親子農業体験塾『志路・竹の子学園物語』

⑫新しい仲間を大歓迎

新しい仲間を大歓迎~重度障がい児の新田楓馬くん~

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五月塾で体験入塾をした新田楓馬くんが、六月塾から正式に塾生として参加してくれることになった。療育手帳A(染色体異常5P-症候群)を持ち、重度の知的障がいと判定されている。身体障がい手帳もあり、先天性体幹機能障がいを持つ。重度のため公的な手厚い保護を受けているが、一般社会で受け入れられるかどうかは別問題である。

地域の保育園や小学校に通うことについては簡単に許可は得られないが、親の強い希望で「なにか問題が起きても学校のせいにしない」という約束をして、やっと一般校の特別支援学級に通うことを許された。現在小学校四年生。障がいを持ちながらたくましく生きている友との交流があり、機会があれば理解を深めたいと願っていた。

特別学園の子どもたちと何度かトイレ磨き活動をした経験があるが、囲いの中の暮らしには違和感を抱いていた。普通の子どもの中で厳しいかも知れないが、当たり前に接し子どもの能力を引き出す、それも社会に課せられた役割ではないかと考えている。しかし、現実は甘くはなく受け入れは簡単ではない。

楓馬くんは四年生として普通の塾生と同じようにレッドチームの一員となった。チームメートも特別扱いはしないで普通に接している。排除の気配もなく自然に受け入れ、いたるところでさりげなく気遣いを見せている。まだ二ヵ月にしかならないが、楓馬くんは自由奔放に振る舞っているし、チームメートにも寛い心が目に見えるようになった。いまの経験は大人に成長したとき、きっと人を見る目がやさしくなると信じている。

保護者の理解と勇気で学びのよいチャンスを与えてもらった。日本人は助け合いの精神は旺盛だが、違いを受け入れることに抵抗を示す。障がい者に接する機会が増えれば、お互いがもっと理解し合えるだろう。逡巡していたのでは何事も前に進まない。まず行なうこと、そこからすべては始まる。

不自由が子どもたちの自立心を育む

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「親子農業体験塾『志路・竹の子学園』(以下竹の子学園)」は何処の農村にでもありそうなありふれた三世代の活動だが、その実態を見ると今の社会では見ることの少ない理想的な社会が実現している。月に一度でしかないが、過疎の集落が四十年もタイムスリップした日本の原風景に戻ってくる。

廃校寸前のふるさとの小学校は、全校生徒八名が設備の完備した鉄筋コンクリート造りの校舎で学んでいる。送迎も安全確保のため保護者やボランティアに守られる。復々々式授業の不自由さを除けば、大都会の学校とはさして変わらない。行政の行き届いた保護が学校生活を快適にしている。


竹の子学園では幼稚園の年長組から六年生まで十八名が在籍しているが、大抵のことは自力で行なわなければならない。朝礼などを行なう「さるすべり公園」から第一農園まで約八百メートル、さらに第二農園まで六百メートル、元へ帰るのに七百メートルを歩く。保護者の支援は許されないから、すべてリーダーの指示にしたがって自力で行動する。

五月は好天に恵まれたが、数多くの作業をこなした。午前中は田植えをして泥んこになった。着替えるには川で泥落としをしなければならない。安全に配慮しているが、蛇や蜂はどこに潜んでいるか分からない。狭い車道の白線にそって移動する。最近は車の通行が増えて油断はできない。第二農場ではサツマイモ、サトイモ、ナス、ゴーヤ、スイカ、カボチャ、ウリなど、指導員に教わりながら植えていく。母親はジャガイモの芽欠きや草取りの担当、父親は害獣の防護柵の整備や野菜たちの支柱を組み立てる。一日の歩行量は移動だけで二千八百メートルにも及ぶ。

不思議なことに親が傍にいなければ、決して弱音は吐かない。チームリーダーには素直に従う。そして頑張る。疲れた低学年の子どもはリーダーに手を引いてもらう。子どもたちだけの新しい社会が生まれる。ささやかな一日だけの子ども社会だが、社会規範を守らなければ仲良く過ごせない。

五月塾は「母の日」でカーネーション 六月塾の「父の日」は金メダル

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午前九時五十五分「朝礼を始めます。全員集合してください」、山野幸恵アシスタントの透き通った声が響くと、塾生たちは竹林の中や遊歩道から三々五々と集まる。整列しおわると「きをつけ!」、金本和宏リーダーの凛とした号令が掛かる。毎回のことだが姿勢の注意がある。揃ったところで「おはようございます」。続いて「十のお約束」の唱和、一日のスケジュール、注意事項の説明が終わると帽子をとり世話役に向かって「今日も一日よろしくお願いします」と礼をする。


田圃や畑での農業体験は毎年同じことの繰り返しに過ぎないが、自然はさまざまな表情で塾生たちをもてなす。晴雨に関わらず塾は開かれるから、戸惑いながらもあるがままの舞台で演じることになる。その上に五月塾では「母の日」、六月塾では「父の日」の行事が加わる。舞台裏を明かせば、その演出には苦心をしている。子どもたちが日頃は表現することが難しい親に対する感謝の気持を形にしなければならない。

「母の日」は定番のカーネーションに添えて感謝の手紙をそれぞれ朗読した。素朴な表現に涙する場面もあった。「父の日」は親子の魚釣りに金メダルを用意した。竹を伐って竿を作り糸と針を付ける。実はこのささやかな共同作業が父と子の心を通わす。みみずの餌をつけるときは大騒ぎ。日頃は接する時間が少ないようだが、この時ばかりは一心同体、まさに父と子だ。金メダルを首に掛けてもらうときの仕草は見る人の心をやさしくする。「初めての釣りやタマネギの収穫、クワの実拾い、柏餅づくりなど貴重な体験をさせていただき、子どもたちは父への手紙にそのことを書いて楽しさを思い返していました」。

親子が接する時間が短くなっていると伝えられるが、竹の子学園の一日は新しい親子の関係を生み出しているようだ。子どもはみんなの宝物、大切に育みたいと願っている。

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