掃除に学ぶ

1-1 ~徒歩通勤~

徒歩通勤

No.1活動

 我が社には「No.1活動」という制度があります。

 毎月全社員がその月の目標を何か定め、そのことについて会社でNo.1になるように日々励もうというものです。

 テーマは何でもよいのですが、自分では決められません。

 本人を除いた他の社員がテーマを決めることになっています。
 「無遅刻No.1」
 「読書でNo.1」
 「机の中の整理でNo.1」
 「あいさつでNo.1」
 などいろいろです。

 何でもよいといっても一応の大枠はあります。
 
 まず「よいこと」。それにできればあまり目立たない「小さなこと」「毎日できること」
 「続けられること」です。

 このような活動が、定着してくれれば、企業における人づくりにとって、よい影響をもたらすのではないかという思いもありました。

徒歩通勤

我が家から会社まで1500m程度だから、歩けば20分か25分くらい掛かります。

 私の「No.1活動」の目標は、徒歩で通勤することに決められました。

 つまり「徒歩通勤でNo.1」を目指せという社員の要望です。

 車社会にどっぷり浸かっている53才(当時)には苛酷すぎる気もしましたが、50才を越えてめっきり足腰の弱った私を、日々見ている社員の愛の鞭と受け取り挑戦することにしました。

 案の定、一週間をすぎる頃から小指のあたりから鈍痛がはじまり、アキレス腱、そして膝までがおかしくなり、少々弱気にもなりました。

 しかし、社員の手前もあり痩せ我慢を重ねるうちに、いつのまにか気にならなくなり「徒歩通勤もまた楽し」の心境にまでなったから不思議です。

毎日が戦争

実際に毎日徒歩で通勤していると車で通勤しているときには気がつかない、いろいろな出来事に遭遇することになります。

 そのひとつが、歩行者は常に死と向きあっているということです。

 まずダンプカーの轟音とスピードです。体重の軽い人だと、歩道すれすれに飛んでいくダンプカーに吸い込まれそうな錯覚を起こします。

 体重82kgのわたしでさえ馴れるまでは恐怖の日々でした。

 またマイカーのスピードとクラクションは「そこのけそこのけお馬が通る」という閑かなものではなく、まさに戦争そのものです。

 信号機のない横断歩道で徐行してくれる車もなく、車庫入れなどで歩道を横切る車のクラクションで、人間の方が 「一旦停歩」。

 これらは特異な現象ではなく、ごく平和な日々の出来事です。

ゴミの山?

 わたしの通勤する道は、片側法面が多く、歩道に面した商店や住宅が少ないということです。

 商店や住宅が少ないということはその歩道をきれいにする人がいないということです。結果としてわたしはゴミの山を踏み固めながら、徒歩通勤することになったのです。

 いまにして思えばこの歩道のゴミとの出会いが、私の人生を大きく変えるキッカケとなったのです。           
 (96年7月)