世相藪睨み

まえがき

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まえがき

 ご縁があって、地元経済誌の月刊「広島ビジネス界」(展望社・発行)に2001年(平成13年)1月号から翌年12月号までの二年間、延べ24回にわたって拙稿を連載していただいた。タイトルは木原伸雄のちょっと・と~く「世相 薮睨み」》と題した。同誌での連載は、前作《一隅を照らす「掃除に学ぶ」》に続いて二度目になる。

 本書は、24回の連載記事をベースに加筆・補筆・改稿してまとめた。不合理・不透明な現代の世相に対する一市民の魂の叫びを、読み取ってくだされば幸いである。

 とはいえ、私の見当はずれな、独り善がりな見方もあり、また、時代の変化や流れの速さを追いきれず、切り口とか内容にややズレを生じた側面も…。あえて「薮睨み」と銘打ったゆえんであり、他意は全くない。どうかご賢察いただき、お許し願いたい。

 本書の発刊にあたり、超多忙な横浜市長・中田宏さんから得難い「巻頭言」をプレゼントしていただいた。志高く、先見の明も実行力も兼ね備え、日本の未来を託せる人物だ。

 畏友のODA氏(匿名希望)は、編集・校正などに揮身の力を込めてくださった。表紙デザインは、友人である濱本聡氏の力作である。印刷など、他にも多くの方々からお世話になった。ご厚意やお力添えに対して、心から感謝の気持ちを捧げたい。

                        
平成15年1月26日 木原 伸雄

巻頭言

[巻頭言]

身近な「気づき」から、世相の核心に迫る

 木原伸雄さんとは、「掃除の道」を歩く中で、ご縁をいただきました。

「トイレ掃除は心を磨き、人と人の結び付きを磨く」と、木原さんも述べておられますように、私自身も掃除活動から、実に多くのことに気付かされ、未熟な人間性を補わさせてもらい、木原さんをはじめとする数多くの志高い方々との揺るぎない信頼関係を築かせていただいています。

中田 宏
 (横浜市長 前衆議院議員)

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 木原さんによる24項目にわたる「ちょっと・と-く」は、いずれも現代の世相の核心に迫る内容で、大いに啓発されます。掃除などをはじめ日常の生活を通して、木原さんが「ちょっと」気付いたことを題材にして日本社会のモラル低下への懸念、激動の時代環境を乗り切る経営者としての苦労、未来を担う子どもたちに寄せる期待、あるいは改革が一向に進まない国政に関する叱咤や提言などにまで及び、鋭く多彩に熱意を込めて、「と-く」は拡がっていきます。

 「掃除人」を自認され実践されている木原さんならではの視点であり、着眼ですが、私にとっては、世相を読み解き、次の一手を考えるヒントを与えてもらっています。

「何ともやるせない世相である。まともなことが隅へと追いやられ、無理難題が唯々として通る世の中になってしまったのか。景気はどん底でも、人の心まで卑しめたくないと、つくづく思う」・・・。本書からの抜粋です。

 憂いが深まる中でも、決して希望を見失わず、勇気をもって「心を磨き続けていく」力強い精神と本物の姿勢に、あらためて学ばせていただくとともに、新たなる勇気と意欲を奮い起こしています。

 私の政治家としての原点は、「身の回りの掃除もできない人間に、世の中の掃除はできない」という松下幸之助氏の教えです。松下政経塾時代の私は、仲間と共に毎朝6時前に起床して朝食前の掃除を続けることで、実は、高邁なる議論よりも身の回りの掃除によって、様々なことに気付かされることを知りました。

 この松下政経塾時代に、「掃除道」に導いてくださったのが、㈱イエローハットの創業者であり、今や「掃除の神様」ともいわれる鍵山秀三郎氏です。政経塾生一年目の秋、鍵山氏は、私たちを前に講話を終えると、すぐに塾内のトイレに行き実際にスポンジを直接持って、便器に素手を突っ込んで掃除を始められました。

 鍵山氏との強烈な出会いは、私の運命を変えたのです。

 その後まさに公私にわたりご指導を受けることになり、今も政治家として、一人の人間として、私の行動の仕方を選択する上で、鍵山氏抜きには全く考えられません。そんなご縁続きによって、かけがえのない木原さんとの出会いにも恵まれたのでした。

 木原さんは、私が衆議院議員だった時代から、毎年欠かさず広島で、有志の方々と共に「万緑の会」と銘打って、私を囲む懇談の場を設けてくださっており、それは横浜市長に就任した現在も続いています。私にとって、自分の身体を一見して自らと無関係、無利益な地域に運んで交流することは、本当の意味で日本全体の構想を考えることができる、またとない貴重な機会にもなっています。

 私は相変わらず、掃除も、政治家としての仕事も、無我夢中の毎日です。日常での「気づき」があっても、それらを頭の中でまだ完全に整理できないままでいます。

 しかし、さすがは木原さん。掃除を通して得た「気づき」が、すべてに当てはまることを、きちんと整理してくださいました。私にとって頭の中でつながっていない数々のことを、ありがたくも本書から学び取らせていただいています。

 そして、学んだことは、「いい勉強になった」と言って終わるのではなく、実際に役立てて、しつかり実践いたします。

No.1 ~看板倒れのあいさつ運動~

看板倒れのあいさつ運動

標語のオンパレード

「まず笑額 あいさつ交わそう自分から」
「すすんであいさつ 広がる笑顔」
「あいさつは心と心 つなぐ橋」
「あいさついいかお うれしいね」
「あいさつでみんなの心が 通じ合う」
「おはようのことば一つで えがおが二つ」
「笑顔であいさつ うれしい予感」
「あいさつで こころがほっかほか」
 これらの標語は、各小学校の周辺に張り巡らされている横断幕や懸垂幕の実例である。

 そして標語には「○○地区社会福祉協議会」「○○地区ふれあい推進協議会」「○○市あいさつ運動推進協議会」などの団体名が、麗々しく付記されている。

 

でも、誰もあいさつしない

 地域にはいろいろな協議会があり、いろいろな人たちがあいさつの大切さについて熱心に、侃々諤々、口角泡を飛ばしている。学校でも、校長先生をはじめ多くの先生方が、あいさつの大切さを説いてやまない。

 でも、誰も先にあいさつしない。会社でも、社長が真っ先にあいさつすれば、社員はみんなあいさつを返す。学校でも、先生が先にあいさつすれば、生徒はみんなあいさつを返すに違いない。地域でも、まず大人が先にあいさつすれば子供は必ず返す。「あいさつ運動」などを派手に展開しなくても、誰かが先にあいさつすれば必ず返ってくるのに、しない。

 なぜか…。あいさつは簡単なようだが、実はむずかしい。昨今のように、親も先生も大人たちも、他人のことに無関心なままでいると、あいさつなどは不要になる。あいさつを互いにしなくても多少の不愉快な思いをする程度で、それぞれ生きていくのに何ら支障はない。だから、あいさつなど煩わしくなる。

 

先哲の教えに学ぶ

 偉大な教育実践者であり、哲学者として知られる森信三先生は、①親に先にあいさつする②ハイと返事をする③はきものをそろえる――この三つが出来る子供は第一等であると教えられた。朝の明るいあいさつは、人間として生きていく上での基本であり、一日の始まりが気持ち良ければ、すべての運命が好転するとも教えておられる。

 わたしの場合、我が社の社員に対して朝のあいさつは先にする。退社時の社員によるあいさつには、座っていても立ち上がって返すことにしている。それだけで全員が完ペきにあいさつ出来るようになった。

 森信三先生が示された教えの通りである。

子供は全員あいさつが出来る

 わたしはある動機から、毎朝のように続けている地域清掃の時に出会う、すべての子供たちに自分からあいさつを始めた。あいさつなどしない時代の子供だから、出来るようになるには時間がかかる。毎日続けて四年目。出会う子供たち全員が大きな声であいさつを返すようになった。たったの四年である。

 その経験を踏まえて、現場の教師に「あいさつ運動」の推進について意見を聞いてみた。
「教師が先にあいさつしても返事がなかったら、続けるのは一週間が限度」という。

 子供は人生経験が未熟なだけに、親も教師も地域の大人たちも、正しいことなら多少押し付けがましくても粘り強く続けてみてはどうか。それも真の愛情と思えるが…。

 あいさつが出来ないのは子供よりも、無関心で無責任な大人たちの責任といえよう。

(2001年1月号掲載)

No.2 ~手作り弁当を見直す~

手作り弁当を見直す

 

街角のコンビ二風景

 まだ夜も明けきらない朝六時半ごろ、街角にあるコンビニの駐車場に、トラックが次から次へと乗り入れている。

 そしてドライバーらはコンビニのドアを開ける。やがて、作業服に身を包んだ屈強な男たちが、ポリ袋を提げて早足に出てくる。いずれもポリ袋の中身は弁当である。一段落して、次の賑わいとなるのが午前七時半ごろ。この時間帯の主役は高校生たち。パンをかじりながらソフトドリンクを飲む。これは彼らにとって朝食代わりとなる。

 正午前後になると、サラリーマン、職人、勤め中らしき主婦たちでコンビニ前に行列ができる。もちろん昼弁当を求めている。

 下校時になると、もう一度、高校生らが、それに中学生らもコンビニに姿を現す。この時の目的はイロイロで、間食が主役となる。

 これらの風景は、日本全国の至る所で見掛ける日常茶飯事のひとこまになってしまった。妻や母らはどうしているのか。

 

喜ぶべきか、憂うべきか

 2000年2月の決算で、セブンイレブン・ジャパンは、ダイエーから売上高日本一の座を奪った。百貨店のそごう、スーパーのダイエー、マイカルなどは、厳しい不況風にさらされて店舗撤退も相次いでいる。

 にも拘わらず、コンビニ各社は出店を続け、売り上げを伸ばし勢いを増してきている。

 アナリストたちは、5年後もセブンイレブンが小売業のトップに君臨するだろうと予測する。あるアナリストは、ベスト5のうち3社までもコンビニが占めると言う。

 ますます暮らしは便利になり、冒頭で点描した風景は、増えこそすれ減ることはない。この現象を喜ぶべきか、それとも憂うべきか。

 便利に暮らすことが、人生の最大の目的であれば、それも良し。そうでなければ、この現象はあまりにも悲しいではないか…。

 

手作り弁当は単なる郷愁か

 私は、手作り弁当派である。中学生の時から現在まで、必要ならば一日たりとも手作りの弁当を欠かしたことがない。家庭を持って四十年、弁当作りは常に妻の役割である。

 数多くの人がコンビニで弁当を調達するのには、それなりの事情もあろう。

 しかし、どんな事情があっても、″戦場に赴く″一家の大黒柱に、コンビニの袋を持たせるようでは、妻たるものの資格が問われる。

 ましてや、かわいい子供たちにパンと牛乳で、しかも大切な朝食を立ち食いなんぞで済まさせて良いはずはなかろう。

 弁当に限らず、外食しないことを誇りとする我が家の習慣を、「時代錯誤だ」と冷やかす友もある。「単なる郷愁にすぎない」と軽んずる人もいる。果たして、そうだろうか…。

 

感謝の心を育てる

 私は、我が社の社員にも手作り弁当の持参を勧めている。一家の大黒柱としては、妻に対して手作り弁当を要求するくらいのわがままは、許されても良いと思う。

 世の中の平和が続き、モノが豊かになり、暮らしが便利になった。その分、家族同士といえども人間関係が希薄になっている。世間を騒がす不幸な出来事も、家族の心の通い合いの少なさに原因の一つがあるように思えてならない。

 手作り弁当を開いたとき、作った人に感謝する心が自然に湧き出てくるはずだ。それは朝早く起きて弁当を作ってくれた妻への思い、親への感謝の思いである。

 暮らしの便利さに流されて、かけがえのない人間らしい豊かな心を失ってはならない。

 手作り弁当は、日常生活の中で、あたたかい人間性の回復、そして家族愛の再確認などの大いなる手段の一つであり、何よりも感謝の心を育てる良き習慣と信じて疑わない。

(20001年2月号掲載)

No.3 ~小さな実践で蘇る″美″~

小さな実践で蘇る″美″

慶州の旅から学ぶ

3年前、韓国の慶州を旅したことがある。慶州は、歴史上で初めて朝鮮半島を統一し、栄華を極めた新羅の王都だった地である。

旅の主な目的は、年老いた在韓日本人女性を収容している『慶州ナザレ園』を慰問することにあったが、学ぶ事も多かった。

慶州ナザレ園は、1972年に韓国の篤志家によって開設され、当初は永住帰国を願う日本人女性のための一時的な寮であった。現在では事実上、永住帰国を断念した在韓日本人女性の収容施設となっている。

その施設を定期的に訪問して、異国で天涯孤独になった日本人女性の慰問活動を続けている畏友の志に、私もいたく感銘を受けて、実は同行させてもらった旅である。

ゴミ一つない世界遺産の美都

帰途、世界遺産に登録された『仏国寺』や、昔人の信仰心と美意識を伝える『石窟庵』などを巡った。国宝の数々、世界最古の木版印刷物とされる『無垢浄光大陀羅尼経』などに接して、偉大な先人の文化を偲んだ。そして、すばらしい国民性にも気付いた。

この国には、孔子の思想に基づく儒学の教えが日常生活の隅々にまで根付き、脈打っているという。それは「年長者を敬う」「人に迷惑をかけない」「私より公を優先する」など、人々の生活態度からも証明されよう。

私は意地悪くも、観光客で溢れる仏国寺の広い境内や長い参道を見回した。驚いたことに、たばこの吸い殻など一本も見当たらない。空き缶やペットボトルも放置されていない。

常駐の清掃員がいるわけでもない。みんながゴミを捨てないようだ。くわえたばこで歩く人もいない。何かを飲みながら歩く人さえいない。ゴミが全く無いはずである。

参道には新羅様式の土器の壷が、優雅に配置されている。この土器はゴミ箱らしい。だが内部はきれい。もしかしたら、歴史の威厳と伝統に押されて、人に迷惑をかけるような行いなど出来ないのではないかとも思えた。

広島は美しい街か

ある財界人と話す機会があった。話が弾んだ末、広島の景観について意見が分かれた。財界人が主張されるように、広島の山、川、海などの自然は確かに美しい。しかし、街は汚れている。美と醜が混在しているのだ。

広島の汚れっぷりは、街を歩かない人には見えない。お迎えのハイヤーなどで通勤する人に、実情なんて分からないのだろう。

「一週間でいいから、バスで通勤してみませんか。横断歩道で信号待ちをしたり、バス停に立って辺りを見回してください。街の汚れか一目瞭然に見えますよ」と勧めてみた。

くわえたばこで歩く人、路上に唾や痰を吐く人、辺り構わず吸い殻を捨てる人など、公徳心に欠けた人たちの傍若無人な振る舞いは、目を覆いたくなるほど…。

彼らには一度、韓国の慶州と、日本の広島の違いを、ぜひ実感してもらいたいものだ。

微差は大差となる

たばこの吸い殻など、ゴミを捨てる人は、ゴミを拾わない。ゴミを拾う人は、ゴミを捨てない。この差は、僅かなようであるが、積もれば大差になる。

自慢するわけではないが、私の「ゴミ拾いながら通勤」は、十年を超えた。初めの頃に比べるとずいぶんポイ捨ては減ってきた。それでも一日に吸い殻の二百本や三百本は拾う。

「吸い殻を拾え」とまでは言わない。せめて捨てないようにして欲しい。ただそれだけのことで、韓同の慶州にも負けない美しい街が広島にも戻ってこよう。

(2001年3月号掲載)

 

No.4 ~公園活用の知恵ほしい~

公園活用の知恵ほしい

公園は誰のためにあるのか

我が町の公園は、大小合わせて約200カ所ある。人口が6万人強だから、ざっと300人に1カ所の割合になる。この公園の数が多いのかどうかは分からない。要は有効に活用されているかどうかだと思う。

その実態を知りたくて、小春日和の日曜日、近隣の公園を散歩がてら巡回してみた。

意外なことに、公園でただの一人も子供たちの姿を見掛けることが出来なかった。偶然が重なったのかもしれない。それにしても異常ではないか。

父親とキャッチボールを楽しんでいた小学生は何処へ行ってしまったのか。

サッカーボールを蹴っていた子供たちの集団は何処へ行ってしまったのか。

人の姿と言えば、よちよち歩きの乳飲み子たちを遊ばせているヤンママたちに出会っただけである。

どうしたことだろう。もはや公園は、子供たちとは無縁の存在なのか。

「公園は汚い」と言う子供たち

公園には三種の神器ともいえる滑り台、ブランコ、砂場が設置してある。鉄棒を備えた公園もある。大規模な公園になると、テニスやソフトボールが出来るものもある。

子供たちに尋ねてみた。「なぜ公園で遊ばないのか」と…。「面白くない」と言う。「汚い」と言う。「ブランコや滑り台に興味はない」と言う。それに「塾やファミコンに時間を取られて、公園にくる時間なんてない」と言う。

「お父さんと、キャッチボールなどしないのか」と聞いてみた。「ずれてる」と笑われた。

どこの公園でも、確かにブランコも滑り台も赤茶色に錆びている。遊ぼうにも二の足を踏むような状態にある。

砂場を掘り返してみた。すると、ペットたちの糞が無数に出てきた。匂いもきつい。ペット愛好家にとっては、格好の屎尿処理場代わりなのである。

公園のゴミ箱は不要

面白いことに気付いた。例外なく、ゴミ箱のある公園は汚く、ゴミ箱のない公園は比較的きれいなのだ。これは興味深い。

ゴミ箱があると、かえって気が咎めないのか、ポリ袋に包んだ家庭ゴミが、その周辺までも平気で占拠している。

しかも至る所に空き缶やペットボトルなどが放置されている。ベンチの周りにはたばこの吸い殻も散乱している。一方で、ゴミ箱がないと良心が咎めるのか、ポリ袋に包んだゴミは見当たらない。空き缶やたばこの吸い殻も比較的少ない。

こういう傾向を見ると、人間の心理として、汚い所は遠慮会釈なく汚すことが出来る半面、きれいな所は汚せないらしい。とすれば、ゴミ箱を撤去してみてはどうか。きっと格段にきれいな公園になるに違いない。

変化していく公園の役割

地域に公園は不要だと言う人はいないだろう。「憩いの場所」と定義するのに異論をはさむ人もいないだろう。

どうしたら公園が本来の姿を取り戻せるのか。どうしたら子供たちが公園に帰ってきてくれるのだろう。子供は少なくなり、老人は増えてくる。もっと、公園の目的も役割も変化していかなければならないと思う。

なぜだか公園の設備は、ここ数十年来、全く変わっていない。折角の公園だから、もっと生かして使う知恵がほしい。公民館などの箱物では果たせない、大きな役割があるような気がしてならない。災害時の避難場所としてだけでは、あまりにももったいない。

(2001年4月号掲載)

 

No.5 ~徒歩通勤のお勧め~

徒歩通勤のお勧め

教師らの通勤手段を再考

我が町には、高校が2校、中学校が4校、小学校が9校ある。そのためもあってか、新学期が始まってから、通勤時間帯の道路は車で渋滞している。

これは、大半の教師らが車で通勤していることを示している。その台数を調べてみると、アバウトながら1校の平均は60台程度、全体では900台~1000台と推定されよう。

教師らの車通勤にケチをつけるつもりはサラサラないが、実のところ、この事実は容易ではない問題を含んでいる。

私は教師らの通勤手段として、公共の交通機関の利用もしくは徒歩通勤が望ましいと考えている。その理由について述べてみたい。

生徒たちに危険はないか

通勤に使う教師らの車はすべて校内に駐車され、既に校舎の周囲、グラウンドの一部が駐車場化してしまっている。

車1台に必要な駐車スペースは約15平万㍍、通路を含むと27平方㍍。合わせると、1校あたり1200平方㍍を超えていよう。

車社会では当たり前のように見える駐車風景も、本来なら生徒たちに提供されるべきスペースが、車のために制限されている事実を前に、いささか首をかしげざるを得ない。

その面積が多いか少ないか、そういう用途が適切かどうか、見解は分かれるところだ。

だが、少なくとも生徒たちの自由闊達な動きが制約され、車を動かすときに事故さえも起きかねない危険性も、予測できる。だから、やはり黙視はできない。

朝の掃除活動で目撃すること

私は一週間のうち5日間、どこかの学校周辺で、相変わらず掃除をしながら、通学する生徒たちに「おはよう!」と、声掛けをしている。生徒からも元気な返事が戻ってくる。

そこで目撃するのは―。今の時代だから当然かもしれないが、徒歩で校門をくぐる教師らの姿はなく、ほとんどが車で乗り入れてくる。ここで問題なのは、校門のくぐり方である。

車だから、登校してくる生徒たちの歩みを一旦止め、そのまま無言で通過する教師らの多いこと。まるで暴走族並みではないか。

目前を走り抜ける教師らの車を見て、生徒たちは教師に何を感じるだろうか。まさか「素晴らしい先生」と、尊敬の念などは抱くまい。

稀に、一時停車して、車窓を開けながら「おはよう!」と声を掛ける教師もおられる。これは見ていて微笑ましい。生徒側も、心弾む思いで校門をくぐるのが伝わってくる。

思い切って車を捨てよう

私の場合は、1.5kmの道を徒歩通勤し続けて十年を超えた。車を使わない通勤は、メリットもいろいろ…。限りある資源を浪費しないし、地球環境をも損なわない。

それは微々たる試みかもしれないが、地域に脈打つ自然にも身近に親しむことが出来るし、何よりも通学中の生徒たちと笑顔で触れ合えるのが心楽しい。

長く続けていくうちに、大人と子供を隔てていた垣根も、いつの間にか取り除かれている。そこには温かい思いやりや相互信頼も生まれる。大きな声で「おはよう!」と元気なあいさつを交わすことにより、良い一日のスタートが踏み出せる。お互いに幸せを感じる。

私は、教師の皆さんにはぜひ思い切って車を捨てていただきたいと願っている。

バス停からのわずかな距離でも構わない。徒歩で通勤すれば、私が味わっているのと同じような幸せを、まず朝一番に実感されるはずである。

もし心ある教師らが、生徒たちと同じように徒歩通勤で校門をくぐるようになれば、必ずや、日本の教育はより良い方向に変わり始めるに違いないと思える。

(2001年5月号掲載)

 

No.6 ~大企業の横暴に物申す~

大企業の横暴に物申す

大企業の系列化に抵抗

私にとって掃除活動の先輩になる植田氏は倉庫業を営んでいる。主たる取引先は、旧財閥系の化学商品メーカーの大手M社である。

植田氏の会社は、M社と長年にわたり良好な関係にあった。長い不況にも関わらず、業容も安定している。

バブル崩壊後、業績の低迷しているM社は、実績の良い植田氏の会社を支配下に置くことを画策した。

取引上、植田氏の会社はM社の系列下にある。しかし、取引のウエートは高いものの、資本的な系列下にはない。大手企業といえども、資本の入っていない系列会社に強権を発動することは出来ない。

遅々として進まぬ系列化交渉に、業を煮やしてM社は嫌がらせに出た。

つまり、経営陣の強化に名を借りた人材の派遣をはじめ、荷動きの操作から、支払いの遅延、手形の長期化まで…、値引きの要求などは序の口である。言葉にするのも忌まわしいほど、卑劣極まる手練手管のすべてを使ってきた。

「無理が通れば道理が引っ込む」事態を潔しとしない植田氏は、敢えて困難な道を選び、自らM社に対して取引の中止を通告した。

広い倉庫は、やがて運動場と化すだろう。大企業の横暴の前には、進むも地獄、退くも地獄である。

若い社員に怒鳴られる

私は住宅リフォーム業を営んでいる。過日、住宅機器メーカーT社に勤める社員の自宅のキッチン改装工事を請け負った。キッチンはT社製品のため、現物支給であった。

たまたま私が現場を巡回した時、その社員は自宅に立ち寄り、革靴を履いたままキッチンの組み立て工事を監督していた。

我が社の工事現場では、現場を損傷するおそれのある革靴は厳禁している。そのために「スリッパに履き替えるよう…」お願いしてみたが、無視された。若い社員にはよくあることで気にも留めなかった。

いつものことだが、現場を退出するとき、キッチンを組み立てている職人さんに「完了時の掃除をよろしく」と声を掛けた。

突如、頭の上から社員の怒声が飛んできた。「お前らは何の資格があって、ウチの職人にガタガタ言うんなら! いらんカバチをたれなや」おっかぶせるように「わしゃ施主ど」。

更に、聞くに堪えない暴言を浴びせられた。施工業者の立場なのに施主の社員に注意したのが、気に障ったのかもしれない。あるいはT社の下請けと勘違いしたのかもしれない。

いずれにしても彼らが、下請け業者や自社の職人など、立場の弱い人間に対して、このような暴言を日常茶飯事に吐いている証拠と思えてならない。

考え違いをしていないか

T社が住宅機器の有力メーカーであることは事実である。事実ではあるが、T社は住宅機器を製造しているだけで成り立っているのではない。言うまでもないが、製造した商品を購入してくれる顧客があり、それを施工する業者があってこそ、T社も存立できる。

そんな道理がよく理解されていれば、前述のような若い社員の暴言などはあり得るはずがない。どういう立場であろうとも、嫌がらせや暴言がまかり通ると考えるのは、大企業特有の傲慢であり、横暴と言えよう。

経営の神様、松下幸之助翁は「松下電器は商品ではなく人間をつくっている」と教えられた。M社やT社のトップらにも、松下翁の至言をいま一度、熟読玩味してもらいたい。

(2001年6月号掲載)

 

No.7 ~履物を揃える効能~

履物を揃える効能

道元禅師の教えを知る

曹洞宗の開祖である道元禅師は、日本思想史上で最も優れた思想家の一人といわれる。

道元禅師の思想は「只管打坐」(ひたすら坐禅に努め、日々の行がすべて坐禅に通ずる)で表されるように、仏道の行(坐禅)を真剣に実践し、それに専念することのようだ。

著述のうちでは『正法眼蔵』九十五巻が名高く、曹洞宗の本質・秘奥を和文で説き明かしている。内容は、広く仏道の教義、神髄から坐禅、修行、嗣法などに関する日常の行い作法に至るまで懇切丁寧に集大成してある。

その至高で奥深い独自の境地は、中国や日本の禅書に類を見ない卓絶したものとされ、日本人の書いた最高水準の哲学書としても評価が高い。いつかは私もひもときたい。

道元禅師は、仏道の修行の一つとして「自分の履物を揃えられないようなものに何ができるか。まず、履物を揃えることから始めなさい」と修行僧に教えられた。この教示は、『正法眼蔵』でも言及しているという。

私はその教えを、四年前に「長野掃除に学ぶ会」に参加したとき、長野市内にある曹洞宗・円福寺の藤本幸邦老師による講話から学び取らせていただいた。

履物を揃える意味

講話の中で藤本老師は「履物を揃えると家族の心も揃う。それはやがて、世界中の人の心も揃うことにつながる」と強調された。

その教えに感動した私は、我が家で履物を揃えることを即、その日から実行に移した。

藤本老師の教えは、家族全員が自ら気付いて、自分で履物を揃えられるようになるまで、黙々と揃え続けることだった。

履物を黙って揃え続けるということは、簡単なようでも意外に難しいものである。

半年すぎても全く変化なし。きちんと履物が揃っていることに、家族の誰もが気付かない。怒鳴りたくもなってくる。

藤本老師に手紙で理由を問い掛けてみた。すると「揃える人の心が穏やかでないと、家族は気付かないだろう」というご返事…。

そのうち、ようやく家族も揃えるようになった。こうなると不思議なもので、履物を揃えることが、とても楽しくなる。

町内の会合に出席しても、乱れている履物を黙々と揃えることが出来るようになった。気付いて改まるまで何度でも繰り返して…。

行きつけの病院に通ったときも同様である。しかも、誰にも悟られないように、履物を揃えるコツも覚えた。

子が親を導く情景

しかし、やはり一般大衆は家族よりも難関である。一向に気付かず、改まる気配もない。

公共の場で履物を乱しているのは、若者以上の大人が大半である。子供や幼児は比較的よく揃えている。これは、学校や幼稚園の躾(しつけ)が行き届いているせいだと思う。

ある公民館で、自分の履物を揃えている小学生を見た。「ぼく、すごいなあ!」と、思わず頭を撫でていた。

同伴の父親は、歩幅のまま履物を脱いで会場に入ろうとする。「パパ、きちんと揃えないとダメだよ。またママに叱られるよ」

だが、父親は息子の忠告を無視して会場に入った。息子が追っ掛けていく。やがて父親は後戻り。乱れた自分の履物を揃えた上で、息子と手をつないで会場に入っていった。

良い子供を持った親は幸せ者であろう。うっかり親が誤った行いをしても、子供の方から親の誤りを正そうとする。

たかが履物というなかれ。履物の揃え方だけで、その家族の穏やかさまで見えてくる。履物を揃えれば、心も揃う。

(2001年7月号掲載)

 

No.8 ~我が振る舞いを律する~

我が振る舞いを律する

講演会場での不作法に閉口

「講演中は、他のお客様の迷惑になりますので、携帯電話のスイッチをOFFにするか、マナーモードに切り替えてください」…。

最近、どこの講演会場でも主催者側から聴衆に、このような注意のアナウンスが絶えない。それだけ、携帯電話の普及と共に不心得者たちが増加しているようだ。

先日も、私自身が経験したことだが、あるセミナーで講演していたところ、突如としてテレビドラマ「水戸黄門」のテーマソングが流れてきた。続いて「もしもし」という無遠慮な男性の声。そして何やら話しながらドアの外へ。しばらくして、その人は、何事もなかったかのように着席した。その態度から推して、こんな行為はしょっちゅうらしい。

講演などに慣れていない私は、一瞬にして話すペースを崩してしまい、立ち直るのにしばらく時間がかかった。その上、盛り上がっていた会場の雰囲気までも冷めてしまった。

男性による同じ行為は一度ならず、更に数度繰り返された。他の受講者も集中できず、結局は散々なセミナーになってしまった。

驚異的な携帯電話の普及に問題はらむ

携帯電話の普及は、世のひんしゅくを買う不作法を数々生んだ半面、その利便性は、日々の暮らしまでも一変させてしまった。

1995年末に、日本の携帯電話加入者数は約一千万人であったのに、五年後の2000年末には、六千三百八十八万人にも及び、なんと人口普及率で550%を超える勢い。その後も急増する一途である。機能面も多彩になった。

中でも、急速にシェアを伸ばしてきたJ・フォングループの売り上げは、2001年3月期で一兆円を超え、経常利益も一千億円に迫る巨大企業に大化けしてしまった。

携帯電話の普及ぶりは、数多くの利便を人々に与えたが、その一方で予想もできなかった特異な犯罪の温床にもなっている。文明の利器というものは、使い方を一歩誤ると、人命すら簡単に奪う凶器となり得る。

普及が最も顕著な女子学生の場合、その台数が三百万台を超えたといわれる。通話料は、一人平均一万六千円で、その費用の52%が親の負担だという。こうした事実から、新たな問題を生み出すのも十分に危惧されよう。

正しく使いこなしたい「文明の利器」

明時代の処世哲学書『菜根譚』の教えに、「逆境にあるときは、身の回りのすべてが良薬となり、節操も行動も、知らぬ間に磨かれていく。順境にあるときは、目の前のものすベてが凶器となり、身体中、骨抜きにされてもまだ気付かない」とある。自戒を促される。

ともかく、携帯電話を重用している人たちのマナーはあまりにもお粗末で悪すぎる。東京都では、公共交通機関における携帯電話の使用を禁止した。一般交通機関でも使用自粛を呼び掛けているが、実績は上がらない。

いっそのこと、新幹線やバス・電車などの公共交通機関では、東京都並みに携帯電話の使用を禁止してみてはどうだろうか。

いやいや、新幹線の喫煙車両と同じように、携帯電話の使用OK車両を定め、不作法者を一つの箱に乗せるのも面白かろう。お互いに快適な旅ができること請け合いである。

文明の利器は、正しく使ってこそ価値を生む。間違った使い方は世の中までも歪めてしまう。携帯電話に限らず、何事も「我が振る舞いを律する」ことから始めたい― と痛切に思う。

(2001年8月号掲載)

 

No.9 ~空き缶回収の値打ち~

空き缶回収の値打ち

すさまじい飲料缶の消費量

最近、ペットボトルに押され、やや消費が伸び悩んでいるとはいえ、わが国の飲料缶(ビール及び清涼飲料)の需要はすさまじい。一年間で353億缶にも達し、そのうちアルミ缶の割合は448%で、167億缶(26万トン)にもなるから驚きだ。

わが国のアルミ缶消費は、アメリカの1000億缶には遠く及ばないものの、西ヨーロッパ15カ国の全消費量を上回っているほど。

特筆できるのは、アルミ缶のリサイクル率が81%で、大量消費国としては世界でトップの回収率を誇る。しかも再生使用量は80%を超え、135億缶が、再び市場へお目見えしていることも知っておきたい。

アルミを飲料缶にすることの是非はさておいて、アルミ缶回収率を高めれば高めるほど、省エネ効果が発揮される。ご存じだろうか?

アルミ缶が捨てられない理由

アルミニウムは天然資源のボーキサイトからアルミナを抽出し、これを電気分解して金属化する。この工程で多量の電気を消費するため「電気食い虫」と別称されている。

一度、金属となったアルミニウムは、新地金を製造するときに比べ、わずか約3%のエネルギーで再生地金になる。

また、再生地金になったアルミは、何度でも再生地金としてリサイクルが出来る。

2000年に回収され、再生地金になったアルミ缶21万トンは、ボーキサイトから新たに地金を造る場合に比べて、42億キロワットもの電力量を節減している。これは首都圏の一都四県(計1414万世帯)の一カ月分の消費電力に相当するほどだ。

アルミ缶を粗末にしてはならない理由が、ここにある。

回収活動を続ける子供たち

小・中学校の総合的学習における環境問題に関する取り組みは、時代の花形といえよう。省資源・省エネについて学習し、日常活動に変えていく子供たちや学校が増えている。

学んだだけでは役に立たない。学んだことを実践して検証しようとする新しい試みだから、実に意義深い。

広島市安佐北区にある市立日浦中学校の生徒らの取り組みも、その一つである。

同校では、昨年9月から二年生の子供たちがアルミ缶の回収活動を始めた。目的は、資源の再利用とともに身体の不自由なお年寄りに「車いす」を贈るためである。

アルミ製の「車いす」は、1台10万円もする。アルミ缶は1キログラム当たり50円で引き取ってもらえる。

アルミ缶一個の価格は約70銭。10万円を貯めるには、15万個という気の遠くなる数量が必要となる。

アルミ缶が「車いす」になる

子供たちは、当初三年間で10万円貯めることを目標にしていた。ところが、二年生の取り組みを知った他の学年の子供たちもバックアップした。地域でも協力の輪が広がった。

自分たちのアルミ缶回収活動が、地域にも認められて、社会のために役立つことを知った子供たちは、さらに燃えた。

その成果がすごい。わずか10カ月間の活動で念願の「車いす」を手にすることができたのだ。汗と努力の結晶といえる「車いす」は二学期の初めに子供たちから、地域の老人ホームに贈られる。まさに快挙である。

何気なく空き缶をポイ捨てする大人たちよ、平気で町をゴミで汚す大人たちよ、子供たちを範とすべきではないか…。

(2001年9月号掲載)

 

No.10 ~トイレ磨きは心磨き~

トイレ磨きは心磨き

卒業記念にトイレ掃除

今年の3月、広島市立落合小学校の卒業生たちが、卒業記念にトイレ掃除をした。トイレ掃除とはいえ、棒ずりでこすって水を流して終わりというような簡単な作業ではない。

事の発端は、総合的な学習の一環として、同校の六年生が「環境問題に関する企業の取り組みについて、インタビューをしたい」と我が社を訪問してくれたことからである。

そのインタビューの中で、私たちが取り組んでいる地域美化活動の一つである「JR駅のトイレ掃除」に対して、子供たちは強い関心を示した。これに質問も集中したほど。

そして、「学校のトイレは、汚れていて匂いがきつい。自分たちで便器をピカピカにして卒業したい。掃除を教えてほしい」と、子供たちは目を輝かせた。

最初は有志7人ほどであったが、いつの間にか卒業生全員の83人にまで、参加者の輪が増えたのである。

我が社の取り組んでいるトイレ掃除は本格的で、徹底しており、すべて素手で行う。黄ばみを取り除き、尿石までも除去する。

子供たちは、指導する私たちにも負けないくらい懸命に取り組み、全校のトイレをピカピカに変えてしまった。まさに『卒業記念・トイレ磨き』である。

子供らのまとめた感想文集を発行

子供たちにとって、汚いトイレ磨きは初めての経験で、当初は戸惑ったに違いない。もしかしたらイヤだったのかもしれない。しかし、便器が輝くにつれて夢中になっていく。

そんな心の動きを子供たちは感想文にまとめて、私に届けてくれた。読み進むうち、あまりにも純真で無垢な彼らの姿を知って、感動で涙が止まらなかった。

「これこそ記録に残しておこう。彼らが大きくなってから、小学校6年時の自分の感想文を読んだら、きっと何かを感じ取ってくれるに違いない」

早速、制作・製本に取りかかり、B6判・100ページの小冊子として仕上がった。初版はコスト面を配慮し、5000部だけ発行した。タイトルは『卒業記念・トイレ磨き』感想文集。

なんと、この5000部がたったの二週間で、掃除仲間の手を通じて全国各地に飛び散って行ったではないか…。

しかも、この感想文集は思いもかけない波紋を巻き起こして、実は驚いている。

トイレ掃除で「心を磨きたい」

まず、『卒業記念・トイレ磨き』を読んだ三重県松阪市立斎宮小学校の教師が、心を磨く学習として、トイレ掃除の実践活動を取り入れたのである。

「便器に手を入れる前は、匂いや汚れが気になるが、いざ手を入れてみると、どうってことはない」と実体験した子供たちの反響…。

さらに、奈良市立三笠中学校で開催された「奈良掃除に学ぶ会」では、うれしいことに中学生の参加が150人に及んだ。感想文集に啓発され、一般参加者に倍する子供たちが、トイレ磨きに汗を流した。

その次は、庄原市内の「庄原掃除に学ぶ会」でも、子供たちの参加が目立った。

私は、これらの掃除の会すべてに参加し、リーダーの一人として、子供たちと一緒にトイレ磨きに打ち込んだ。

子供たちは言う。「トイレの汚れは、自分の心の汚れだと思う。トイレを磨くことで、自分の心を磨きたい」…。

今どきの教師たちにも聞かせてあげたくなる。子供たちの素直な感想だが、意味は深い。子供たちと比べても、教師らのトイレ掃除参加はあまりにも少なすぎる。「今どきの子供たちは…」とよく言われるが、逆に「今どきの大人たちは…」と、子供たちの方が思っているのではなかろうか。

(2001年10月号掲載)

 

No.11 ~矛盾だらけの医療保険~

矛盾だらけの医療保険

弱者に偏る改革の痛み

危惧されていた医療保険財政が、やはり破綻寸前にあるという。国民の医療費は、1999年度で30兆円を超え、一人当たり約24万円強にもなる。注目すべき大問題だ。

医療費の伸び率も、最近は増加基調で推移している。特に高齢者層の伸び率は著しく、1999年度は対前年比で8%強もアップになった。どうにかならないものか…。

高齢者の医療費が増加する主な原因は、長期入院にあるといわれる。日本の平均入院日数は、欧米の約3倍にも当たる30日を超える― というから異常だ。

しかもその入院は、医療よりも介護が必要な高齢者の「社会的入院」が多い。そのことの是非を論じる場合でないが、少なくとも正常とは言えない。

あれやこれやの理由があって、医療保険財政が座礁間際になった。

それを防ぐために、厚生労働省が2002年度の医療保険制度改革試案を公表した。高齢者層を中心に増え続ける医療費を抑制し、医療保険財政の破綻を防ぐのが狙いだ。

「無駄を省いて、効率的な医療供給体制を構築…」などと、一応お題目を掲げているが、具体策の中身は患者負担の引き上げに偏っている。弱い者いじめといえよう。

「改革」といえば聞こえは良いが、要するに取りやすいところから取るという、いつものパターンである。やりきれない。

「自分は自分で守れ!」の試案に憤る

要するに、厚生労働省の改革案は、患者負担の金額を上げて医者にかかりにくくして、医療費を抑制しようという平凡な内容…。

医療費を負担できなければ、自らの努力で健康を維持し、医者のお世話にならないでも済む日々を過ごせ― ということなのか。

試案では、私たち現役の患者負担率は二割から三割にアップされる。70~74歳の人は、一割から二割に負担がアップ。75歳以上の高齢者も、一割負担に統一される。それだけではない。現役はボーナスからも給料と同率の保険料を徴収されるので、サラリーマンも企業もふところの痛みは避けられない。

ともかくも試案を一目見れば、患者側の痛みはよく分かる。ところが医療サービス側や支払い側の痛みについては、まるで見えてこない。中途半端にも程があろう。

診療報酬の是正、薬価基準の見直し、医療の質の向上、過剰診療や無用な検査のチェック、患者側の不必要な受診などについては、何一つ明らかにされていない。支払い側の改革などは、まさに闇の中である。

不透明すぎる患者負担の内訳

私は糖尿病患者である。そのため、月に一度は医師の診察を受け、検査し、投薬される。もっとも、忙しいときには、妻に頼んで、薬だけを受け取りに行かせている。

ところが、本人が診察を受けたときも、妻が薬だけをもらったときも、費用はさして変わらないではないか。納得がいかないので、請求明細書をもらってきた。

それを見てびっくり。妻が薬のみ受け取った日の明細書である。私本人は医師と接触していない。それなのに再診料1310円(支払い換算、以下同じ)、指導料2250円、その他960円、合計4520円。負担率が二割だから、支払い額は900円となる。薬代は別に1600円の負担。つまり、何もしないのに医師側は4520円も収入となるのだが、どうも釈然としない。

このような矛盾を数多く抱え込んだまま、弱い患者側にだけシワ寄せしていると、やがては医療保険制度そのものが崩壊しかねない。

今こそ積年の矛盾や問題点に、蛮勇を奮って改革のメスを入れるときではないのか。

(2001年11月号掲載)

 

No.12 ~自ら範を示すリーダー~

自ら範を示すリーダー

県知事が素手でトイレを磨く

2001年9月22日(土)と23日(日)の両日にわたって、第二回「日本を美しくする会・全国大会」が、まだ酷暑の残る高知市内で開催され、予想以上に賑わった。

参加者は、トイレを磨くことで己の心を磨こう― という全国の掃除仲間たち。高知県外からの412名を含む1500名に上る善男善女らがトイレ磨きに心地良い汗を流した。

全国大会は三部構成で、初日が第一部「講演会・シンポジウム」と第二部「交流会」、翌日が第三部「掃除実習」。大いに盛り上がった。

開会式には橋本大二郎・高知県知事や松尾徹人・高知市長も出席、共に熱の込もった歓迎あいさつをされた。この種の催しに出席した行政リーダーは、あいさつなどを済ませると、さっさと退席するのが通例である。

ところが、橋本知事は違った。交流会には夫妻ともに参加されて、記念撮影などにも気軽に応じられた。

そればかりか、翌日も姿を見せて、思いがけずも掃除実習では素足に素手で、黄色に変色した便器磨きに挑戦されたではないか。

これを橋本知事流のパフォーマンスだと冷やかす人もいるが、単にパフォーマンスだけでは悪臭漂う便器に素手など突っ込めない。

1500人も掃除仲間が集まった理由

第一回「日本を美しくする会・全国大会」は、前年の8月に東京都内で開催された。全国から1200名に及ぶ掃除仲間が参加、感動的な中身の濃い初イベントとなった。

第二回全国大会は、主催の「高知掃除に学ぶ会」が名乗り出て、誘致を決め、「1000人でトイレを磨こう」という旗印を掲げて、全国的に幅広く参加の呼び掛けを始めた。

東京だからこそ、1000名を超える掃除仲間が集まった。今回は当初、遠隔地にある高知県だけに1000名も集めるのはとても難しい、と関係者の誰もが思っていた。

主催側は「全国の仲間と共に、学校のトイレ掃除を通して心を磨き、地域と人、子供たちとの結び付きも磨いていこう」と熱くPR展開…。関心を高め、参加の輪を広げた。

大会は、高知築城四百周年記念事業として位置付けられた。かつてトイレ磨きの経験を持つ橋本知事は、自らの体験を振り返り「やる前は壁があるが、やってみると喜びがある」と大乗り気で、「立場や肩書抜きに参加でき、満足感ある大会を目指してほしい」と全面協力を約束した。

松尾市長もトイレ掃除の常連とあって、両トップの積極的なバックアップが関係者を奮い立たせ、無理といわれた1000名をはるかに上回る1500名もの盛況を呼んだと思われる。

リーダー役のあるべき姿

第三部「掃除実習」で、橋本知事は素手、素足でトイレ磨きに取り組まれた。そして、自分の後始末は自分でする心、人の後始末さえも喜んでさせていただく心、モノを大切にする心などがどれだけ重要か、リーダーとして自らの行動で示された。

とかく口先だけの美辞麗句で事足れりとするリーダーのやたら多い中で、この橋本知事の得難い実践ぶりは称賛に値しよう。

橋本知事の素手によるトイレ磨きは、数多くの市民らが目撃している。参加した私たちもこの目で見た。そして感動した。

テレビも新聞も、トイレ磨きに頑張る橋本知事を大きく報道した。大会に無関係・無関心な市民らや子供たちにも、私たちが味わったのと同じ感動が伝わったに違いなかろう。

「リーダーは自ら範を示すべし」…。橋本知事は背中でそう訴えながら、一心不乱にトイレと向かい合って、磨いておられた。

(2001年12月号掲載)

 

No.13 ~素直に国旗を掲げよう~

素直に国旗を掲げよう

国民も明るさ取り戻す慶祝事

皇太子妃雅子さまは、2001年12月1日女児を出産された。国民待望の朗報…。

お子さまの名前と称号が天皇陛下から贈られる「命名の儀」が同月七日の午前行われ、名前「愛子」、称号「敬宮」と決まった。敬宮愛子内親王 (としのみや・あいこ・ないしんのう)と称される。親しみやすい命名だ。

宮内庁によると、名前の愛子、称号の敬宮は儒学の四書のうち、「孟子」離婁章句下(りろうしょうくのげ)の一節「仁者は人を愛し、礼ある老は人を敬す。人を愛する人は、人恒に之を愛し、人を敬する者は、人常に之を敬す」から採ったという。皇室は習わしとして、女の子には「子」を付けており、今回もそれを踏襲した形といえよう。

新世紀の幕開けとなった2001年は、残念ながら暗い出来事ばかりが話題となった。国内では、大阪での小学校内児童殺傷など凶悪犯罪が多発した。また米国同時多発テロという未曾有の大事件に世界は震え上がった。

日本ばかりでなく国際的に閉塞感が広がる中での慶祝事、皇太子ご夫妻待望の第一子誕生である。久々の朗報は国内外を駆け巡り、国民が等しくご誕生を祝福したに違いない。

祝意を表し国旗を掲揚すべきでは!

我が家では、母が愛子、長男が愛一郎だけに、このビッグニュースで、並みでない慶び事となり、早速、国旗を掲揚したほど。

広島地区の書店では、既設の皇室コーナーを拡充して対応したものの、皇位継承を解説した新書などが品薄となり、入荷待ちの状態とか。人気と関心の強さの裏付けであろう。

一方、宮城県のJR仙山線・愛子(あやし)駅では、命名直後から入場券を求める人々で大にぎわい。鹿児島県上屋久町で「愛子」という銘柄の焼酎を販売している酒店には、全国から注文や問い合わせの電話が殺到し、わずか一日半で年間売り上げに匹敵する3000~4000本もの注文が舞い込んだ。

商魂たくましいと言えばそれまでだが、このような現象も国民の熱い祝意の表れと考えてよかろう。

日頃、国旗を尊重していない私でさえも、日の丸を掲げたくらいだから、さぞかし町内のあちこちで日の丸の旗がへんぽんと翻っているだろうと思った。ところが、何としたことか、一本の日の丸さえも見当たらない。

なぜだろう。プロ野球の試合などでも、弔意を表すときには喪章を着けてプレーしている。今回は国を挙げての慶事なのだから、国旗を掲げて祝意を表しても良いではないか。

自慢ではないが、我が家では、皇太子妃雅子さまが長女・敬宮愛子さまと共に、宮内庁病院を退院される同月八日までの間、ずっと日の丸の旗を掲げ続けた。

祝日は単なる休日か

最近では、祝日であっても家々に日の丸の旗を見ることが少なくなっている。その疑問を若い友人にぶっつけてみた。

「そんなことは当たり前。祝日に日の丸は無縁だよ。我々にとって祝日は単なる休日だからね。ましてや皇太子妃の長女ご誕生と、日の丸は結び付かない。でも、みんな喜んでいるよ」。これでいいのだろうか?

日の丸の旗は日本の国旗として、全世界の国々から認められている。国旗には、その国の思想や伝統的な文化、民族の使命などが託されて表現されている。どこの国旗でも軽々しく扱って良いはずがない。

あれこれ言い分はあるだろうが、日本国の一員として祝日などには、日の丸にも心を寄せて、ぜひとも素直に国旗を掲げたい。

(2002年1月号掲載)

 

No.14 ~お歳暮に託す感謝の心~

お歳暮に託す感謝の心

不況がお歳暮を変えた

新たな年になっても長引く不況に変化は見られない。この先どうなるのか不安いっぱいの越年で、過去に例がない。とりわけ建築業界は不況のあおりで仕事量が激減し、息をするのもやっとという有り様である。

そんな不況を反映してか、年の瀬に我が社に届けられるお歳暮にも、面白い変化があった。それら大半の品物が大きく、そして重くなったのである。

この変化に興味を覚えて、お歳暮の傾向について、出入りの宅配業者にリサーチしてみた。「小さい・軽い・高価」から、確かに「大きい・重い・安価」に変わったという。

昨年末のお歳暮の内容は、缶ビール、缶ジュース、食用油などが主役となり、配達に難渋したらしい。「小さい・軽い・高価」の主役であった高級ウイスキー、お仕立て券付き服地やワイシャツ、それに商品券などは、全く姿を消した―と嘆いていた。

お歳暮の由来と意味

お正月には、その年の歳神様を迎えて、お祝いする行事も営む。昔はそのために一族郎党の者たちが、暮れのうちに主家や本家に供物を持っていく習わしがあったようだ。

また、新しい年を迎えるにあたり、ご先祖様の霊を祭るために、必要な品々を親元へ備えるという習わしもあったという。

江戸時代に入って、分家から本家へ、弟子から師匠へ、「一年間のご挨拶をして鏡餅を贈る」という習わしに変化してきたといわれる。

現在のお歳暮の習慣は、江戸中期の商業主義から生じたといわれ、一年間いろいろな意味でお世話になったお客さまに対して、感謝の気持ちを表すことが由来のようだ。

一般的にお歳暮は、目下の人から目上の人に贈るもので、それだけに先方の好みや生活の状態を熟知して、心を込めることが原則であろう。

考えてみると、現在のお歳暮などは江戸時代とは異なり、形式的で何とも味気ない。お歳暮を心で贈る習慣を忘れているから、その品物も景気次第で簡単に左右されてしまう。

どうせなら一年に一度だけのことだから、せめてお歳暮にはしっかりと感謝の心を込めたいと思う。

「お歳暮清掃」のアイデア

我が社の場合、お客さまに贈るお歳暮はやはりユニークといえようか。

我が社の仕事は住宅リフォーム業で、広島市安佐北区一円が商圏。そこでお歳暮として、その年に仕事を注文いただいたお客さま宅の門前道路を、全社員で清掃するのである。

もともと形式的なお歳暮に飽き足らなかったのと、地域貢献のために我が社が独自にひねり出したアイデアである。

この門前清掃を「お歳暮清掃」と称し、1994年から継続して晦日に行ってきた。200戸程度のお客さま宅と、向こう三軒両隣の門前道路を一緒に清掃している。

清掃することにより、そのお宅にとって一年間の汚れを払い清め、福が授かるように願いながら、心を込めて汗を流してきた。

実は、この「お歳暮清掃」が予想外に好評なのである。年末はそれぞれ忙しく、道路の汚れが気になりながらも手が回らない。そんな気掛かりを一掃できて新年を迎えられるから、これほど有り難いことはなかろう。

我が社としてもカタチはなくても、心を込めたお歳暮が喜ばれるのだから、これほど嬉しいことはない。

とはいえ、延べ9時間に及ぶ清掃は、言語を絶する難行苦行。人間修養にもなっている。

(2002年2月号掲載)

 

No.15 ~悪質な訪問販売ご用心~

悪質な訪問販売ご用心

どこまで続くのか「ぬかるみ」

今年2月にカナダのオタワで開かれた先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議〔G7〕で、塩川正十郎財務相は日本の経済運営について説明、2003年度には国内総生産(GDP)の実質成長率を1%にすると明言した。

これはデフレを克服しながら、不良債権処理などの構造改革を進めると、国際公約したことになる。本当に可能なのか…?

民間調査機関の東京商工リサーチの発表によると、2001年の企業倒産は一万九千百六十四件、負債総額は十六兆五千百九十六億円に上り、ともに戦後二番目の記録となる。

マイカル、東京生命保険、青木建設などの大型倒産が相次ぎ、勤め先が倒産した従業員総数は、過去最多の二十二万人にも及ぶ。

しかも、企業倒産は米国同時多発テロのあった同年九月以降に急増し、この傾向が2002年になっても続いていることを考えると、今回の塩川財務相の国際公約は、一時しのぎの強がりにしか聞こえてこない。

業者は、売らなければ生き残れない

2001年における広島県内の倒産件数は402件で、負債総額は九百六十一億千六百万円となっている。大変な事態だ。しかも業種別でみると、建設関連が最も多く四百億円を突破し、他の業種を大きく引き離している。

倒産の引き金となった主因は販売不振で、赤字累積や売掛金回収難を合わせた不況型倒産が二百六十三件もあり、全体の三分の二を占める(東京商工リサーチ広島支社調べ)。

今後も不良債権処理は引き続き行われる見通しだから、全く予断を許さない状況にある。

ここまで景気が落ち込んでくると 「景気の回復を待つ」 などと、悠長なことを言ってはおられず、どの業種であれ、どこの業者であれ、何が何でも売らなければ生き残れない。

建設業界であれば、お客さまから注文を取らなければ生き残ってはいけない。いきおい無理な売り方を強いるようにもなる。

並の方法では売れないから、あの手この手を使って、消費者の心のすき間を狙った悪徳商法もはびこる。特に訪問販売業者の中には極めて悪質な販売方法を、巧みに用いるケースが多い。彼らも生き残りを賭けているから消費者を相手に、必死でうごめいている。

消費者は、だまされる前に賢くなろう

広島市消費生活センターに寄せられる苦情では、住まいに関する訪問販売の事例が130件(2001年4月~11月)で第六位にランクされ、前年と比べ60%も増えた。

主な苦情は床下工事、屋根工事、外壁工事などにかかわる。最近では「市役所から依頼された」などと偽って宅地内の排水管などの洗浄を行い、高額な費用を請求する―などのあくどい事例も目立つという。

消費者が最もだまされやすいのは「点検商法」である。無料で床下や屋根、外壁などの点検を持ち掛けたうえ、「異常がある」「このままではダメになる」「危険だ」などと、点検結果をもっともらしく家人に報告する。

重要な財産である住宅が「危険」と言われて、冷静なままの人は少ない。有利そうな条件でも示されれば、ついその場で契約となる。それも分からなくもない。といって、貴重な金銭を詐取されて良かろうはずがない。

そんな被害を免れるためには、ともかく、消費者自身がまず賢くなるべきであろう。

そのキーポイントは、「この世知幸い世の中に、自分だけが得するようなうまい話は絶対にない」 と、肝に銘ずることである。

(2002年3月号掲載)

 

No.16 ~由々しき『ゆとり教育』~

姿由々しき『ゆとり教育』

言葉を持たない若者たち

今に始まったことではないにしても、特に最近は若者との会話が難しくなったように思う。この風潮を、世代間のギャップだろうと考えていたが、そればかりではないようだ。

会議の席でも若者らは実に言葉がシンプルだ。問い掛けても「はい」「いいえ」程度で、具体的な言葉が返ってこない。甚だしいときには口も開かない。うなずいたり、首を振ったりして事を済ませてしまう。

こうした現象を、私は言語概念化能力の不足だろうと思い込んでいた。つまり頭の中に考えはあっても、それを言葉にして表現する能力が欠けているのだと思っていたのだ。

ところが、それは私の認識不足で、「もしかしたら最近の若者は、言葉のストックがないのではないか」と実感するようになった。

そう思ったきっかけは、ソルトレークシティー冬季五輪で話す日本選手のインタビュー応答ぶり…。むろんテレビの映像で浮き彫りにされたから、誰もが知っている。

大リーグのイチロー選手や、マラソンの高橋尚子選手のように、人生観やスポーツ観に裏打ちされた見事な言葉を、ついに聴くことはできなかった。その代わり、大仰なパフォーマンスや溢れんばかりの笑顔を、ふんだんに見せてくれた。

同じ大リーグとはいえ、新庄剛志選手の場合、イチロー選手と違って、話す日本語が文章にならない。

『ゆとり教育』は弊害だらけ?

2002年4月から「個性尊重」とやらの『ゆとり教育』が始まる。学歴偏重社会を背景に、行き過ぎた詰め込み教育に対する反省から生まれた『ゆとり教育』ではあっても、数学や国語などの主要教科を一律に削減することには、納得できかねる。

学校は週五日制になって、学習内容が三割も削減されてしまい、これでは学力低下も免れないが、本当に大丈夫なのか…?

学習内容を削れば、ゆとりが生まれる―という発想では短絡にすぎよう。指導方針の定まらない「総合的な学習の時間」が、学力低下にさらに追い打ちをかける。

たまりかねた遠山敦子文部科学相は、ゆとりよりも学力重視をうたった「学びのすすめ」を打ち出して頑張っているようにも見える。

『ゆとり教育』を基本にして、学力アップを図る、対応は現場の判断による―としている。けれども、現場の教師の能力と熱意はどれほどのものなのか? 大いに心配である。

前述したように、今でさえ言葉を持たない若者が氾濫しているというのに、それすら正さず、なお助長しかねない『ゆとり教育』。その現実は弊害だらけといえるのではないか。

放課後や家庭での学習を、授業の補完と位置付けてはいるが、誰が、どのように教えていくのだろうか。この点も定かではない。

新学習指導要領の『ゆとり教育』が、遠山文科相の提言で、逆にゆとりを奪われかねないのは、何とも皮肉な巡り合わせといえるだろう。

もっともっと勉強させよう!

我が社の若い社員たちは、学生時代に受けた当時の<ゆとり教育>のツケを、仕事の現場で支払っている。辛い日々を送っている。

『ゆとり教育』は、単に子供の知識不足を招くばかりでなく、学ぶための力・意欲さえも奪うだろう。何とかならないものか…?

それを避けるためにも、読み・書き・そろばん、道徳教育にしっかり取り組むべきだ。

始業前も放課後も勉強させよ!本を読ませよ!家庭では厳しくしつけよ!大人が範を示して、勤勉を身に付けさせよ!

時代がどのように変わろうと、勤勉に勝る教材・良薬はないはずだ。

(2002年4月号掲載)

 

No.17 ~心すさむ「どん底景気」~

心すさむ「どん底景気」

「もうバンザイしかない」

不況はとうとう来るべき局面まで来てしまったようだ。公共工事も民間工事も、とどまるところを知らず激しいダンピング合戦が続いている。

広島県は、建設工事に係る入札・契約制度における透明性、競争性を向上させる観点から、予定価格の事前公表の対象を、工費一億円以上の工事すべてに拡大するという。

このことは、企業努力で可能な価格よりもさらに低い価格での落札を促進させるばかりか、受注合戦の熾烈さに拍車を掛ける結果を招きそうだ。

土木関係の友人がこばしていた。「必死の思いで予定価格の6掛けで応札した。だが5掛けの業者が落札。次の機会に、負けじと5掛けで臨んだら、4掛けの業者が落札した。6掛けでも採算はとれない。かといって遊んでいるわけにもいかないし…。もうバンザイするしかないよ」

 

小泉構造改革の成果?

「以前は、とにかく良かった」と言う。順番さえ待っていれば、ほぼ予定価格で落札できていたそうだ。談合の習慣が、曲がりなりにも企業の経営を支えてきたといえよう。

ところが、公正取引委員会の摘発などにより、談合が不可能になった。入札・契約制度は、透明性と競争性第一に変わってきた。

追い打ちをかけるように、不況が進んで仕事量が激減。こうなるとカのあるものには勝てない。それで「もうバンザイするしかない」という泣きが入ったようだ。

例えば、5掛け(半値)の受注で採算が取れるとしたら、公共工事の予定価格なるものは、相当いいかげんなシロモノと言えないか。疑問が湧いてくる。

国民の血税を野放図に使いまくって、足りなければ、先のことなども全く考えず借金する。その上、談合などの悪しき習慣を黙認して、業者を保護してきたと一言えなくもない。

そんなお役所仕事のツケが今ごろ回ってきて、悲鳴を上げているのかもしれない。

とすれば、この状態はやがて落ち着いてくる。お役人は税金を安易に使わなくなるだろう。正しい予定価格の積算もするだろう。業者は企業努力でコストを下げ、ダンピングによる粗悪工事もしなくなるだろう。

もしかすると、これは小泉構造改革の落としどころなのか…?

無理難題がまかり通る

受注する価格のダンピング競争は、民間工事にも波及して、ひどい現象も数多い。

身近な実例を挙げてみる…・。

久しぶりに我が社では大型リフォーム工事の引き合いがあった。不況時だけに慎重に積算して、見積書を提出した。

しかし、依頼主は内容も確認せずに「見積価格から3割を値引きしろ」と、頭ごなしに言う。その上に「商品は希望小売価格の半値が常識だ」と、無理を言う。

昨今は仕事の少ないときだから、引き合いがあるだけでも有り難いと思え― というご託宣である。

大型工事だけに受注できれば、我が社の担当者にとっては2カ月分のノルマに相当する。のどから手が出るほど仕事は欲しい。

そこで、本音を担当者に尋ねてみた。「そんなにダンピングをして、まっとうな仕事が出来るのか。施主のために真心を尽くせるのか」

担当者は「ノー」と、明確に答える。従って、我が社は丁重にお断りをした。別の業者が直ちにその仕事をさらっていった。

何ともやるせない世相である。まともなことが隅へと追いやられ、無理難題が唯々として通る世の中になってしまったのか。

景気はどん底でも、人の心まで卑しめたくないと、つくづく思う。

(2002年5月号掲載)

No.18 ~貧しい国から大いに学ぶ~

貧しい国から大いに学ぶ

世界一貧しい国を訪問

今年のゴールデンウイークには、上甲晃氏(松下政経塾・元副塾長)が主宰される《志・ネットワーク》の一員として、バングラデシュを訪問した。今回で二度目。

世界一貧しい国といわれる同国では、北海道の二倍程度の国土に一億二千六百万人もの国民がひしめき合って暮らしている。

独立後三十年と歴史が浅いためか、いまだ貧困を克服できず、国民一人当たりのGDPは四万九千三百余円という信じられない最低レベルにある。

日本とバングラデシュは極めて親しい関係にあり、日本から有償無償を含めて400億円を超える経済援助を行っているものの、その成果が上がらないのが現状である。

「どんなにお金やモノを援助してもらっても、この国は何も変わらない。それどころか、依存心ばかりが拡大している」と、嘆く地元のリーダーたちの声すら、元気がない。

何でもトライしてみる

難しい話はさておき、何歳になっても好奇心旺盛な私は、二度日の訪問ともあって、突撃精神でいろいろとチャレンジしてみた。

厚かましくも、ビジネスセミナーの講師も務めた。ノーベル平和賞の有力候補であるグラミン銀行総裁のムハマド・ユヌス氏を囲む懇談会にも参加。そこで今、世界を変えつつある「貧者の銀行」について学んだ。

「銀行は、銀行の利益のために存在しているのではない。貧困なき世界をつくるためにある」というお話には心を動かされた。

一例を挙げると―。融資の対象者は貧しい家の女性に限る。どんなに困窮していても無担保で融資する。銀行員が借り手の元へ出向く。それでいて、返済率は99%。不良債権は1%以下という。画期的な仕組み…。

平然と貸しはがしを行う、どこかの国の銀行頭取らに、ぜひ聞かせてやりたい。

ホームステイにも果敢にトライしてみた。ベンガル語も英語も話せないので、言葉の壁が難関だったけれども、何とかなるものだ。

その国の人間を知るには一緒に暮らすのが一番手っ取り早い。わずか一泊二日で十年来の友にもなれる。彼らは貧しい。それだけにモノを大切にする。暮らしぶりは極めて質素である。食事の後の生ゴミは一切出さない。自然をも汚さない。徹底している。

しかし、その暮らしぶりが、浪費に慣れた私には実に豊かに感じられるから不思議だ。電気、ガス、水道のない日常生活が「不便」というよりも、快適でさえある。

必死に学び、働く子供たちの姿

十年制の学校も訪れてみた。700名の生徒が二部交代で学んでいる。彼らは半日働いて、半日学校で学ぶ。働かなければ学校に行けない。学校にも電気、ガス、水道はない。成人の識字率40%というこの国では、ともかく字を覚えることが将来を決める。

だから学ぶことに必死である。就職するためには、十年制の学校を卒業することが最低条件となる。しかも、失業率50%という厳しい現実の就職事情が立ちはだかっている。

教師も生徒も生きていくために、死に物狂いである。『ゆとり教育』などと、屁理屈を並べている暇なんて全くない。

彼らは貧しいとはいえ、一生懸命になれるものを持っている。それだけに幸せだろう。一生懸命に取り組めるものもない日本の若者は、豊かすぎて逆に不幸せなのではないか?

百聞は一見にしかず。世界一貧しい国を一度は訪れるようお勧めしたい。
(2002年6月号掲載)

 

No.19 ~共に生きる姿勢~

共に生きる姿勢

依然として先行き不透明な景気

政府の月例経済報告では、日本経済の基調判断について2002年2月まで「悪化を続けている」と下降傾向を示してきたが、3月には「一部下げ止まりの兆し」と表現。続いて4月には「底入れに向けた動き」、5月には「景気底入れ」を宣言した。本当にそうなのか?

一方、日銀が発表した5月の金融経済月報では、家計や雇用の悪化から底入れ判断を見送っている。政府と日銀の景気判断は必ずしも一致せず、企業や家庭を守る側には先行きの景気不透明感がぬぐいきれない。困る。

竹中平蔵経済財政担当相は、記者会見で「底入れの意味は、悪化傾向に歯止めがかかったという認識だ。直ちに景気が回復に向かうかどうかについては引き続き注視を要する」と、微妙な言い回しに終始した。まるで評論家…。

「底入れ宣言」は「景気回復」とは、似て非なるもののようである。あきれた宣言だ。

このような暗い景況感の中にあって、自動車メーカー上位三社はそろって最高収益を達成したというから、なんともうらやましいニュースといえる。なぜか…? 実態を知りたい。

自動車三社三様の最高益

日本を代表するトヨタ、ホンダ、ニッサンの自動車主力三社は、不況下にあっても、それぞれ最高収益を実現させた。中でもトヨタの純利益は、一兆円にも達したという。

自動車産業はアセンブル産業であるから、最高益を支えてきた系列の部品会社の決算を見ると、それぞれ特徴があり、実に興味深い。

系列解体を進めるニッサン系列の部品各社は、一社を除いて軒並み大幅減益となっている。中には赤字転落した企業も少なくない。

コスト削減要求は生産台数が増えてこそ叶えられる。ニッサン系各社は、国内生産減少と単価引き下げ要求のダブルパンチで見事に沈んだ。

対照的に、本体の収益拡大が系列各社に反映したのが、共存共栄を標榜するトヨタ、ホンダ系列である。とりわけホンダ系各社は、いずれも最高収益が相次いだ。好調な新車販売の恩恵を受けたうえ、効率の高い生産手法が高収益を支えた。

トヨタの国内販売は低迷したものの、トヨタ本体と一体で進めた原価低減活動が成果を挙げている。単価引き下げを一方的に要求するだけでなく、系列各社と一体となって創意工夫する姿勢に学ぶことは多い。

不況下の高収益社から学ぶこと

自動車主要三社の高収益に比べ、建設業界はゼネコンから零細工務店まで、長引く不況に息も絶え絶えである。息抜きの酒など、発泡酒どころか烏龍茶もままならない実情だ。

これまで建設業界は、元請けが苦しくなると、そのしわよせを下請けに肩代わりさせてきた。不況もここまでくると、その手段さえ使えず、幕を引く企業の急増が目立つ。

元請けからの値引き要求に、下請けはぎりぎりまで応じる。だが限界を超えると、自ら元請けを見捨ててしまう。

今や建設業界で生き残っているのは、下請けに利益を上げさせてきた企業だけである。下請けの生き血を吸ってきた企業は、軒並み姿を消し去っていく運命といえようか。

これからの時代、我々の会社も生き残ろうとすれば、まず下請けが利益を上げられるよう工夫しなければならない。そうすれば下請け側の方から元請けに利益を返してくれる。

元請けは下請けに支えられて生きている。その事実を忘れてはならない。自動車主力三社が示した最高益の実態から「共に生きる姿勢」を厳しく学び取るべきであろう。

(2002年7月号掲載)

 

No.20 ~心配な学校教育の行方~

心配な学校教育の行方

教育効果は挙がらない?

地元の小学校を訪れた際、校長先生に会って『学校週五日制』のその後に関して、感想を求めてみた。

「土曜日に実施してきた授業や行事が、すべて五日間のうちに組み込まれることになって、大変です」と、控えめながらも困惑している態がありあり…。どこの学校も同じ悩みだ。

日本世論調査会の世論調査結果をみても、半数以上が『学校週五日制』に関しては、否定的な評価を示している。

救いは「家族と一緒の時間が増えた」「趣味、スポーツ、体験活動の時間が増えた」という面が評価されたぐらい。だからといって、人格形成に役立っているとか、学力がレベルアップしてきたという裏付けはない。

逆に「テレビを見るなど、遊びの時間が増えたにすぎない」という手厳しい見方も根強い。当然であろう。

そもそも『学校週五日制』は、家庭の教育力や地域社会の教育機能とセットになって、初めて役割も効果も生む仕組み。だが、それら教育力や機能が著しく低下している現状では、成果を挙げることが難しくなっている。

臨教審答申からも迷走

もともとは、1987年の臨教審答申で示された「知識・情報を獲得するだけでなく、自分で考え、創造し、表現する能力が一層重視されなければならない」という、素晴らしい理念的目標点が『学校週五日制』だった。

そこで文部科学省は、知識偏重の詰め込み教育からの脱却を目指すことになった。今春から実施された学校改革は、その到達点だったはずである。

ところが文科省は一年前、それまで「教える上限」としていた学習指導要領を「学習すべき最低基準」として、方針を180度も転換してしまった。

遠山敦子文科相は、教科書の内容を超えた習熟度別学習の積極化とか、補習宿題を奨励する「学びのすすめ」というアピールまでする迷走ぶり。ゆとり教育など、どこ吹く風だ。

教育改革を進めるべき本家本元による朝令暮改ぶりが、保護者たちの不安を一層増幅する結果にもなっている。

臨教審答申には「子供の教育は学校任せにせず、家庭の教育力を復活させ、子供たちの面倒をきちんと見る地域社会の再建がセット」という付録までもきちんと加味されている。

それなのに、皮肉にも『学校週五日制』の制度だけが先行して、肝要な家庭教育力の復活も地域社会の機能再建なども、見事に抜け落ちてしまった。

免れない学力低下

かてて加えて、1971年度に実施された「現代化カリキュラム」では、小学校六年間における主要四教科(国語・算数・理科・社会)の総授業時間が計3941時間もあったのに、今年度からは計2941時間になった。30年間で実に1000時間も大きく減ったことになる。これも大きな問題点である。

実情を知れば、臨教審答申で期待された家庭の教育力や地域社会の教育機能などで、1000時間の減少を補えるとは考えにくい。

また、残念ながら教師の指導能力や教育にかける情熱が、三十年前に比べて授業時間の大幅な減少をカバーできるほどアップしたとも思えない。だから、いくら遠山文科相が「学力の低下はない」と強弁したところで、全く納得できるわけがない。

「自ら課題を見つけ、主体的に判断し、問題解決能力を育てる」というねらいは、まことに結構ながらも、現行のシステムでは、とてもかなえられそうにもない。

むしろ今後は、家庭や地域社会の教育能力・機能とか、教育に対する熱意などが問い直される時代になってくるように思える。

(2002年8月号掲載)

No.21 ~意外にも求人難~

意外にも求人難

業績が上向き 求人を再開

我が社は住宅リフォーム業を営んでいるが、長い低迷からようやく脱出できて、業績が回復基調にある。うれしい誤算と思っている。

ここ数年来、見通しが立たなかったせいもあって、新規の求人を休んでいた。だが、やっと売り上げ、利益とも対前年比を上回った実績に自信を持ち、再び求人活動を始めた。

来春の採用人員は、四年制大学卒3名である。完全失業率も依然として5.4%と高留まりしているし、産業界全体の雇用情勢が回復に向かう兆しは一向に見えてこない。

つまり就職氷河期はなお続いているという訳だ。そのため、わが零細企業といえども、就職希望の学生が応募に殺到すると予測していた。求人難の時代であれば、各大学を訪問して三顧の礼を尽くすのが普通である。今の就職難という時代背景を甘く見たわけではないが、実は中国地区や九州地区の各大学に求人票を送ったままで、放置していた。

手ごたえある学生がいない

何としたことか。まず期待していた就職に関する問い合わせがないのである。会社訪問に来る学生も五、六年前に比べれば十分の一しかいない。

それでも会社説明会には20人の学生が参加した。私は就職情勢の変化に戸惑いながらも、会社の理念、方針、業務内容、採用条件など、情熱を込めて学生たちに語り掛けた。

質疑応答の時間になって、びっくりした。学生から質問が出てこないではないか。我慢し切れず逆に問い掛けてみた。それでも彼らから具体的な返答はない。首を縦に振るか、横に振るか、あいまいにほほ笑むか、いずれかの反応だけ…。なんとも心もとない。

つまり、全く会話が成立しない。彼らは想定問答集らしい「とらの巻」を持っていた。それに問いがはまれば、きちんと答えられる。

世代間のギャップなどでは断じてない。彼らには、自分の意思で語れる言葉を持ち合わせていないように感じる。

日を改めて筆記試験と個人面接を行った。出来るだけ良い面を見いだすようにして3名に絞り込み、内定通知を出した。結果は1名が承諾、2名が辞退…。まさかと思った。

辞退の理由は「朝早く起きることが出来ない」とか「仕事が終わった後まで勉強したくない」とか言う。正直だが、意欲に欠ける。

我が社では従来、人間性を磨くため 「早朝清掃」を行い、個人の能力を高めるため「夜間研修」の受講を採用の基本条件にしている。

果たして就職難か、求人難か?

汗を流しながらリクルート姿で町を歩く学生を見掛けなくなった。以前ならば夏休みであっても、大学の就職室で求人票を広げる学生がいた。6月末現在で就職内定率38%という厳しい環境にありながら、今や夏休み中とはいえ、大学構内にすら学生の姿を見ることがまれな状況と聞く。

夏休みは就職活動より、アルバイトなどで忙しいのだ。そして、無理して企業の正社員にならなくても、アルバイトの延長としてフリーターを選べばよい。企業が正社員の採用を手控えているという現実もあるのだろう。そう考える学生が急増しているようだ。

それにしてもフリーターの増加は気に掛かる。1990年に178万人だったのが、2001には400万人を超えた。この数字は、15歳から24歳までの3人に1人がフリーターであることを示す。

この現実は嘆かわしい。我が社のような企業側から見れば、就職難ではない。まさに求人難の時代と言わざるを得ない。

(2002年9月号掲載)

No.22 ~教育行政に喝!~

教育行政に喝

吹っ飛んだ『ゆとり教育』

 遠山敦子文部科学相は、問題だらけの『学校週五日制』の実施後まだ半年にして、またもや迷走を始めた。波紋が広がっている。

 今年一月に発表した「学問のすすめ」に続いて、公立小中学校の放課後の補習を奨励するため「放課後学習相談室」(仮称)制度を、2003年度から導入するそうである。

 これは、保護者らを中心に広がっている学力低下に対する懸念を一掃する―のが狙いという。学校現場と子供たちに影響が及ぶ。

 日本PTA協議会によって実施された、保護者を対象とした『ゆとり教育』の調査結果が、このほど発表された。興味深い内容だ。

 つまり、週五日制実施後の子供の過ごし方としては「部活動」48%、「遊び・趣味」40%、「テレビゲーム」28%、「休養」25%、「家族とのふれあい」22%― が目立つ。

 逆に少ないのは「図書館など公共施設での学習」2%、「地域行事や体験活動への参加」6%、「家庭での学習」7%という結果だった。

 この内容をみる限り、子供たちはゆとりの時間を生かしていない。保護者や学校も、生かさせていない。

 保護者らの「学力低下への懸念」も、この調査によって実証されたといえようか。「新制度による学力低下などあり得ない」と大見得を切った遠山文科相の啖呵など実に笑止…。

 当初の『ゆとり教育』の目的なんて、「放課後学習相談室」制度の誕生で、見事に吹っ飛んでしまったではないか。

どうなる「子供の人間形成」

 ところで『ゆとり教育』の理念的目標である「知識・情報を獲得するだけでなく、自分で考え、創造し、表現する能力が一層重視されなければならない」は、どこへ行ったのか。

 <新学習指導要領>の狙いである「基礎・基本教育を定着させ、自ら学び考える、自ら生きる力をつけるために、休みになる土日には、家庭や地域での体験や活動をする」が、なぜ語られないのか。不思議でならない。

 詰め込み教育の復活は結構だが、その迷走ぶりはいたずらに保護者らに不安を抱かせる上、現場の教師に戸惑いと混乱を引き起こしているのではないか。

 今、何よりも大切なのは、「子供たちを、どんな人間に育てたいのか」という具体的な目標を明らかにすることであろう。最重要テーマでありながら、そこが欠落している。

被害者は子供たち

 人づくりの中身については、遠山文科相も、学校も、家庭も明確ではない。それが分からなければ、「放課後学習相談室」の導入が有益なのか、もしかしたら有害なのか、判断のしようもない。

 「どんな人間に育てるのか」について、私見で恐縮だが、次の三点を目標にすべきだと思っている。いかがであろうか。

1.人として大切な価値観を習得

2.コミュニケーション能力を習得

3.社会に役立つ人間になること

 それにしても、既に明らかなように、子供たちの豊かな人間形成のために最も肝要な「地域行事や体験学習への参加」や「家庭学習」、それに「図書館などでの自主学習」がワーストスリーとは…! あきれて二の句が継げない。実に情けない話だ。

 もともと子供の教育は、「学校と家庭と地域がセットになって初めて実効が上がる」と、15年前の中央教育審議会会長だった有馬朗人・元文部大臣がズバリ答申している。

 家庭教育力の復活は?地域社会の機能再建は? 誰がどうするか! 極めて大切なカギを置き去りにしたまま、教育行政の再迷走は迷惑至極だ!被害者は子供たちである。
        
(2002年10月号掲載)

No.23 ~喫煙は罪悪か~

喫煙は罪悪か

「歩きたばこ禁止条例」に思う

 私の青春時代は、石原裕次郎主演の日活映画が全盛期だった。暇さえあれば、裕次郎映画に熱中したものだ。三本立てを見れば、気分はすっかり裕次郎…。「くわえたばこ」で短い足を左右に振り、両手をポケットに突っ込んだまま、天下の大道をのし歩いていた。

 くわえたたばこは、口をとんがらせてプッと前に飛ばす。そういうしぐさを格好いいと思い込んでいた。当時の若者は、誰も彼もが裕次郎の真似をして粋がったものだ。

 時は移って、今では「くわえたばこ」で歩くことは無論、たばこのポイ捨てなども許されない時代になってきた。

 東京都千代田区で「歩きたばこ禁止条例」が2002年10月1日から施行され、脚光を浴びている。正式には「安全で快適な千代田区の生活環境の整備に関する条例」という。

 同区では、JRの水道橋駅や秋葉原駅周辺などを「路上禁煙地区」と定め、違反者から最大2万円の過料を徴収することになった。画期的な試みといえよう。

 あの格好良かったしぐさのポイ捨ては町を汚すし、路上喫煙は他人をヤケドさせるおそれのある行為として、ともに行政罰の対象となる悪しきしぐさに変わってしまったのだ。

広島でも「モラルからルールヘ」

 喫煙に関する規制は、今や世界的な傾向となってきた。禁煙途上国のわが国でも、おおっぴらにたばこを楽しめる場所は、次第に狭められてきている。

 喫煙者は、年間三千百九十三億本(2001年現在)にも及ぶ紙巻きたばこを灰にしている。しかも煙と吸い殻をまき散らし、数多くの人々に迷惑を掛け続けてきた。

 だから、千代田区のように「モラルからルールヘ」という旗印を掲げて、厳しく規制していくのも、無理からぬことと納得できる。

 千代田区に続け! とばかりに、広島市でも「ポイ捨て禁止条例」の制定をめざして動き始めている。「ポイ捨て検討委員会」を構成する委員も大半が積極賛成派で、市当局も自信を持って条例制定に取り組まれると思う。

 広島の場合は、たばこの吸い殻ののみならず、飲料水などの容器、チラシなどの紙類、ポリ袋まで含む。この条例が町の美化に役立ち、安全で快適な環境づくりに大きく貢献できるよう期待したい。

やがて紫煙文化も終わるのか?

 私も同委員会の構成メンバーに委嘱されているが、審議の席上で、聞き捨てならぬやりとりがあった。ここで再現してみると…。

 実は、委員の一人であるたばこメーカー側の代表が次のように述べている。

 「愛煙家の権利は保護されるべきである。著しく愛煙家の権利を損ねるような規制には賛成しかねる。わが社は、市に対して70数億円のたばこ消費税を支払っている。その貢献度も考慮してもらいたい」…。

 あきれ返ってモノが言えない。一見もっともなご意見のようだが、これほど思い上がった傲慢な考え方は、断じて許されるべきではない。当然、反論も相次いだ。

 喫煙者の権利はあるかもしれないが、声高に主張できる代物ではないのだ。ヘビースモーカーである私でさえ、そう思う。たばこ消費税は法律で定める故に納めるだけ。貢献度云々などと言うべき立場ではない。

 もはや喫煙は罪悪とされる時代。健康にも良くない。その事実を喫煙者は肝に銘じなければならない。たばこが日本に伝わって四百年余…。生活に浸透してきた紫煙文化も、ようやく終焉を迎えるのであろうか。
       
 (2002年11月号掲載)

No.24 ~さあ弱者の出番!~

さあ弱者の出番!

寒風が身にしみる師走

 ある経済研究所が発行した「総合建設要覧・広島県版」(2002年版)を、このほど入手した。

 その最新要覧を見ると、土木・建築業は広島県内に3600余社を数える。

 そのうち、完工高100億円を超えた中堅企業は24社に減少。バブル最盛期前後と比べて隔世の感が強い。市場のパイが急速に縮小したことがよく分かる。寂しい限りだ。

 もっとも、赤字決算を出した中堅企業は、わずか3社だけである。「さすが」というべきであろうか。

 一方で、同業界を底辺で支えている完工高1億円以下の超零細企業群は約2000社を数える。その中で赤字決算にあえぐ企業は1700社にも及び、実に悲惨な現状を示している。

 しかも、赤字企業のうち8割は債務超過。バブル崩壊以降の十年を超える不況で、大手企業などに虐げられてきた超零細企業群は息も絶え絶えだ。もはや悲鳴すら上げられない段階まで追い込まれ、明日をも知れない。

 新しい年を笑顔で迎えられる零細企業は、どのくらい残り得るだろうか。他人事とは思えない昨今である。

商道も地に堕ちたか

 「貧すれば鈍する」ということわざもあるように、業績アップのために法を犯したり、消費者を欺いたり、安全性を無視したり…。責任ある企業の不祥事が、今年ほど表面化した事例は過去にない。雪印しかり、日本ハムしかり、東京電力しかり…。

 枚挙にいとまがないほど大手各社の経営責任者らが、テレビカメラの前で頭を下げた。

 「自分さえ良ければ…」と考えているトップのなんと多いことか。深々と敬礼する姿のなんと哀れなことか。

 表にこそ出ないが、この手の企業はゴマンとある。自分を守るためなら消費者を泣かそうが、弱者を泣かそうが、なりふり構わない。儲けになることなら何でもするタイプだ。

 嘆かわしい世の中になったものよ。

大企業の傲慢な仕打ち

 実例の一つを挙げてみたい。私は次のような、あきれたケースを経験している。

 我が社が、損害保険の代理店契約を交わしていた大手損保会社の対応ぶりだ。

 最近、自動車保険を契約いただいているお得意さまの契約継続を拒否すると、同社から通告…。事情を聴いてみると「高額補償をした契約者は再契約に応じない」と言う。

 誰も故意に交通事故を起こす者なんていない。偶発的にやむなく遭う。だから万一に備えて、損害保険に加入するのだ。

 従って、リスクも背負わない損保会社なら存在価値はない。保険料金も、事故の有無によって割り増しを徴収しているではないか。

 こうも言い放つ。「以前は、加入者側が保険に入ってやっていると思っていたんだろうが、今は、入れてやる時代だ…」

 なんと傲慢な言い草ではないか。損得は別としても、保険加入者の存在こそが損保会社としての成立条件。「入れてやる」という姿勢・言動は無礼の極みだ。

 おまけに、同社では、小規模な代理店だとコストがかかるので、「切る」ことにしている― と言ってはばからない。代理店は、保険会社にとって大切なお客さま。社員のリストラでもあるまいに、「切る」はないだろう。

 我が社は、名実ともに小規模な代理店である。同社から切られる前に、当方から即座に代理店契約の解除を申し入れた。弱き者のささやかな抗議の思いを込めて…。ともあれ、弱きを誇り、前を向いて元気を出そう!
        
(2002年12月号掲載)

あとがき

あとがき

 2003年3月1日は、私の66歳の誕生日である。その記念に、《木原伸雄のちょっと・と~く「世相 薮睨み」》を出版したいと思い、下準備を進めていた。特に理由はないが、自著の上梓6冊目になるので、何となく「6」にちなんでみたという次第。

 ところが、とんでもないアクシデントが起きた。年末の定期健診で、私が胃癌に侵されていると分かったのだ。しかも、胃の全摘出手術を受けるはめになった。従って、残念ながらも6冊目の本の発行はあきらめざるを得なかった。

 しかし神仏は存在する。おかげか、畏友のODA氏(匿名希望)が「私で良ければ編集・校正、印刷までの段取りを、すべて引き受けよう」と申し出てくだ さった。検査中も手術中も、すべてが予定通りに進められた。ゲラ刷りを読んだのは手術後4日目。もちろん病院のベッドの上である。最終の確認は、退院5日 目だった。これほど円滑に進んでいるとは、予想さえもしなかった。この間、会社も社員も家族も、頑張ってくれた。

 生還できて、手術後の回復室で痛感したことであるが、人間は生きているのではなく、生かされているのだ。しかも、あきらめかけていた本を発行にこぎつけていくプロセスでも、「大いなる神仏」の実在と導きを確認することができた。

 思いがけない胃癌による全摘出手術の前後と今回の本の発刊に至る経緯などを考え合わせてみると、これからの私の生き方を大きく変えるきっかけにもなりそうだ。

 何ともありがたいかぎり…。感無量である。

平成15年2月吉日

木原 伸雄

あとがき