俳句歳時記 一月俳句歳時記 平成31年1月14日
一月俳句歳時記~晩冬~
草炎俳句会 石川 芳己先生
あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。
本来なら第4土曜日のマルコシ句会が、私の都合で10日余りも予定が早まりました。申し訳ないです。にもかかわらず、今日も全員が出席されていて感動しました。今日は新年句会。会場には、幹事の岡元美紀恵さんの細やかなご配慮で、迎春に相応しい生け花が添えてあり、初句会の雰囲気に充ち満ちています。句会の後は、何時もよりも少し豪華な巻き寿司での茶話会が盛り上がりました。楽しく素敵な句会でした。感謝。
父母と捏ねし昭和の鏡餅 芳己
特選
天 ノボさんも見たかこの月寒の月 栄子
正岡子規の本名は升(のぼる)。寒の月をみながら、近代俳句の創始者と言われた子規の心情を想う。まさに、俳人の心得とも謂うべきであろう。多くの俳人が名月を詠み名句をものにしている。俳句を愛し、子規を慕う作者の心意気を感じるのである。
地 公園は鳩三羽だけ今日はイブ 弘子
イブはクリスマス当日の夜を謂う。人々はジングルベルの喧噪の中でキリストの生誕を祝う。西洋より寧ろ日本の方がイブを祝福する。子どもたちはサンタクロースの贈物を夢見る。一方、公園は人気もなく鳩が戯れている。喧噪と静寂を対比とした無聊感が漂う。
人 餅を搗く声が形となりにけり 日出美
一族郎党が集まっての餅搗きは賑やかである。声が形になる、という表現が巧みであり、この句の手柄である。わいわいがやがやの声はするが、人手のおかげで次々と餅の形が出来上がる。古き良き時代の年末の風景が見えてきて郷愁を覚える。
入選
割烹着脱げば聞こえる除夜の鐘 恒子
手間暇かけた正月用意を漸く済ませた時には除夜の鐘。これで正月を迎えられるという安堵感が感じられる。そして帰省子を待つ楽しみ。割烹着という小道具が迎春の家族の風景を上手く活写している。
花八つ手廃墟の里で握手する 美紀恵
限界集落と化したふるさと。廃屋の庭には今年も花八つ手が咲いている。思わず懐かしさが込み上げてくる。握手する相手は花八つ手であり、ふるさとであり、旧友であったりする。望郷の一句。
行く年や往来守る地蔵尊 昌子
雨の日も風の日も往来を通る人々を見守っている地蔵尊。誰も見向きもしなくなった地蔵尊。信仰心の無くなった現代人の悲しさ。今年一年お世話になった地蔵尊への感謝の念を忘れてはいけない。
ふるさとや冬田隔てて家が建ち 博子
都市近郊の田園地帯にも次第に宅地化の波が押し寄せてきている。久し振りに帰郷したふるさとの風景の変容に驚かされる。懐かしい光景が失われていく無常観を冬枯れの田圃を具象として描いている。
冬日和背ナの温もり上り坂 輝子
冬日和はやはり戸外がいい。用事を思い立って外出する。いつもの上り坂を歩けば背中がぽかぽか暖まる。背ナの温もりが心地よい。体感を句にすると臨場感溢れる作品に仕上がる。
小学生話弾みて息白し 勝子
寒い朝は登校する子どもたちの元気な声に勇気づけられる。マフラーや手袋を纏った子どもたちの話が弾んでいる。どんな話題だろうか。小さな白い息がくっきりと見える。ほのぼのとした光景である。
今年の最初の新年句会は、良い作品が多くて選句に苦慮する程であった。マルコシ句会の俳句作品の質は明らかに向上していて、嬉しい限りである。作句もさることながら、選評の力も向上している。選句や選評は、良い作品づくりの一つの要素とも謂える。会員一人ひとりの選評には、俳句に対する見方考え方の進歩が垣間見られ、講師の方が寧ろ、会員の優れた見識に学ぶところが多い。俳句には人生の全てが包含されている。そうした意味では、人生経験豊かな皆さんに教えていただいている。感謝したい。さて、今年からは、マルコシ句会の作品を手作りの句集にして編むことになった。マルコシ句会の句集を心の糧として、さらに歩んでゆきたい。ご健吟を祈ります。