平成28年6月30日(№7035) 自分のことよりも孫の世代を

自分のことよりも孫の世代を

麻生副総理が「90歳になって老後が心配とか、わけのわかんないことを言っている人がこないだテレビに出ていた。〝おい、いつまで生きているつもりだよ〟と思いながら見てましたよ」。案の定、野党の党首は「高齢者に失礼」(民進党)「人間の尊厳を否定する」(共産党)というが、果たしてこれは失言なのか。90歳になったらすぐ死ぬべきだとは言っていない。

 

団塊の世代が後期高齢者になる2025年ごろには、医療費と介護費の合計が今より25兆円も増えて75兆円になるという。これでは国家が亡ぶ。高齢者が生物としての寿命に逆らってまで高額な医療費を使い続け、その末に破たんが訪れれば、子や孫たちには老後を心配する余裕もない。その意味では死は「社会問題」なのだ。死と正面から向き合うべきだ。

 

昔は8割の人が自宅で亡くなっていた。今は病院が8割になっている。現実に父や母の死を見なくなった。大半が遺体を引き渡される。「看取り医」という存在がある。患者に胃瘻の話をすると認知も非認知も8割が嫌だという。それなのに医師は高額な費用を掛けて延命させる。望んでもいない過剰な延命治療が社会の負担になっている。延命は費用が掛かる。

 

75歳を過ぎると生産性が大きく落ちる。そのくらいの年齢で医療負担の線を引くといいという権威がいる。姥捨て山に行けと言うのではない。その後に余世があり、そこで大病を患ったら寿命と受け止める。自分の世代よりも次の世代のことを考えないと社会が亡ぶ。心配すべきは自分の「老後」以上に子や孫の将来である。と言いつつわが身はどうするのか。

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