生涯学習・プラスワンステージ

第25期「生涯学習・古代への道(123)」⑥~令和2年10月21日(水)

⑥アイヌ語は縄文語 19 アイヌと日本書紀

「秋は喨々(りょうりょう)と空に鳴り 空は水色 鳥が飛び 魂いななき 清浄の水こころに流れ こころ眼をあけ 童子となる」は、高村光太郎「秋の祈り」の出だしである。

 秋の抜けるような青空を見ると高校生の頃からこの詩を口ずさむことにしている。

 私の「古代への道」も「アイヌ語は、日本語(縄文語)である」ことが絶対に正しいと判明して五年近くが経過した。今は、この時季の晴天の空のように付け抜けるようなさわやかである。

 「同じものを同じである」と証明するだけだから本当はとても簡単なことなのである。ところが、一方(日本語の方)が大きく変化して58頁から書いている「ヤム」のように原義を殆ど留めない語もあり、結構苦労している。

 「アイヌ語(縄文語)の中に縄文人の生活(習慣)や宗教を見つける」を先月からのテーマにして取り組んでいる。

 その発見の第一弾が先月の講座テキストで示した「シララエビス」である。

 えびすは、「えびす顔」と言われるように顔に特徴がある。その一つが大きく垂れている耳朶である。私は、アイヌの人から目の前で大きい耳朶に右手を置いて、「この耳朶の大きいのがアイヌ人の特徴だ」と誇り高く言われたことがある。

 『日本大百科全書』の「アイヌ人の形質(特徴)」を見ると、八番目に左記のように書かれている。

◆日本大百科全書=耳垂が発達し、癒着型は少なく、遊離型がほとんどである。(95%)

 第二弾は、同じ九月の講座テキストに書いたアイヌの「オタスッピト」と八重山諸島に伝わる「にいるぴと」である。八重山諸島以北、カムチャッカ半島以南の日本列島では、皆が「人」を「ピト」と呼称していたことを証明した。

 第三弾は、今月の講座テキストの「オチウチリ」(日本語名=セキレイ)である。

 アイヌの伝承「大人の営み」と日本書紀の造語「交道」とが見事に一致していることを述べている。

 これで、何人も「アイヌ語は、日本語(縄文語)である」こと疑うことはできない。

 第四弾は、今月の講座テキストの「アートゥイ ソー カ タ カイクマ ソー テルケ」(海面の 上で 兎が (海)面ではねている)と古事記の「稲羽之素菟」の話であります。

 沖から滔々と寄せて来る白波を「ウサギが飛び跳ねる様に見立てる」発想は、北海道のアイヌの人も出雲国の大国主も同じである。

 第五弾は、今月の講座テキストの「キ」と「サケ」(酒)である。食習慣も完全に一致していることを確かめている。

 第六弾は、今月の講座テキストの「ミ」(蓑と着物)である。服装に関する習慣も完全に一致している。

 そのほかにもアイヌの人が縄文の様式を色濃く残存させている語をあれこれと並べている。

 言葉がいかに大切な文化であるかがよく理解できる。

 「アイヌ人は、縄文人である」ことの証明は、結構面白い物である。これからもアイヌ語(縄文語)の解読に益々前進したいと誓っている。