生涯学習・プラスワンステージ

第25期「生涯学習・古代への道(122)」⑤~令和2年9月16日(水)

⑤アイヌ語は縄文語 18 シララエピス

「アイヌ語は、日本語(縄文語)である」と声高に叫んでいるのですから、「アイヌ人が縄文人である」ことを証明すれば、一気に解決できる。

 これまで「アイヌ人が縄文人である」ことを証明できる語はないかと各種のアイヌ語の語彙集を血眼になって探してきたが、それらしき僅かな雰囲気さえも発見できなかった。

 「アイヌ人は、縄文人である」ことを証明するのは、DNA検査でもしなければ、もはやほかに方法はないと思うほど、アイヌ語(縄文語)の中に発見することはもはや困難と、半ばあきらめていた。

 そして、これまでとおり地道に「アイヌ語は、日本語(縄文語)である」ことを証明する語を一つ一つ探索していく以外に方法はないと思っていた。

 先日、「人殺しのような暑さ」になすこともなく、インターネットを覗いてみた。

 そこに現れたのが、『私家版浦河アイヌ語辞典』(以下、『浦河辞典』と略記する)であります。

 その『浦河辞典』の中に「シララエピス」の語を見つけた。

 「シララエピス」は、現代語に「潮が満ちる」と置き換えられている。

 この「シララエピス」の語こそ、「アイヌ人は、縄文人である」ことを証明する最大にして最高、最善にして最良の言葉である。

 講座百二十二回目にして遂に「アイヌ人は、縄文人であり、アイヌ語は、縄文語である」との決定打を放つことが出来た。

 また、インターネットで閲覧できる国立アイヌ民族博物館の『アイヌと自然デジタル図鑑』の「物語や歌」の中に「オタスッピト」、『広辞苑』には、琉球語の「にいるぴと」を見つけた。

 これでカムチャッカ半島の南端の占守島から台湾島の東、与那国島まで長く続く日本列島で、人を「ピト」と呼称していたことを確定させた。

 発見してみれば「当たり前」であり、取り立てて言うほどのこともない(コロンブスの卵の話と同じ)ことですが、発見に六年の歳月を要しました。

 そのほかにもアイヌの人の葬儀を取り上げてみました。縄文の様式を色濃く残存している語が並んでいます。言葉がいかに大切な文化であるかがよく理解でる。

 「アイヌ語は、日本語(縄文語)である」もいよいよ大詰めを迎えた。アイヌ語(縄文語)の解読に更に前進したいと誓っている。