掃除に学ぶ

2-1 ~戦争は終わっていない~

戦争は終わっていない

トイレ掃除、韓国へ

昨年の上海、本年2月のブラジルに続いて、トイレ掃除が海を渡るのは三度目です。

この度の訪問先は、在韓日本人のお年寄りを収容している韓国慶州のナザレ園。

なぜ、ナザレ園のトイレ掃除なのか、それについての経緯を述べさせていただきます。

戦争悲劇の象徴

慶州ナザレ園は、1972年10月韓国の福祉家金龍成氏の私財で開設されました。当時は、永住帰団する日本人女性の一時的寮でしたが、現在では、事実上永住帰国を断念した在韓日本人女性の、収容施設となっています。

収容されているのは、太平洋戦争の末期、韓国人男性と結婚し韓国に渡り、さらに朝鮮動乱に遭遇して、夫や子供を失い、蔑視や迫害のなかで、辛うじて生き残り、異国で天涯孤独になったおばあちゃん達です。

戦後五十数年を経たいまも、戦争の傷跡はいたるところで悲鳴をあげています。

忘れてならないのは、このナザレ園の運営が、戦争の被害者である韓国の篤志家たちによってなされているという事実です。

足立進さん

わたしの尊敬する人物の一人に、足立進さん(山口・㈱ぎじろくセンター社長)があります。

足立さんは、8年前偶然「ナザレの愛」というビデオを見る機会がありました。それで心を動かす人はあっても、身体を動かす人は少ない。

足立さんのすごいところは、すぐ事実を確認するため、単身で慶州に足を運んだことです。

その後8年間に8回も多くの人を誘い、ナザレ園を慰問のため訪問しておられます。その数は延べ300名を越え足立さんの年中行事のひとつになっています。

奇しくも足立さんが見た「ナザレの愛」のビデオは、鍵山秀三郎さんの制作によるものです。

ナザレ園掃除のきっかけ

上海掃除における鍵山秀三郎さんと足立進さんの出会いが、ナザレ園掃除のきっかけになりました。

実現までにはさまぎまな障害があったものの、単身ソウルに金龍成先生を訪ね、掃除の心を伝えてお許しをいただいたり、トイレの下見をしたり、準備を進められた足立さんの努力が実を結ぶことになりました。

もちろん鍵山秀三郎さんの心からの支援も、足立さんに大きな勇気をもたらしました。

泣きながらのトイレ掃除

足立さんの友人と㈱ローヤルの精鋭を中心にした40名の「そうじびと」が海を渡りました。

トイレ掃除に先立って、ナザレ園のおばあちゃんたちとの交歓会がありました。

在園者28名のうち半分以上は痴呆老人です。会話も十分できません。安芸郡出身者もおられましたが一言もしゃべれない。

ところが日本の童謡や、昔の流行歌を唄うときは、手を叩いて、歌詞も節もしっかり唄える。ときには笑い、ときには涙を流し、わたしたちの手を握りしめて離さない。

「日本の人と日本の歌をいっしょに唄うときが、おばあちゃんたちはいちばん幸せなのです。」と宋美虎園長のお話。

この人たちを不幸にしたのは、まぎれもなく日本の国です。日本はいま繁栄を謳歌していますが、世界のあちこちにまだまだ戦争の後遺症を残しています。せめて「まだ戦後は終わってはいない。」という思いだけでも持ち続けていたいものです。
(ナザレ掃除に学ぶ会より)

(97年7月)