親子農業体験塾『志路・竹の子学園物語』

⑩雨のち晴れ 終わりよければすべてよし~第八期の思い出と夢を大空へ~

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竹の子学園の開塾日は、天気予報がどうであれ、雨に縁がないと決めつけていた。ところが、平成二十三年十一月六日の卒塾イベントは、珍しく天気予報が当たり、雨のスタートになった。原則として晴雨にかかわらず開催と決めているため、塾生たちはあらかじめ雨具の用意をしていた。それでも午前中は収穫作業だから晴れに越したことはない。朝方から小雨が降っていたが、朝礼が始まる午前十時には一旦太陽が雲の間から顔を見せてくれた。「やった!」とバンザイしたものの、畑に入ったときは本降りになっていた。

結局、十一時半まで雨は降り続け、親子は泥んこになりながら、収穫作業に取り組んだ。ダイコンチーム、サツマイモチーム、ハクサイチームに分かれスタートした。悪戦苦闘したのはサツマイモチーム。土が粘く鍬がうまく使えない。親子が力を合わせても一筋縄ではいかない。幸い気温も高く風がなかったため、苦労を楽しんでいたようだ。ダイコンは小さい塾生の太ももほどに大きく育っていた。残念ながら手に合わず、親に助けてもらった。今年はハクサイも豊作で大きいものは四キログラムを超え、運搬に一苦労だった。最後は全員でタマネギの苗植え。二千本ともなれば半端ではない。すべての作業を終え予定通りサルスベリ公園に戻ることができたが、皮肉なことに途端に雨はぴたりと止んだ。天が意地悪したわけではないが、貴重な体験をさせてもらったと思えば腹も立たない。

昼食はお世話役の振る舞い。新米ご飯にシシ鍋。チームごとに子、親、世話役の三世代がテーブルを囲み交流する。食事の前に塾生から手づくりのプレゼントが、世話役一人ひとりに贈られる。このときのために世話役たちは、一年間無償で労力を提供していると言っていい。目の細めかたでそれがうかがえる。食事が終わると卒塾記念の手形押しにお餅搗き、誕生日を祝うハッピーバースデーの合唱、今期最後の「論語」の朗誦が終わったところで、子どもたちの巣立ちを祝うかのように太陽が再び顔を見せてくれた。自然も味な演出をしてくれる。午後二時、卒塾式が始まる。竹の子学園に在籍できるのは六年生までの決まり。今期は三名が巣立っていった。そのうち二名は、六年間も在籍してくれた。

「社会が子どもを育てる」仕組みをどのように作るか

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子どもたちも親たちも都会では得られない農業体験、自然体験を通じて好奇心を育て、学び取る力を自分のものにしていった。特に訓練したわけではないが、至るところに論語で学んだ「恕(じょ)」が見えてくる。午後三時、子どもたちの思い出や夢を乗せて、色とりどりの風船が大空へ飛び立った。午前十時、正午、午後二時、三時、この日の時間の節目である。「時を守る」「礼を正す」「場を清める」の三徳目を、行動を通して親子に身に付けてもらう。このことが日本人らしい「社会の規範を守る大人」に通じる。一連の行事は新幹線の時刻表のように進んでいく。子どもたちに強制は通用しない。自らの意思で時間が守られる環境を整えていく。そこに子どもたちの成長の証を見ることができる。自然の振る舞いが、結果として社会の規範を守っている。きっとよい大人に成長するだろう。

民主党は「社会が子どもを育てる責任がある」とマニフェストに掲げた。正しいと思う。しかし、現実には「子ども手当」のばらまきで終わった。社会が子どもを育てる仕組みには振り向きもしなかった。迷走した挙句、マニフェストの理念はどこかへ飛んでいった。無責任な政治家たちは「国民の生活第一」と声高に言うが、それは口先でしかない。

竹の子学園の取り組みは「社会が子どもを育てる」仕組みの一つだと自負している。しかし、開塾して八年間、市会議員をはじめとする政治家たちは、周辺の戸別訪問活動はしても地域の取組みには一顧だにしなかった。行政もまるっきり無関心だ。この体たらくでは頼りにならない。政治も行政も子育てに無関心だとすれば、地域社会の大人たちが、自ら仕組みを作り実践するしかない。結果として自主・自立の新しい社会が生まれることになる。だとすれば政治の無責任も逆説的だが悪くはない。「親不孝は親孝行の始まり」と同じことだ。地域の大人たちはがんばった。困難と思われた活動を成長させた。。

JAは農業や農民の役に立っているのか

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竹の子学園では数年前から新しい活動に取り組んでいる。近くの休耕田を活用して米作りを始めた。もちろん学園は作業ができないから、一切の管理は世話役たちにしてもらう。その代わりに米は責任を持って引き取り、周辺の団地の住民に斡旋する。新しいスタイルの都市と農村の交流プチモデルだ。一袋(三〇キログラム)当たり農協の引き取り価格に二千五百円を上乗せして斡旋する。平成二十三年産米は百袋を超えた。農家の手取りは二十五万円も増えた。消費者はスーパーの特売価格の二割引で求めることができる。これまでなら二十五万円はまるまるJAに入る。言い分はあるだろうが、JAを外したことで農家の手取りは三〇%も増えた。肥料・農薬や農業資材も、JAで購入するよりはるかに安い。その分だけ経営は安定する。

政治家がJAを守ろうとする動きは、農民の暮らしを圧迫しているのではないか。門外漢の勝手な言い分かもしれないが、JAなどの組織は不要ではないだろうか。ささやかな休耕田の米作り経験でしかないが、仕組みを変えれば生産者も消費者ももっと豊かになれるような気がしている。JAは農業や農民ではなく、己の組織を守るために動いているように思えて仕方がない。政治家も何らかの利権利益があるからこそ鉢巻を締めて「TPP反対」を必死に叫んでいるのではないか。

「子どもの教育」「高齢者の生き甲斐」「過疎の活性化」「都市と農村の交流」を掲げて「親子農業体験塾・竹の子学園」の活動に取り組んできたが、根本的な農業政策の改革なくしては目的も達成が中途半端に終わりそうだ。

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