。その一人ひとりにあいさつし談笑、良い雰囲気を醸し出します。

 

2015.6.17koyama (1)

 

本日のテーマは「歴史と文化を秘める『谷』の地名」。「谷」の読み方には古い順で「せ」「や」「たに」、他にも「かい」「せこ」「さこ」などがあります。テキストは2万文字を超える膨大なもの。ぜひ復習しながら小山講師の情熱を受け止めて欲しいと願っています。地名にも争奪戦があることを初めて知りました。地名の改変には支配者の権力が必要です。

 

2015.6.17koyama (3)

 

地図で見ると時代とともに呼び名は変わっていますが、川の名前は変えられておらずその紐解きも楽しみの一つと話しておられました。地名に限らず先人らの歩んだ道は謎が多くその追求を始めると留まる止まるところがない楽しさがあると小山講師は話されます。なぜ? には限りがありません。国土地理院の地図から分布図を作成し実証を試みるのです。

 

2015.6.17koyama (2)

 

文字の誕生には先人の暮らしや文化の謎が秘められています。日本の文化を立証する手段の一つとして、文字のなぜ?は欠かせません。何気なく使っている文字には、すべて深い意味があります。なぜ「太陽」「星」「雨」「雲」などと呼称し始めたのか、これからその謎を分かりやすく系統的に解明してくれるということなので楽しみにしています。(岡元美紀恵記)

第16期「生涯学習・古代への道」④ ~平成27年5月20日(水)

「古代への道」④

本日のテーマは日本語の発見「谷」です。今回のテキストは二万語を超えます。文庫本で約70ページの分量になりますが、約90分の講義では消化しきれません。折角のテキストですが復習されるメンバーはどのくらいおられますか。私も復習ゼロ組ですが、テキストをプリントしながら引き込まれてしまい全てを読みました。すっかり引き込まれました。

 

2015.5.20koyama (2)

 

小山講師の情熱的な90分も素晴らしいけど、テキストに注ぎ込んだ情熱ははるかに勝ります。メンバーのみなさんには最後まで目を通して欲しいと願っています。文字がびっしり詰まっているので読みにくい面はありますが、このままにしておくのはもったいないですね。読みやすいように編集して一人でも多くのみなさの目に触れて欲しいと願っています。

 

2015.5.20koyama (3)

 

前置きが長くなりました。本日は小山講師の大学時代の親友がご夫妻で参加されました。奥様も特別参加で賑わいました。本日のテーマ「谷」に沿って進められました。➀似虎谷⇒猫は虎に似ているので「ねごや」「ねごやだん」と読むそうです。②鈴谷峠⇒鈴はりんりんと鳴るから「りんたん峠」と読みます。日本にはまだまだ面白い地名があります。

 

2015.5.20koyama (1)

 

「古事記」、「日本書紀」、「徒然草」をひも解く勉強会なので初めて知ることがたくさんあります。それだけに知的好奇心を刺激し、脳内細胞を活性化させます。それはやがて立ち居振る舞いの若返りにも通じます。午後のクラスは何と1時間もオーバー。小山講師も熱心ですが、メンバーのみなさんもお帰りのときは心なしか若やいで見えます。(岡元美紀恵記)

第16期「生涯学習・古代への道」③ ~平成27年4月15日(水)

「古代への道」③

先週の金曜日は「生涯学習・春の歴史探訪ツアー」が実施されました。37名の学ぶ熟年が、小雨の煙るなかで備後の三名社を楽しみました。企画・案内の中心は小山講師ですが、大きな身体からは想像もつかない細やかな心遣いには感動しました。本当に親身になってよく世話をしてくださいました。企画、運営、講師を務めて会費も負担、感謝。

 

2015.4.15koyama (3)

 

本日の講座は日本語の発見②。小山講師は落語家よろしくまことに「つかみ」がお上手です。ここ数年、古事記を正しく読み解くために日本語の正しい姿を研究しておられます。自宅で休息中、テレビに出演している漫才師「今くるよ」「今いくよ」コンビの芸名の付け方に「?」。学校では「くる」の反対語は「いく」と習った。遠い昔のはなしです。

 

2015.4.15koyama (1)

 

小山講師の解説によると正しくは「くる」の反対語は「でる」であり、「いく」の反対語は「ひく」が正しい。なぜなら同意語でも反対語でも類似したものは、最低でも一音を共有するのが日本語の原則だという小山講師の見解でした。さらに事例をあげながら小山説の正しさを裏付けられました。一日中、机の前に座り古事記の研究に没頭、低頭。

 

2015.4.15koyama (4)

 

本題は先月の続き「崩・くえ」です。詳しい解説は限られた紙面では限界があります。手抜きをさせてもらいますが、本当は完全な理解にいたらないのです。本日は午後の講座に終了予定時刻を一時間超えてなお、活発で和やかな質疑が繰り返されていました。講座もここまで盛り上がれば小山講師も本望でしょう。嬉しいですね。

(岡元美紀恵記)

第16期「生涯学習・古代への道」② ~平成27年3月18日(水)

「古代への道」②

一気に春が訪れました。今週に入って最低気温は二桁の連続です。先週は限りなく○℃に近い真冬の日々からの変化ですから戸惑います。暖房器具が不要になり身に纏う衣も軽くなりました。体調管理に問題はありますが、あれこれいちゃもんを付けず、暖かい日々に感謝したいと思います。本日も賑やかでした。テーマも新しく「日本語の発見」。

 

2015.3.18koyama (1)

 

小山講師はいきなり新潟県魚沼市にある地名「骨投沢」をどう表音しますかと問い掛けました。前振りがないので戸惑います。答えは〝こつなぎさわ〟。「投げる」の「投」を〝なぎ〟を読ませることは極めて不合理であり、地名に「骨」の文字を使うことも「?」。このような誤りが生まれる原因は『日本人が日本語を表記するのに中国語で書き表したから』。

 

2015.3.18koyama (2)

 

テキスト(11+5)によると『日本人が日本語を表記するための日本字を保有せず、日本語を中国文字(漢字)で書き表したことにある』と小山論。日本人は地名に限らず日本語を漢字で書き表すとき、漢字の意をできるだけ尊重して、その漢字に日本語の音(おん)を付与してきた。(訓読み) 話はだんだん難しくなりますが、頭をとことん使う活性化にはベスト。

 

2015.3.18koyama (3)

 

小山講師は謎解き、その実証を得意としていますが、本日の実証は安佐南区緑井の「宇那木神社」の解読。那木=鰻=投=崩への深まり。この辺りになると私のように老化した脳では追っ付きません。小山講師の汗を拭き拭きの解説は、迫力が満点です。メンバーのみなさんも脳がフル回転、それなりの充実感があったようです。興味ある方はぜひ講座へ。

(岡元美紀恵記)

第16期「生涯学習・古代への道」① ~平成27年2月18日(水)

「古代への道」①

運営上の便宜もありますが「生涯学習」と「人生講座」は歴史が長いだけに6ヶ月を1期として表記しています。従って2月からは各講座とも16期に入ります。本日の小山講座は第16期生涯学習「古代への道」➀となります。各講座のテーマは本文で紹介します。さて本日のテーマは「大間違いの日本語〝かた〟」です。テキストは本文9頁です。

 

2015.2.18koyama (2)

 

小山講師は方丈記、徒然草などの古典も深く読み解かれているようで日常のメールのやりとりにも、心境や状況に合った句が添付してあります。ただ古典に弱い私への思いやりか、やさしいものが多いようです。今回の解説は方丈記の「行く川の流れは絶えず、しかも、もとの水にあらず。淀みに浮かぶ〝うたかたは〟…」の〝うたかた〟のうち〝かた〟です。

 

2015.2.18koyama (4)

 

辞書をひくと➀水の上に浮かぶあわ、②はかない…とある。では〝うたかた〟とは何を指すのか。小山学では〝うた〟と〝かた〟の合成語だから「水面(水紋)」であり、辞書の水の泡ではない、〝かた〟は上(親分)のことだと一時間半の時間を割いて実証されました。私の理解が間違っていたらお許しください。とても面白いけど難しいのです。でも楽しそう。

 

2015.2.18koyama (1)

 

小山講座は受講希望が多いため午前と午後の二回の講座があります。午後もテーマは同じですが、特に時間を延長して質問タイムがあり、活発なQ&Aの往来があります。年代を含めて数字の絡む話題がたくさん出ますが、間髪をいれず的確な回答をされるシャープな頭脳に驚きます。感動。参加者も非日常的な講座に生き生き感いっぱい。

(岡元美紀恵記)

第15期「生涯学習・古代への道」⑥ ~平成27年1月21日(水)

「古代への道」⑥

新しい年に入っても熟年者のステージである「生涯学習」「人生講座」「歴史物語」「住まいの話」などの講座は好調に推移しています。一ヶ月の講座開催は11講座、いずれも満席の状態が続いています。特に「日本のしきたり」三島講師、「日本のことば」入川講師、「古代への道」小山講師、「広島学」半田講師、それぞれの熱意が実っています。

 

2015.1.21koyama (2)

 

本日は第15期「古代への道」第6講の開催日です。小山講師はご自身の講座のメンバーはもとより、すべての講座の参加者に年賀状を書き、講座のメンバーを増やすことに懸命の努力をしておられます。おかげさまで1ヶ月の延べ参加者数は120名を超え、高齢化社会へ一直線に進む地域に活力をもたらしています。感謝でいっぱい。(岡元美紀恵)

 

2015.1.21koyama (3)

 

本日の小山講座は時間前から教室は賑やかでした。和気藹々の雰囲気で満ちており、地域の新しいコミュニティを作り上げています。小山講師は相変わらず精力的でご自身で研究されている「古事記」の中から、新・小山学として正しい歴史認識を伝えておられます。その熱意はどこから来るのかと不思議に思えるほど、それだけでも学びです。

 

2015.1.21koyama (1)

 

本日のテーマは「かし(樫、柏)」です。「か(上)」ブラス「し(人)」の合成で出来た語で最上位者(支配者・親分)を表しています。「し」が人を表している例として自分のことを「あっし」「わし」と言うように、「あ(吾)」や「わ(我)」は自分自身を表しています。詳しいことは10頁に及ぶテキストに詳しく解説されています。(大西由貴記)

 

第15期「生涯学習・古代への道」⑤ ~平成26年12月17日(水)

「古代への道」⑤

12月にしては珍しい大雪の一日になりました。広島、金沢、新潟、札幌の気温が、最高3℃、最低-1℃と同じなのは珍しいことです。高知も-1℃でした。異常な日本列島の天候です。本日は小山講師担当の生涯学習『古代への道』の開講日です。果たして講座が開催できるのか、心配しておりました。いつもと同じように準備は整えていました。

 

2014.12.17koyama1

 

受講生の皆さんからの問い合わせはゼロ。小山講師は何事もなかったように元気いっぱい、受講生の皆さんも当たり前の顔で研修室に。不思議な光景を見るようでした。晴れの日と同じようにスタート。少々感動しながら開講のごあいさつをさせていただきました。何が熟年の皆さんを動かしているのか、不思議な思いがしております。雪景色はまるで無関係。

 

2014.12.17koyama2

 

小山講師は定年退職から10年、ひたすら古事記に魅せられ研究三昧の日々。一ヶ月の研究の成果を生涯学習講座の90分で披露するのですから時間が足りないでしょうね。毎回延長戦になります。受講生の皆さんも熱心に講義を聴き、質問もたくさん出ます。お互いのやりとりはいつも熱いものがあります。辞書などのことばの解説が正しいのかどうか。

 

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本日は「神」についての薀蓄。神の真実とは何か?「か」は上であり、「み」は人体(身)・物(実・山)などの実体物を表す語である。ここから実証が始まり、なんとなく納得させられます。テキストは15ページに及びます。なかなかリポートしきれませんが、理解するには自分で確かめるのが一番です。難しいけど楽しい時間です。ぜひどうぞ。(岡元美紀恵)

 

2014.12.17koyama4

第15期「生涯学習・古代への道」④ ~平成26年11月19日(水)

「古代への道」④

生涯学習・ブラスワンステージの冠でスタートした熟年者対象の知的講座が60回を超えた。公 民館の講座なら無理ではないが、私塾としては他に例がないのではないだろうか。一回の受講料がワンコインというのも魅力だが、担当講師の熱意と奉仕の心が 人を動かす。第三週の「古代への道」を担当する小山正講師は、二クラスを担当している。

 

小山

 

講座の定員は8名であるが、二クラスとも倍に近い熟年者が集い小山講師の熱意を浴びる。内容 は大学の専門学部で通用するほどのハイレベルであるが、研究の成果を披露する場が喜びである。しかも研究の費用や講義料は一切求めない。さらに参加メン バーには礼状を書き、知人・友人に講座の存在を伝え、誘う。なかなか無償でここまでの熱意は示せない。

 

2014.11.19koyama (2)

 

「大西由貴記」。本日は初めて参加の受講生がおられました。小山講師がはがきで誘われたとの こと。その熱意が新しいメンバーの誕生になったと思います。本日のテキストは「大間違いの日本語『かも(鴨、賀茂、加茂)』」です。「鴨がネギを背負って くる」という諺をよく耳にします。「願ってもないこと」「大変好都合である」などと思い込んでいました。

 

2014.11.19koyama (7)

 

実は全く違うそうです。「かも」は(親分=神主)、ネギ(,禰宜)、つまり下克上の状態を表しているそうです。(中略)小山講師は知識がとても豊富です。テキストもわかりやすく、復習することができます。要はやる気次第でいくらでも勉強できる仕掛けになっています。なるほどと納得ができることがたくさんあります。意欲を駆り立てられますが、果たして私は?

 

 

第15期「生涯学習・古代への道」③ ~平成26年10月15日(水)

「古代への道」③

本日のテーマは『大間違いの日本語・「笠」』でした。私は今回で二回目の参加となります。小 山講座は午前と午後の2クラスですが、雰囲気はまったく違うそうです。午前の講座にも参加し、違う雰囲気も味わいたいと思います。本日は「笠」についての 解説がありました。先月の講座の後、小山講師は13泊14日のドライブを楽しまれました。

 

2014.10.15koyama (3)

 

そのとき訪れたのが栃木県の笠石神社。宮司の説明を聞きながらいくつかの疑問点が生じたそう です。そのうちの一つに神社内にある石碑が笠石と呼ばれる由来の説明が腑に落ちない。宮司は碑文の上に笠状の石が乗せられているから笠石だというのです。 「笠」という字は「傘」と思われがちだがそうではない。「笠」とは「上」という意味とか。

 

2014.10.15koyama (2)

 

「上サ」と書いて「笠」の読むのが正しい。それを踏まえて読むと小山講師の説明に納得がいき ます。身近なもので考えると「笠木」があります。手すりの握る部分や鳥居の一番の上の部分を言います。これも同じで「上の木」という意味になるそうです。 漢字は意味を間違えて記憶していることが多く、それが日本語の乱れを招いているそうです。

 

2014.10.15koyama (1)

 

それにしても小山講師の熱意にはびっくりします。本日の講座のテキストもA4の用紙にびっし り16㌻。分かりやすい文体で整えられています。あらためてその凄さに驚いています。私たち若者は勉強に対する取り組み姿勢が幼すぎると思いました。小山 講師は明日の「岡元美紀恵とゆく歴史探訪ショールームツアー」にも講師として参加されます。(大西由貴記)

 

 

第15期「生涯学習・古代への道」② ~平成26年9月17日(水)

「古代への道」②

本日のテーマは『大間違いの日本語。かぐ(頭)』です。はじめて小山講座に参加させていただ きました。本日はパソコンの調子が悪く、資料を急いで作り直したとのことです。資料は詳細にわたって構成されており、本日のテキストだけでも四百字詰め原 稿用紙30枚にもなるそうです。

 

2014.9.17koyama (2)

 

本日のテキストは「大間違いの日本語」です。言葉の意味を十分調べず、単なる思い込みで間 違った使い方をしている人がたくさんいると指摘がありました。たとえば古事記に出てくる人の名前で「火之夜藝速男神」という人物を「火が焼ける勢いが早い 男神」と思い込んでいる人が多いそうです。

 

2014.9.17koyama (3)

 

言葉には一語一語意味があることを知りました。「かぐや姫」の「かぐ」とは? に疑問を持っ て調べるところまで行くのが凄いと感じます。自宅からマルコシの本社まで歩いて来られるそうですが、その途中でもいろいろなものに関心を持ち観察しておら れます。今日はガソリンスタンドの看板に目が留まったそうです。その看板には「永久(ずっと)」と書かれていたそうです。このような当て字が間違った言葉 の意味を作るのだそうです。さすが言葉のプロだとみなさんは驚かれていました。このように常にいろいろなものに興味を持って観察することが大切だと思います。

 

2014.9.17koyama (1)

 

参加者の皆さんも資料にメモを取りながら、真剣に聞いておられました。熱心な方々と一緒に参加でき刺激になりました。(大西由貴記)

 

 

第15期「生涯学習・古代への道」① ~平成26年7月16日(水)

「古代への道」①

今月より第15期に入り講師のみなさんは心を新たにして、講座の充実に努めておられる。これ までの5年間、講座に参加された人、歴史探訪バスツアーに参加された人、すべてに「暑中見舞いはがき」を届け、知的好奇心を刺激…。その成果はさっそく新 しい出席者によって報いられた。生涯を掛けた研究の成果を、一人でも多くの人に伝えたい一心。

 

2017.7.16koyama (2)

 

本日のテキストは第58回「古代への道」〝大間違いの日本語〟④の「玉(たま)」です。テキ ストが仕上がると国文学者お兄さんに必ずチェックしてもらうそうです。万全を期してのご披露です。出席者は午前のクラスは定員をはるかにオーバーする13 名。椅子が足らずにてんやわんやでした。幸い午後のクラスは定員の8名でラッキーでした。

 

2017.7.16koyama (1)

 

今回からスクリーンとパワーポイントが新しくなり、地図の詳細がはっきり見えるようになりま した。講義の進め方も回答を先に示し、裾野から道筋を上る方法に改められました。随分理解が深くなったように思います。「玉」=統治者(王)。沖縄県那覇 市にある首里城の西方にある「玉稜」(たまうどぅん)=王者の墓地。地図を見て地形の解説。

 

2017.7.16koyama (5)

 

そして歴史のロマンを感じて欲しいと熱弁。「玉」の文字の成り立ちがよく理解できました。小 山講師の話を聞いていると、実際に沖縄の現地に立ちたくなるから不思議です。日本人は文字を持たない民族、ひらがな、カタカナは平安時代から。漢字はすべ て中国から渡来。その分だけ複雑になったものの文化の深さが感じられます。孫の話も面白い。

 

 

第14期「生涯学習・新・小山学」⑫ ~平成26年6月18日(水)

「新・小山学」⑫

(山野幸恵記)梅雨に入り昨日まで晴だったのに今朝から雨模様。熟年者が大半を占める講座の 出席具合を心配したが、いつものように男性8名、女性4名の参加があり杞憂に終わった。ほんとうに齢など何処かへ置いてきたように元気いっぱいです。本日のテーマは「京(きょう)」について。小山正講師はいつもと同じように元気いっぱいでした。

 

2014.6.18koyama (2)

 

漢字は中国から伝わってきたが、日本人は漢字の素晴らしさを日本の文化に取り込み使いやすく 変化させました。中国の文化を物まねではなく、日本独自の文化として新しい時代を築いたのは日本人のレベルの高さを証明していると小山講師は力説しています。例えば「梅雨」。「つゆ」と読むことは普通あり得ない。しかし、文字を分ければ「水」になる?

 

2014.6.18koyama (3)

 

私の担当地域である「倉掛」は、倉=岩、掛=欠。つまりは岩山を切り崩して造っている。漢字 を地域の由来やその土地の地形の解説を交えての講義だから分かりやすい。漢字だけを見て意味を理解しようとしても、迷い道に入ったら正解から遠くなるばかり。しかし、見方考え方を変えれば、正解は至近距離にあるとか。日々の仕事でも思い当たることが…。

 

2014.6.18koyama (6)

 

 他の意見を聞くと新しい発見もあります。もしかしたら発見の楽しさが、小山講師の研究のバッ クボーンなのか。「京」の意味は「終わり」「境」だそうです。「京」=「境」=「経」=「栄」など。これらの文字から調べていくと、あっという間に昔の地形にたどり着くとか。本日は漢字の勉強と地理の勉強のコラボレーションでもありました。意味不明は多謝。

 

 

第14期「生涯学習・新・小山学」⑪ ~平成26年5月21日(水)

「新・小山学」⑪

マルコシでは地域活性化活動の一環として、「豊かに生きるための人生講座」「生涯学習プラス ワンステージ」「住まいの物語」などの講座を開いております。熟年者対象の講座でスタートして5年になります。講師のみなさんは無償なのにとても熱心です。すでに延べ600講座を超え、受講者も間もなく7,000人になります。驚くべきことです。

 

2014.5.21koyama (1)

 

講座の担当としてお世話をしておりますが、新しいご縁が増え続けすっかり人生が明るくなって います。みなさんのお出迎えから茶菓のもてなし、そして講座の運営とお見送りまでが役割です。特にお菓子については心を配っており、前日は緑井天満屋に立ち寄りあれこれ吟味するのが楽しみです。本日は小山正講師の「古代への道・新小山学」です。

 

2014.5.21koyama (2)

 

小山講師がいま研究しているのは日本語の原点の解釈。一つひとつを分析し、新しい解釈をして 受講生のみなさんに伝えています。今日のテーマは「大間違いの日本語②」で文字は「船(フな)と船(フね)」。調べているうちに「船」という地名は、海や川とは無縁の山の奥にしかないことが分かりました。これは不思議? 吃驚仰天したそうです。

 

2014.5.21koyama (3)

 

 広辞苑には「『船』木材・鉄などで作り、人や物をのせて水上を渡航するもの」。広辞苑の解釈 の間違いは「船」に限らずふんだんにあるとの小山説。その理由はA4のテキスト17ページにわたってびっしり解説してあります。ここまでの研究になるともはや一個人の趣味をはるかに超え、新たな学説になるのではないでしょうか。(岡元美紀恵記)

 

 

第14期「生涯学習・新・小山学」⑩ ~平成26年4月16日(水)

「新・小山学」⑩

初めて小山講座「新・小山学」に参加しました。いつもは専務の担当ですが、足の捻挫で3階ま で上がるのは不可能。したがって代理ということになります。午前中は茶菓子のお世話をして現場に出掛け、午後の講義を受けることにしました(小山講座は午前と午後の2回)。午前の講座は新しい人も参加され、14名で超満員の盛況にびっくり。

 

2014.4.16koyama (1)

 

その影響があったのか、午後の講座は6名でした。10名ずつならぴったしの満席です。初めて の参加でしたが小山講師の熱い講義に一気に引き込まれました。本日のテーマは「根(ネ)」でした。「『根』は先端や先っちょだということをご存じですか」の質問にびっくりしました。細かな事例を挙げればきりはありませんが、驚くことばかりです。

 

2014.4.16koyama (3)

 

たとえば「息の根」「舌の根」「根は心の優しい人」などなど、新鮮な驚きが次々生まれます。 今まで考えてもみなかったことばかりです。昔は誰にでも通用していたのに、いつの間にか理解不能な言葉がたくさんあります。知ったかぶりも通用するでしょうが、きちんと学んだ人にはすぐに見破られます。小山講師のお話はオール納得です。

 

2014.4.16koyama (2)

 

 午後の人数は少なかったものの、小山講師の熱意は一向に衰えません。多ければ一生懸命務め る、少なくてもベストを尽くす小山講師に感銘です。私の担当は、入川講座です。どちらも素晴らしいのですが、ずいぶん雰囲気が異なります。とても勉強になりました。なるべく時間を作って参加させてもらえるようお願いする積りです。(山田智恵記)

 

第14期「生涯学習・新・小山学」⑨ ~平成26年3月19日(水)

「新・小山学」⑨

寒暖の繰り返しで体調の管理もままなりませんが、講座人気は相変わらず上々で熟年の参加者の 笑顔はうれしい限りです。本日の表題は「和歌」です。育つ環境にもよりますが、子どものころから縁が薄く縁遠い存在でした。ところが、改めて講座で学ぶと意外にも歌の心が暮らしの隅々に生かされていることに気づきます。さて、新しい世界に…。

 

2014.3.19koyama (1)

 

テキストはずいぶん分かりやすくなり、その気になれば十分復習に使えます。内容は豊富でとて も90分の講座では消化し切れません。しっかり勉強して! という小山講師の示唆でしょうか。①表紙について、②歌の解釈、③日本人は日本語を知らない、④「ひさ」に類する地名。6ページにわたり几帳面に分類。それにしても小山講師の造詣はすごい!

 

2014.3.19koyama (2)

 

表紙の「久方の 天見るごと 仰ぎ見し 皇子の御門の 荒れまく惜しも」は万葉集の巻二に残 る短歌。正直言って講師の解説がなければ、意味が通じません。なにせ「古今和歌集」「万葉集」「小倉百人一首」の違いは説明できないのですから。しかし、時間の経過と共に日本の言葉は千年の月日を隔てても、さして変化のないことがわかります。

 

2014.3.19koyama (3)

 

それは日本語文化の素晴らしさを示しています。忙しい日々であっても「ときには優雅 に暮らしていた平安貴族の遊び心を味わって欲しい」と小山講師は訴えられました。そうすることで荒んだ心が和やかになり、日々の暮らしの安寧が得られます。せっかく学んでいるのだから、日本人らしい暮らしを味わいたいものです。風流は憧れです。(岡元美紀恵記)

 

2014.3.19koyama (4)

 

第14期「生涯学習・新・小山学」⑧ ~平成26年2月19日(水)

「新・小山学」⑧

定年になったら少しのんびりしたい、現役時代に頑張った人ほどそう思う。経済の高度成長期以 来、真面目に働いた人ほど、ここらで一服と思う。無理からぬことだ。問題はある。その一服の時間の使い方次第で、残り30年という長い人生がまるっきり変わったものになる。多く人が充実した新しい人生を送りたいと思いながら、反対の道を辿る。

 

2014.2.19koyama (5)

 

本日は生涯学習「古代への道・新小山学」。常任講師の小山さんは先達の受け売りではなく、自 らが歴史のページを紐解きながら講座メンバーに伝える。現役時代に趣味とした「古事記」の解釈に疑問を持ち、定年後ののんびりを、己自身で歩く時間に決めていた。早朝の5時起きは現役時代と変わらない。調べるほどに疑問は膨れ上がる一方だ。

 

2014.2.19koyama (6)

 

自分で調べ上げた「古事記」や「万葉集」の独自解釈は公開する事により価値を与える。自信を もって「新・小山学」と名付けた。その発表の場を「生涯学習講座・プラスワンステージ」に求めた。毎月の講座は、すでに5年目に入り50講座を超える。月1回の講座に定年後の「のんびり」「一服」をすべて注ぎ込んだ。小山さんは階段を一歩上った。

 

2014.2.19koyama (4)

 

小山さんの講座は1日2講座開かれる。内容は同じだが受講するメンバーは異なる。その分だけ 裾野は広い。自分が切り拓いた歴史を伝えるだけに止まらず、思いがけない副産物を生んだ。地域に知的好奇心の満足を求める熟年が増えた。急速に高齢化する地域社会に一石を投じる結果になった。小山さんは衰退する地域社会の救世主かもしれない。

 

 

 

第14期「生涯学習・新・小山学」⑦ ~平成26年1月22日(水)

「新・小山学」⑦

岡元美紀恵記。小山正講師から年賀状をいただきましたが、講座にかける新年の意気込みが伝わってきました。『新年に 「古希」といわれて わが生きし 時をなぞりて 恥ずること多し』。退職後に始めた古事記の研究も7年、大筋も掴み、今年は集大成に向けて筆を起こし、世に問うて見たいと決意しています。果たして…。生涯学習も51講座に。

 

2014.1.22koyama (2

 

新年には古事記復活の1年を願し、本居宣長の墓前に決意を伝えた話から入り、100講座を目 指すという意気込みが伝わってきます。本日の講座は「古今和歌集巻一」紀貫之の詠んだ「袖ひぢて むすびし水の こぼれるを 春立つけふの 嵐やとくらむ」の解説から。ほかに三選の解説もありましたが、いずれも小山流の解説でとても新鮮でした。

 

2014.1.22koyama (4)

 

小山講師の今年の抱負も和歌に託して…。「元朝の 朝日に託す わが生きむ 力の果ての 古 代への道」。1月13日の成人の日、三重県松阪市にある本居宣長記念館に到着。古事記といえば松阪と通は言うそうです。古事記に松阪は出ないが「古事記傳」を表した本居宣長が生涯を送った地であることから。彼の書き残した記伝は今でも生きている。

 

2014.1.22koyama (1)

 

190メートルの山室山に至る参道や、その日の気温の厳しさ、簡素な墓の様子など熱を込めて 話されました。「小山くん、後世のためにあなたの考えで古事記を見直してくれ、しっかり頼むよ」という声が、墓から聞えてきたようだと言うからただ事ではない。小山講師の思いが伝わってきます。午前、午後とも新しいメンバーが増えて賑やかです。

 

2014.1.22koyama (3)

 

 

第14期「生涯学習・新・小山学」⑥ ~平成25年12月18日(水)

「新・小山学」⑥

本日の「新・小山学」のテーマは国歌『君が代』の解説ですが、念入りなテキストにびっくり仰 天です。A4版9㌻に及ぶ力作。しかも、すべてがパソコンで打ち込んだ文字ばかり。全部で17,200字、400字詰め原稿用紙で43枚になります。君が代は「きみがよは ちよにやちよにさざれいしの いわおとなりて こけのむすまで」の32文字。

 

2013.12.18koyama (1)

 

滅多に『君が代』を歌うチャンスはありませんが、それでも習性なのか背筋を伸ばして歌ってい ます。小山正講師は講座のある一週間前から、原稿起しに集中して机に向っていると聞きます。その事実を知っているだけに、ひたすら前向きの姿勢で受講しています。一緒に学ぶ皆さんも、これから胸を張って歌えると満足しておられました。

 

2013.12.18koyama (3)

 

「君が代は」の「君」とは天皇のことだと思っていたが、小山解説によるとそれほど単純なもの ではないらしい。一文字ずつ解説を加える小山学は、聞く人を奇妙に納得させます。インターネットで調べても「…千代に八千代に」の詩にはなんとなく説得力はあるものの、肝心の「君」が誰を表しているかについては曖昧だから納得出来ない…。

 

2013.12.18koyama (6)

 

もしも天皇を意味するのなら「大」を付け「大君」とすべきだと言う小山説に納得しました。 『海行かば』には確かに「大君のへにこそ死なめ…」。この詩であれば納得。国歌として法で定め、式典などで歌うことを義務付けた国会議員も説明が出来ないでしょうね。でも詩の意味はともかく、国民の一人として歌うことに抵抗はありません。(岡元記)

 

 

 

 

第14期「生涯学習・新・小山学」⑤ ~平成25年11月20日(水)

「新・小山学」⑤

小山正さんは平成21年4月、地域再生活動の一環としてスタートした「生涯学習プラスワンス テージ」の常任講師として地域デビューした。日本の、そして日本人の原点を追求するため『古事記』の解読を始めたが、高名な学者らの学説に疑念を持った。地元金融機関の最高幹部として定年を迎えたが、以後、古事記の研究に没頭することになる。

 

2013.11.20koyama (1)

 

平成20年3月にスタートした「心豊かに生きる人生講座」に受講生として参加した。その謙虚 な生き方は驚嘆に値する。研究の成果として「古代への道」「古代への道Ⅱ・天鳥船」など上梓した。大胆にもこれまでの「古事記」の定説を真っ向から否定する論文として世に問うた。真実は分からないが小山さんは自信満々である。「新・小山学」の誕生。

 

2013.11.20koyama (4)

 

 本日は記念すべき50回目の講座。スタートしてからひたすら歴史の真実を追究する姿に感動す る人が多く、午前と午後の二講にファンが詰め掛ける。90分の講座であるが、熱中する余り時間延長はいつものこと。狭い研修室は熱気に溢れる。熟年者たちは家にこもらず外に出る、人と会う、話を聞く、そして学ぶ。その積み重ねが地域を活性化する。

 

2013.11.20koyama (2)

 

講座のお世話をしていますが、毎回、小山講師の熱意には圧倒されます。本日のテーマは[ウド の大木]。体格の大きい人を小馬鹿にするときの慣用句として広辞苑などに紹介されています。小山講師はその説を否定し、ウドは人、大は[大きい]、木は兄貴分の「貴」、集団の長であることを証明されました。ことごとく納得、頷く。(岡元美紀恵・記)

 

 

第14期「生涯学習・新・小山学」④ ~平成25年10月16日(水)

「新・小山学」④

生涯学習の小山講座は受講者が多く、午前と午後の2回に分けて開かれます。メンバーの色合い が少し違うところも面白いですね。今期から「新・小山学」と命名しておられますが、久し振りに受講しそれだけの値打ちがあると実感しました。もう一つの楽しさはテキストが文章になり分かりやすくなった。受講者の立場も考えられたのでしょう。

 

2013.10.16koyama (1)

 

「日本人として日本語以外を話すこともなく、70年近く生きているのに日本語の本質が分から ないのは何故だろうか、この6年間は日本語の勉強に没頭している」とは小山正講師の弁。「日本語には納得のいかない言葉がたくさんある。古事記に登場する人名のを解明しながら、地名との関連を適格に掴み、その意味を辞書の代わりに使えないか」。

 

2013.10.16koyama (2)

 

 今回のテーマは『油断大敵』。日本の地名には「油」の文字を使う例が多い。明治以前に石油は 掘られていない。それなのになぜ「油井」の地名が至るところに存在しているか。結局のところ、「油」は「水」であることに辿り付く。「油断大敵」の語源は? 稲作に水を立ったら(油断)大変なことになる。戦にまでも発展する。何となく理解できそうです。

 

2013.10.16koyama (7)

 

古代では水を表す文字がたくさんあります。それは多くの民族がいたからだと考えられます。わ がふるさとの周防大島には油の付く地名が、「油田」「油良」と2ヶ所ありますが、石油とは無関係です。もともと水だった「油」が「油」になったのは江戸時代の「ごま油」から。何となく納得。発見がたくさんあり脳の活性化になります。(岡元美紀恵)

 

第14期「生涯学習・新・小山学」③ ~平成25年9月18日(水)

「新・小山学」③

生涯学習・プラスワンステージは8月が夏休みでした。午前のクラスは午前10時からですが、 30分前から講師も受講生も集合。とても賑やかでした。まるで新学期の始まりのような雰囲気です。本日の講座は古事記の解読。特に「日」は「太陽」を表しているのか、あるいは「人」を表しているのか。小山講師独特の薀蓄を傾けた情熱的な解説でした。

 

2013.9.18koyama (3)

 

「日」は「人」を表していると結論付けられたが、9㌻にも及ぶ研究の成果には驚かされまし た。古事記の原文を掲載し、一字一句を解説する。「大系」や「紀伝」の誤りを論破し、「小山学」の正当性に導く論理性には驚かされました。夏休みだからといい加減に過ごさず、研究に打ち込む姿勢の跡には感動すら覚えた。何が突き動かしているのか!

 

2013.9.18koyama (4)

 

 特に「大日如来」については、インターネットや広辞苑、それに大辞泉から詳しく引用してあっ たが、なんとなく意味することは理解できるが感想文を書く段階になってチンプンカンプン。分からなくなったので残念ながら割愛させてもらいます。話を聞いているときはテキストなどにメモして分かったつもりになっていたが、残念ながら「?」。

 

2013.9.18koyama (2)

 

 小山講座は午前と午後の2クラスあり、それぞれ満席になるほどの人気だが、内容よりも講師の 情熱にほだされるケースが多い。最近はメンバーの層もインテリさんが増えた感じがする。この熱気は何処から来るのだろうか。満足感は何から得られるのだろうか。よく考えてみると不可解な部分が多い。メンバーの満足顔を見るのが嬉しい。(岡元)

第14期「生涯学習・新・小山学」② ~平成25年7月17日(水)

「新・小山学」②

生涯学習の教室は予備の椅子を使って公私共に14席である。それを超えることは滅多にない。 本日は猛暑にもかかわらず、さらに予備の予備をだすほど賑わった。理由はともかく学びたいという人が多いのは大歓迎。その分だけ知的好奇心の多い人の確認ができる。新・小山学は学術的なレベルが高いから学び甲斐があるのだろう。嬉しいこと。

 

2013.7.17koyama1

 

本日のテーマは「神」。最近のテキストは読みやすくはなつたが、何としてもボリュームが大き い。伝えたいことが多くつい気張られるのだろう。それにしいもよく研究しておられる、受け売りと違うから中身の格調が高い、それが魅力になってゲストを惹き付けるのだろう。読み進めると面白いが、残念ながら伝えきれず未消化の部分が多い。

 

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 きたくしてじっくりと呼んでいただければその深さも分かろうと言うもの。たとえば浅草の雷 門。神鳴り=神成り=神に出てきてもらうために太鼓を鳴らして合図する。雷門=神が通る門。雷=神=成、はいずれも同じ意味を示している。薀蓄を傾けられるが分からないところも多いが、そうだったのかと納得する場面も多い。勉強は悪くない。

 

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 小山講師のお兄さんは著名な国文学者、小山さんは古事記学者。歩く道が似通っているのは珍し い。それだけに兄弟の仲がよく、講座のたびに酒を酌み交わすらしい。新しく兄弟で「小山家庭タイムス」を復刊されることになった。60年前、高校生の時代にスタートしたらしい。このほど復刊第一号を発行された。生地の描写が一皮剥けている。

第14期「生涯学習・新・小山学」① ~平成25年6月19日(水)

「新・小山学」①

マルコシが主宰する「生涯学習・プラスワンステージ」に初めて参加させていただきました。こ れまで「古代への道」のタイトルで48講を重ね、満を持して「新・小山学」として世に問うものです。今回は「古事記の解読『天(あま)』と題して、古事記の「天」の読みについてのお話でした。

 

2013.6.19koyama

 

広島県北広島町に祀られている「天磐門別神社(あまのいわとあけじんじゃ)」と、岡山県美作 市の「天石門別神社(あめのいわとあけじんじゃ)」の「天」の字を「あま」と読むのか「あめ」と読むのかというお話から始まりました。迫力ある語り口で始めから終わりまで圧倒されました。

 

2013.6.19koyama1

 

小山正講師は古事記の冒頭部分から「天」は「あま」と読むべきだと断言されました。「あま」 とは「あ」が遠い土地を表す言葉で「ま」が場所を表す言葉だから、「あま」と読むのが正しいと各地の地名を根拠に解説されました。いままで気に留めなかったも地名には深い意味があると知り、びっくりです。次元の世界に足を踏み入れたようです。

 

2013.6.19koyama2

 

もともと歴史分野に興味があって参加させていただいたこともあり、とても奥深い楽しい時間が過ごせました。中でも地名から文字の意味を読み取る小山講師の「地名は嘘をつかない」というお話が心に残りました。(河野雅志記)

第13期「生涯学習・古代への道」⑨ ~平成25年5月15日(水)

「古代への道」⑨

平成20年3月に地域活性化を目指す「人生講座」を開講して5年目に入りました。その中から「生涯学習・プラスワンステージ」が誕生し、4人の専任講師のご尽力でロングランとなっています。マルコシの講座担当としてお世話をさせていただきました。お陰さまで新しい刺激を受けたせいか、心も身体も若返り? ありがたく思っています。

 

2013.5.15koyama

 

本日の小山講座「古代への道」は、原日本人のお話が中心でした。拙いメモから概要をお伝えします。浅いところ、誤った理解はお許しを。稲作の文化が日本の歴史を大きく変えた事実を実証するために10日間の予定で南九州地域を訪問された。①「枚聞神社」と「開聞岳」が何故同じ語(ひらきき、かいもん)なのか。②原日本人とは何者か?

 

2013.5.15koyama1

 

焼畑農業を主とする種族であり、日本列島に大和政権誕生以前に先住。八幡神社は畑作の神様。③稲作種族(侵略者)が入り込み拡大を始めた。稲作種族が谷間の集落に入植した初期段階では、畑作種族の陰でひっそり暮らしていた。五穀を司る稲荷神社が多くの場合、八幡神社の境内の片隅にあるのはその証。④結論。畑作種族が東北地方から九州北部地方までいたことを地名から分布を検証した。

 

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後に稲作農業を主とする種族が、畑作種族が先住して地域に入植、繁殖、拡大を続けた。二つの種族の間には軋轢が存在し、戦闘や略奪が限りなく続いた。三世紀以降は融和し、今日の日本社会の基礎を形成したと考える(テキスト)。

ハイレベルで凡人の理解を超えました。(岡元美紀恵・記)

第13期「生涯学習・古代への道」⑧ ~平成25年4月17日(水)

「古代への道」⑧

「生涯学習」「人生講座」の担当をさせていただいて4年が過ぎました。本来業務にオンした仕事ですから、還暦を超えた熟女? には不行き届きが多く申し訳なく思っています。スタートした頃はいつまで続くかと心配していましたが、担当講師や地域のみなさんのお陰で結構楽しんでいます。先週は津山の歴史ツアーと縮景園講座がありました。

 

2013.4.17koyama

 

毎週火曜日には緑井天満屋でお菓子を求めますが、あれこれ考えながら季節のお菓子を選ぶのが楽しみ。第三水曜の小山講座は午前と午後の二クラスですが、今月も賑わいました。早朝清掃が終わると講座のセットをします。掃除、お花、茶菓子の準備、終わると後片付け、再び掃除をしてセット。明るい皆さんとの出会いが若返りの特効薬です。

 

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落ち着いて講座「古代への道」を楽しむ余裕はありませんが、本日は「えびす」の薀蓄。釣竿を持ち、鯛を釣り上げる恵比寿さまのお話も、ここまで深められると面白く、お茶を入れ替えるのも忘れそうになります。岡山へは友を訪ねる機会が多く、「だいこくさん」と「えびすさん」の神楽は親しめました。いつも恵比須顔で過ごしたいのですが…。

 

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近年はえびす講も胡子神社も縁が薄くなりました。子どもの頃は6月10日の浴衣祭りと、11月20日のえびす講が楽しみでした。日曜日に催されるようになって行かなくなったように思います。本日は午後6時からも全体研修があり、研修報告書やその他の仕事がいっぱいでリポートは少々手抜きになりました。小山さんゴメンナサイ。(岡元記)

 

第13期「生涯学習・古代への道」⑦ ~平成25年3月21日(水)

「古事への道」⑦

生涯学習プラスワンステージは毎週水曜日が定例ですが、水曜日と「春分の日」が重なり、今月に限り木曜日に変更されました。本日は「春分の日」にちなみ、春日(かすが)について深堀されました。「春日」と書いてなぜ「かすが」と読むのか? 素朴な疑問ですが、凝り性の小山講師は「なぜ」の思いでいろいろ調べたところ、答えは得られません。

 

2013.3.21koyama1

 

広辞苑などに「それはこういう理由です」と答えがあり、納得できればそれでよいのですが、ほとんどが類推説明であり、到底納得できるものではありません。全国の地名を調べてみると、続々出てきます。名古屋・清洲では「はるひ」と付けられています。ほかには埼玉県の春日部(かすか、べ)がある程度。他はすべて「かすが」でした。

 

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インターネットで調べた結果。「春日」は「はるひ」または「はるび」と読みますが、春の日ざしという意味です。春の日ざしは霞んで見えることから「かすが」の地名の枕詞として使われ、地名の漢字も「春日」を当てるようになった」。小山講師はこんないい加減な答えでは納得できないと説明。理解できた訳ではありませんが、熱意で圧倒される!

 

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一つだけ分かったのは、何事も「なぜ」と考えることで新しい世界に足を踏み入れられるということです。日頃の暮らしではたいして疑問を持たずに見過ごしてしまい、平板な日々になっています。すべてにおいて一旦「なぜ」と問うてみる、そういう習慣を持てばまるきり違った日々になるということ。改めて考えさせられました。(岡元美紀恵記)

 

第13期「生涯学習・古代への道」⑥ ~平成25年2月20日(水)

「古事への道」⑥

あべ姓にも歴史があって漢字によって使われ始めた時代が読めるそうです。安倍晋三首相の「安倍」は奈良時代に多く見られ、もっとも歴史ある姓で日本のトップに相応しい。「安部(あんべ)」は江戸時代から、比較的新しいのは「阿部」。ついでに「可部(かべ)」の源は「漢部(かんぶ)」とか。姓や町名もそれぞれひも解けば面白いですね。(岡元談)

 

「ど」は「場」を示す。例をあげれば「かど(前庭)」「ねど(寝床)」「なんど(物置)」「ゆど(湯殿)」など。方位は「東(あがり、こち)」「西(いり、ならい)」「南(はえ)」「北(ならい)」など。古今和歌集などによく使われていますね。「こち吹かば、匂いおこせよ…」など。地名は種族に関係しているそうです。小山講座は時を忘れます。(佐藤談)

 

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小山講師のお兄さん(小山清さん)は、民俗学者・柳田国男の研究家として知られる。お兄さんは大学の卒業論文のテーマに柳田国男を選んで以来50年、生い立ちから最晩年までを10編に分け。柳田国男の学問と思想体系を年代順に明らかにしているのが特徴。各巻A5版、400㌻,8巻の大作。各巻3500円。弟の古代史研究を絶賛しています。

(岡元紹介)

「ど」が場所を示す言葉だと歴史的な考察を加えた後、テストがありました。例えば□ど=寝室と出題され、□に正しい答えを入れるのです。聞いたばかりなのに思い出せない。かど=前庭、くど=煙だしの穴、かまど=煮炊きの場、まど=外を見るところ、ゐど=水汲み場、えど=集落など。テストは苦手になっていますが、知るのは面白い。(岡元談)

 

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第13期「生涯学習・古代への道」⑤ ~平成25年1月23日(水)

「古事への道」⑤

生涯学習講座で「古代への道」を担当している小山正講師の話は、40回を超えた。前回から「余話」に入っているが、その解説が分かりやすくて楽しいと評判になっている。受講生の中には兄・小山清氏がおられる。兄弟仲がきわめてよろしく微笑ましい。清氏は元広大付属高校の校長を務めており、比治山大学、女学院大学の講師も歴任した学者。

 

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清氏はこのほど「柳田国男八十八年史の研究(全八巻)」の大作を上梓した。その清氏が小山講師の研究成果を激賞した。ひらがなの「ち」は人を表しており、「せ」は男性を「も」は女性を表している。広辞苑や大辞泉にはそれぞれ詳細な解説がしてあるが、小山説はそれらを悉く否定し、新しい解釈を唱えている。単なる推論ではなくすべて根拠がある。

 

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文字の解説に留まらず、そこからさまざまな表現につながる。「ち」の使い方は古今和歌集などにもふんだんに見られる。誰もが気にせず通り過ぎるところを、一つずつ深掘りし学説にまで格上げする執念が凄い。単なる説だけに留まらず、熟年メンバーに共感させる伝え方の技術は素晴らしい。講義を聴きながらみんなが納得。教室は盛り上がった。

 

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テキストの人体図に詳細が記してある。「頭」→「はち」=はちまき、「歯」→「がち」=がちがち、「舌」→「ぺち」=べちゃぺちゃなど。「成人の男」→「おせ」、「成人の女」→「おも」、「美男子」→「いせ」、「美女」→「いも」、「祖父・父」→「よせ・ませ」、「祖母・母」→「よも・まも」など…。和歌や物語などにはお馴染みの表現だ。(岡元記)

 

 

第13期「生涯学習・古代への道」④ ~平成24年12月19日(水)

「古事への道」④

冒頭に講師の小山正さんから「本日は40回目の記念すべき講座です」と紹介があった。記念日のせいなのか定かではないが、白い口髭を整えての講座。一日二講座だから80講となる。最初は3回開いて1回の休月としていたから、まる4年続いた計算になる。ホームページにコーナーを設けたのは平成22年10月だから、それ以前の記録はない。

 

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佐藤小百合記・小山さんの「古代への道」は、自ら深掘り(研究)をされての薀蓄だから、借り物ではない重みを感じます。本日は「講座余話①、「せ(勢)」と「も(妹)」。はじめは何のことかよく分かりませんでしたが、在原業平の歌を中心とした物語が、なぜ「伊勢物語」と呼称されたのかになったのか。その解明をしたい。でようやく納得。

 

鎌倉時代からあれこれ詮索されていたようです。小山講師はたくさんの文献を紐解いたが、どうしても納得できない。なら自分で解明する、決意して取り組まれたそうです。伊勢を国の名前と考えれば簡単だが、物事は仮説を立てて考えると面白いそうです。とてもその域に到達できないけれど、話を聞くだけで研究の真剣さがつたわります。

 

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「勢(せ)」と「妹(も)」に平仮名を組み合わせると、「せ」とは男のこと、「も」は女のことという小山新説に納得できました。よせ=祖父、よも=祖母。おせ=父、おも=母。やせ=独身男、やも=独身女。などなど。ホワイトボードにいっぱい書きこまれた熱気に引き込まれました。掛け値なく、楽しく学べるハイレベルの講座です。次回が楽しみ。

 

 

 

 

第13期「生涯学習・古代への道」③ ~平成24年11月22日(水)

「古事への道」③

「古代への道」とタイトルは大学の授業のように厳めしいが、内容はハイレベルでも講座の雰囲気は明るい。講師の人柄もあるが、「難しいことを易しく伝える」内容の深さだろう。常連の山本博子さんは「『古代への道』の原文は難解だが、漢字の読み方や意味が少しずつ分かるようになり楽しくなった。出雲の加多神社にぜひ行ってみたい」と話す。

 

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今回は「出雲の神々」最終回。先月、講座ツアーで現地を訪れているだけに、講話の理解が急ピッチに進む。1時間半の講話のために9㌻ものテキストが用意される。コピーや借り物ではなく、オリジナルの研究論文に近い内容だけに驚く。原文があり、それを細かく分解し、独自の注釈を付けながら、分かりやすく解きあかしている。人気の秘密。

 

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日頃はよく意味が分からないまま日本語を使っているが、その起源や深い意味を知ると日常会話も変わるだろう。最近日本語の乱れが著しいが、学校教育ではもう少し真剣に国語に取り組んで欲しい。少なくとも教師らがこの講座を学んでくれると授業の中身が充実するに違いない。講座は午前と午後の2クラスあるが、人気でまだ増えそうな勢い。

 

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テキストの人体図に詳細が記してある。「頭」→「はち」=はちまき、「歯」→「がち」=がちがち、「舌」→「ぺち」=べちゃぺちゃなど。「成人の男」→「おせ」、「成人の女」→「おも」、「美男子」→「いせ」、「美女」→「いも」、「祖父・父」→「よせ・ませ」、「祖母・母」→「よも・まも」など…。和歌や物語などにはお馴染みの表現だ。(岡元記)

 

 

第13期「生涯学習・古代への道」② ~平成24年10月17日(水)

「古事への道」②

「古代への道・小山学」は内容もさることながら、小山講師の古事記に対する造詣の深さ、人柄から熱く伝わる真摯な講義に対する魅力によるところが大きい。とにかく楽しい。難しそうなテーマだが紐解き方が巧みで面白い。時間の経過を忘れてしまうほど。「へえー、もうこんな時間!」もちろん学問としてもレベルが高いから満足感に溢れる。

 

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小山講師の「古代への道」は受講者が多く、午前の組と午後の組と分かれる。講座の定員は10名と決められているが、時としてバランスが崩れることがある。本日は午前のクラスが溢れた。会場が狭く受け入れ態勢が十分でないため、あわてて補助椅子を出す始末。会費を500円いただいてお茶菓子付きだから、舞台裏ではあたふた。15名の参加。

 

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10月は「神無月」という。「無」というのは「ない」という意味ではなく「ある」との意。神の月と理解すればよいのだろうか。神の月=先祖の月?  テーマ「出雲の神々」から「小豆島」へ。そして福岡県宗像市の「沖の島」。話のテンポには付いていけないが、楽しさに溢れる。難しい話を楽しく聞かせる。それも講座の魅力かな。(この項・佐藤記)

 

 

 

第13期「生涯学習・古代への道」① ~平成24年9月19日(水)

「古事への道」①

すべての生涯学習講座に社員が一人ずつ参加させていただき、新しい世界を学ぶ仕組みになっている。単に講座だけではなく、熟年メンバーから得ることも多い。今週は決算期の絡みもあり、残念ながら参加できなかった。そのためメンバーである半田和志さん(「広島学)」の講師)のリポートを拝借させていただく。広い心でお許しあれ。

 

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『小山講座の大概要』

〇10月14日に真亀公民館で開催される「地域を美しくする会」主催のチャリティ講演会において、創立100周年を迎えた宮崎神楽団が「八岐大蛇(やまたのおろち)」を演じる。そのストーリーを古事記における表現を中心に話された。

 

〇高天原(たかまがはら)を治める天照(あまてらす)を姉とする須佐之男(すさのお)が、天岩屋の事件が原因で追放された。

 

〇須佐之男は出雲国(現・島根)へ逃げ延びた。

 

〇八岐大蛇に怯える足名権一族の親子と出会う。

 

〇八岐大蛇は八つの頭と八つの尾、木々の生えた体を持ち、腹は血の滲みで赤く、その大きさは谷と尾根を八つもわたるほど。須佐之男はこの怪物の退治を志願した。

 

〇この続きはチャリティ講演会で解説される。(半田和志記)

 

 

第12期「生涯学習・古代への道」⑫-3 講師・小山正 ~平成24年8月22日(水)

「古事への道」⑫-3

「小山学・わが町を歩く」③は大歳(おおとし)神社のお話。お盆明け最初の講座で猛暑だから出席を心配しましたが、時間前から賑やかでした。午前の講座は男性が6対4で圧倒。午後は何と1対9の女性王国。小松さんは女性に囲まれてやや緊張の面持ち。スタート直後に男性1名参加で何とか押し潰されずに済みました。女性パワーは凄い!

 

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神社の名称で一番多いのが八幡神社で農業の神様。次いで稲荷(稲成、稲生)神社。文字通り稲作の神様。他に胡、荒神とあるが畑の守り神。さらに今回のお題である大歳神社。広島県西部で百社は下らない。農業とは特に関係はなく、地域の長老を祀っている。落合南七丁目にあるが、神社庁の記載にもなく、詣でてみたが祭神の記載もない。

 

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一般的には〇〇八幡神社などと頭に名前が付くが、大歳神社は各氏族の長老を祭祀としているから、他の地域と区別する必要がなくすべて大歳神社となっているそうな。何事も知らないことを知ると「そうだったのか!」と頷くことがたくさんあります。それにしても小山講師の熱心なこと。3時から講師間の打ち合わせが30分遅れとなった。

 

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10月14日には真亀公民館で「生涯学習・プラスワンステージ」の年に一度の講演会が開かれます。4人の常任講師が勢ぞろいし、4時間の大イベントになります。地域活性化と東日本大震災復興支援を目指しています。どのような結末になるのやら、心配しながら準備をしています。(岡元美紀恵記)

 

第12期「生涯学習・古代への道」⑫-2 講師・小山正 ~平成24年7月18日(水)

「古事への道」⑫-2

CIMG8492_copy常任講師の小山さんは最近張り切っています。今日も午前10時開始なのに、9時過ぎには会場入りしてパワーポイントの調整などに余念がありません。その熱意が伝わるのでしょうか。午前、午後の両クラスとも満席。特に女性が多く賑やかでしかも熱心です。本日の訪問先は「吉備津神社」。広島に無関係の「吉備津」という名前があるのはなぜか。

 

まるで推理小説における犯人探しのように、ストーリーの組み立てが面白く堪能しました。これまでのテキストは漢字が多く読み辛かったが、これなら面白さを復習することが出来ます。「古くから存在している神社は、大小を問わず、その地域を支配していた首長の居住地と建物であった」。その意味でも吉備津の名が安芸の国にあるのは解せない。

 

由来は神社庁の掲げる説だから信じなければならないが、この説は納得がいかない。小山講師のひたむきの研究の結果、どうも由来は怪しいと判断できる、神社名のいきさつについては更に歴史的な考察を加えるが、世俗的には度量を広く研究の範囲にとどめたい。小山研究は歴史探求の熱意が裏付けにあるだけに、松本清張の推理小説より面白い。

 

テキストは保存版として作成してあり、それだけでも考察するにたる面白さがある。(岡元美紀恵記)

 

第12期「生涯学習・古代への道」⑫-1 講師・小山正 ~平成24年6月20日(水)

「古事への道」⑫-1

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「小山学」は今回から地域の歴史を歩くことになりました。第一弾は「亀崎神社」。亀崎神社はマルコシが毎年、初詣で一年の安穏をお願いする神さまがおられます。講師の小山正さんは今回からパワーポイントを駆使して、メンバーに熱弁で語られます。考える、考える、また考える、さらに考える。基本姿勢が身につかないと歴史の考察は難しい。

 

午前が12名、午後が14名。会場が狭いだけに、14名を超えると窮屈感があります。長い参道(階段)があるほど広い地域を支配していた証拠。この説には納得。それなのに初詣はそばまで車で。罰当たりめ! 小山説によると「亀」とは「岩」のこと。「崎」は「端っこ」のこと。このあたりまでは聞いて見て何となく納得が出来る。

 

CIMG8095_copy小山学によると名前、地名など掘り下げていくと、必ず納得の答えが出てくる。「亀崎」は岩の先端にあるものと思われる。小山講師は探求者。机上の空論ではないから説得力がある。相談役からリポートを提出するように言われているが、面白いだけにメモなどする脳みそが何処かへ行ってしまいました。なんだかんだ言いながら、面白いのです。

 

結局引き込まれてしまいました。講師の兄・小山清氏は「この3年で弟はかなり成長している。なんとか分かるようなテキストが作れるのはその証」と先ず合格点。なんとも厳しい。(岡元美紀恵記)