ビジネス界[展望社]掲載記事

「表紙の人」 ~ビジネス界[展望社]2007年6月号掲載記事~

表紙の人

「表紙の人」 ~ビジネス界[展望社]2007年6月号掲載記事~

株式会社 マルコシ 代表取締役
木原 伸雄 
(親子農業体験塾「志路 竹の子学園」塾長)

「表紙の人」 ~ビジネス界[展望社]2007年6月号掲載記事~  木原 伸雄 (きはら・のぶお)

昭和12年3月1日、広島県生まれ、70歳。県立向原高等学校卒業。家業の農業に従事後、40年秋、広島市でプロパンガス販売業の㈱マルコシ創業、46年住宅リフォーム業。平成16年4月1日、親子農業体験塾「志路・竹の子学園」を開塾させた。

「中田宏と共に日本を良くする万緑の会」西日本統括責任者、「地域を美しくする会」代表世話人など、多数。「掃除の神様」と言われる㈱イエロ一ハット創業 者の鍵山秀三郎氏に師事。日本国内はもとより韓国、上海、ブラジル、バングラデシュなどでトイレ掃除奉仕活動に参加。

14年、18年地域の環境美化功労者として広島市から表彰。
趣味・ローカル列車の旅、読書。座右の銘・凡事徹底。

 リフォーム事業が注目されて久しい。しかし、マルコシのようにリフォーム会社に特化された会社は案外少ない。日経流通新聞によるランキングでは、中国・四国地方で第l位である。

 同社は現代表取締役の木原伸雄氏が起業した。昭和40年秋、先祖代々の地である白木町(旧広島県高田郡白木町)で農業を営んでいた木原家は長男・伸雄氏 が妻と子供の一家三人、農業に見切りをつけ、広島市に居を移した。時に伸雄28歳であった。1年後に白島町でプロパンガスの小売業を創業するが、その後、 増改築業に移行し、「増改築業こそ天職」と悟った。

 一方で「地域への貢献」を第一の柱とする。貢献にも色々あるが同社は「掃除学」を実践する。トップとして掃除学は街の清掃から公共施設のトイレの清掃と幅広い。人呼んで「掃除人」「トイレ先生」。

 また、3年前の平成16年4月、念願の親子農業体験塾『志路・竹の子学園』を立ち上げた。木原塾長が「子供たちの豊かな人格形成」「過疎地域の活性化」「高齢者の生き甲斐」を掲げた一石三鳥という試みの学園である。

 創業以来、住宅リフォーム業一筋に41年という特筆すべき会社だ。「地域に根付いた増改築業というのは、品質・サービス・地域貢献の3本柱なくして成り 立たない。昨今の悪徳商法リフォーム会社は訪問販売で何十億も売り上げるが、うちのように真面目にコツコツやっているところはそうそう売り上げがあるわけ がないんです」と。金万能の企業モラルに嘆かわしさを漂わす。したがって年商は5億円程度だが「匠の技」でガッシリ地域に根付く。

 他方、鍵山秀三郎氏を知って「掃除学」に目覚める。「トイレ磨き」の広島の先駆者として学校や公共トイレを掃除。また、会社周辺のバス停など地域の清掃にも力を入れる「掃除人」として磨きがかかっていく。

 しかし、創業者というのは、とかく休むことなく走り続ける。そのため何十年も経つと身体にガタも起ころうというもの。木原氏も予期せぬ大病に見舞われ た。平成14年暮れ。健康診断で発見された「癌」。翌年1月末、胃を全摘出した。「5年後の生存率は36%」と宣言され大ピンチであった。

 木原氏は社長交代を決意し、息子に任せたのであった。「任せた以上、口出しはしない。ただトップとして自信が付くまで週に一度ぐらい報告だけして欲し い」との要望以外、他には何も望まなかった。そして、病との闘いと、掃除の日々。そうした日々の中で、昨今の青少年たちのやるせない事件の数々に「日本の 社会や教育は病んでいる。少しでも教育の真似事ができないものか…」という気持ちが募っていった。

 癌にかかる一年前の夏のことであった。木原氏は家族と墓参りに白木町へ帰省した。その時、ふと脳裡をかすめるものがあった。木原氏所有の数万坪のうち、 耕作可能な約700坪の田畑があった。「そうだ、この田畑を地域のために有効に活用できないものか?」と思い付いた。しかしそれが何か、その時はまだ思い が浮かび上がらない。それから思いもしない1年後の癌発覚。そしてボランティアの日々の中で「子供たちが病んでいる。子供に少しでも楽しんでもらえる学び 教育を」というところに行きついたのだった。それは親と子が一緒になって農業を体験してもらううことだった。

 「日本社会の原点は農家のような大家族制度。おじいちゃん・おばあちゃんがいて、お父さん・お母さんがいる。そういった環境の中で、挨拶や躾、社会規範 が伝統のように教えられて育っていく。それが壊れ、核家族化していったのが大きな原因。つまり農業崩壊。いうならば親と子がバラバラ。子供は勉強づけで本 来の遊びを知らず、夢や目標を失った。親と子が一緒になって何かをする、そういう機会を与えることが大事ではないか」

 それが親子農業体験塾であつた。木原氏は1年後の開園を目指して「志路・竹の子学園」創設に踏み切ったのであった。所有の700坪に周辺の600坪を買 い求めた。更に、木原氏の無償のボランティア精神に賛同した地元のシニアたちが3500坪の土地を提供してくれた。合わせて5000坪の田畑や山を切り拓 いて公園や遊歩道、炭焼き小屋、あずまや、それに学習設備と、自然をモチーフにした竹の子学園が16年4月開園したのであった。

 木原氏が竹の子学園の運営にこだわったのは金儲けではない。したがって基本は行政の支援は一切受けない。農業管理を営む労力はすべて地元で無償で提供す る。実費は木原氏と入園者が負担するという3点。日本にはこういった様々な施設があるが、行政の支援を受けないと言い切るところは皆無であろうし、むしろ 「これだけいいことしているので少し支援補助して下さい」というのが常識である。それを一切しないという竹の子学園は天晴れ!!

 また塾生に対しては、親の言うことを素直に聞き入れる。良い生活の習慣を身につける。世の中のルールを理解する。自信をつける。依願心と甘えを断ち切 る。自分の頭で考える習慣をつける。やる気を引き出す。やさしい心を育てる。へこたれない根性を身に付ける– を掲げる。

 これこそまさに子供たちの教育に今求められている、自立し社会で生きていくための術であろう。木原塾長は「子供の心に灯を点そうと念願し、情熱があれば 教育者の真似事ぐらいできよう」と。「竹の子学園」は地元のテレビ局にも何度も取り上げられ、また木原氏自身も学園主宰として教育問題に発言を求められる 機会が増えたのだった。

 そうしたことから「体験学習」に訪れる団体も増えている。また東広島市河内町でも農業塾計画があり、竹の子学園に視察に訪れた。木原氏も河内町で講演 し、近々農業塾がオープンする運びだ。「こういう施設が全国にできると教育は変わってくると思う。我々のような高齢者はふる里を持ち、ただの土地もいっぱ い持っている。またどこでも金持ち、知恵持ち、時間待ちの高齢者は増えるばかりで、彼らは働く場所がない。世のため、人のために尽す、という素晴らしいこ とが分かったら、沢山の賛同者も増えるかもしれない」と期待する。

「安倍総理が自然体験、農業体験とおっしゃるが受け皿がない。その受け皿をどうするのかという具体的なビジョンが見えて来ない」とも。

 親子農業体験塾も、街やトイレ掃除も挨拶も、言うなれば子ども教育の原点だ。「高陽地区のバス停を見て貰ったら、他と較べてうんとキレイです。芸備線の 6つの駅、安芸矢口から狩留家まで、しょっちゅうキレイとは言わないが、以前と比ベウソみたいにキレイになった。自転車だって並べるようになったし。やは り誰かがずっと続けてやっていくということによって周りが変わってくる。賛同者が現れてくるという波及効果が大きいんです。

 近々東京の歌舞伎町に行きますが、アソコの掃除、毎月1回、4年間、48回続いています。私は毎回ではありませんが、行って掃除する。朝5時から始める んですが、最初の頃はお巡りさん付きでしたね。ところが今では町内の方々もご一緒で、お巡りさん抜きでやれる。あそこのドブ掃除というのはとにかく臭くて なかなか手が出せない。私はそれをやります。なぜか免許証や健康保険証が数枚出てきます。それを洗って拭いて交番に届けるんです」

 掃除学の話になるともう止まらない。根っから掃除が好きになったのであろう。そして最後は竹の子学園だ。

 悩みもある。親子農業体験塾の塾生は22名。そのうち、1年生が10人、6年生が3人。6年生の3人がリーダーになって活動するのだが、リーダーが年に 3人しか育てられないという悩みだ。もし10カ所になれば30人。100カ所になれば300人が送り出せる。だからこそ、誰か夢と情熱のある人に続いて欲 しいということになる。しかし、そう願いはしてもなかなか無理な話でもある。したがって竹の子学園の更なる充実の夢を見る。

 「近接するところに町有林が10町歩(約3万坪)あります。これを買いたいと申し出ているのですが、なかなか実現しない。これが実現すれば、都市とふる 里の高齢者たちが月1回でも集まって意見を交したり、お茶を飲んだり、菓子を食べたり、イモを焼いて食ったり、昼寝して風呂を入れて帰ってもらう。竹の子 学園があるために、月1回夫婦が集うことができる。こうしたふる里の活性化のために命ある限り頑張りたい。


「表紙の人」 ~ビジネス界[展望社]2007年6月号掲載記事~
ビジネス界 2007.6 「表紙の人」より