東日本へ建築資材を届ける

東日本へ建築資材を届ける

成り行きは充分承知していないが、交流のある福島県・いわき市の志賀さんから社長に電話があった。会社も社員も家族も奇跡的に幸運に恵まれ全員助かったが、何といっても資材がなくお客様へのサービスが出来ないとの話。同じリフォーム会社だから窮状がよく理解できる。合板とブルーシートが足りない。依頼があった訳ではないがお節介をした。

 

西日本は震災を蒙った訳ではないが、オイルショックの時と同じようにモノがいっせいに消えた。東日本に集中したのか、頭の良い人が利益を得るために買い占めたのか、真実のところは分からない。しかし、モノがなくなり日々の仕事に支障が出ている。自分のことだけで精いっぱいだ。ピンチのときどうするべきなのか、社長と「人の道」について話し合った。

 

先ず動く。お節介でもともかく動く。いろいろなルートを頼りに当たったが買い置きはできない、トラックに積み込んで伝票を切るという。資材があるかどうかは分からないが、先立つものは現金とトラック。当てはないが4トン車をリースし、4/21にとりあえず資材集めに出発した。山口県・岩国市、広島県・大竹市、広島市、岡山市と回って手当てできた。

 

その日はやっと京都市内のサービスエリアに辿り付き、徒歩で市内に向かった。ホテルには大型車が停められないからだ。すべてを甘く見ていた咎めだ。乗用車と違ってスピードは出ない、ハンドルは重い。首都高速の渋滞に巻き込まれながら、22日午後10時ごろにはいわき市に入ったらしい。随行した大久保社員は余震で眠れず、ホテルのフロントで夜明かし。(次頁に続く)

 

 

23日朝、資材を下ろした後、地獄そのもののような津波の被害を横目に見ながら茨城県の前川林業へお見舞いに立寄る。千葉県を通過するあたりから歯痛に悩まされ始めたと連絡が入った。その後の経過はよく分からないが、帰社したのは4日目の4/24午後11時。2人とも疲れのほどは分からないが、ともかく無事でホッと一安心。

 

想像を絶する体験だったと思うが、現地の悲惨さを経験するとこの程度は何でもないらしい。苦労は不平・不満も愚痴も吸収するらしい。4/25は疲れた風もなく早朝掃除に参加した。大久保社員は休養を指示したとのこと。今回の三泊四日のドライブは費用と時間が掛かり、疲労困憊までお土産にした。しかし、お釣りが十分来るほどの収益があった。

 

何よりも凄惨な被災現場を見たこと。雑念なしに人のために尽くせたこと。中途採用の大久保社員と4日間一緒に過したこと。その体験で大久保社員が「この社長の下なら働き甲斐がある」と感じたか、それとも「こんな会社はご免だ」と思ったか、それは本人しか分からない。もしも感じるところがあったとしたら、会社にとってこれほど大きな利益はない。

 

東日本大震災に対してどのような支援が適切かは分からない。慰めの言葉も必要だろう。身の丈に合った義捐金も大切だ。しかし、それだけでは足りない。まして現地から遠い広島では、やがて時間の経過と共に気持ちは薄れていくに違いない。体験者と非体験者の溝は限りなく深い。お金でも言葉でも橋は掛からない。せめて現地を自分の目で確かめる。

 

そうすれば心のありようも変わるのではないか。もとの暮らしに戻りようもないが、復興まで何十年掛かるか分からない。しかし、心を寄せ続けることが出来るのではないか。いつの日か全員で被災者の皆さんと共に汗を流したいものだ。

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