日々の暮らしを見つめ直す

日々の暮らしを見つめ直す11 今を大切に生きる

人生、今が本番

私はまもなく満年齢で70歳。数え年で計算する方が正しいそうですが、今風で
「古稀」になります。

 古稀は中国の詩人・杜甫の曲江時の詩句による「人生七十、古来稀なり」に由来するそうです。長生きの称号ですが、最近の高齢化社会では珍しくなくなりました。しかし、残された時間は少なく、それだけに価値があります。一日どころか、一時間<n\br> だってぼーと過ごせない気がします。

 松下政経塾・元塾頭の上甲晃先生から古稀を祝って、「人生、今が本番」と揮毫し
た色紙をプレゼントいただきました。

 ほんとうに人生は、いつも「今が大切」ですね。

■未来の蕾でいっぱいの今

 私のようなものでも、小学校などで子供たちに話をする機会が与えられます。

 そんなときは嬉しいですね。陶芸家の河井寛治朗先生の詩にある「過去が咲いている今。未来の蕾でいっぱいの今」が、教室にはあふれています。とりわけ可愛い蕾は、未来に向かって大きく花開くでしょう。

 先日は「幸せ」について話し合いました。最近は一方的に話すのではなく、Q&A方
式で対話をしながら授業を進めています。
 子供たち全員が授業に参加する意識を持つことで、集中力や理解力が一段とアップします。

 私は教える立場で答えを出すのではなく、子供たちの意見をまとめながら集約する役割です。その中から幸せは一人では得られないことを理解します。みんなが幸せになってこそ、自分も幸せになれると分かれば、いじめは悪いことだと実感できます。人を喜ばせることが幸せの原点だと知れば、一日の行いが変わります。今の大切さを行いを通して知ります。

■子供たちの心に残る行い

 毎週水曜日に実施している通学路清掃にも強い関心が寄せられ、多くの質問が飛び交いました。「誰でも美しいものを見れば、心が和やかになる。ゴミ一つない美しい道を通学すれば、勉強だってきっと楽しくなる」と答えました。

 2週間後の水曜日、通学路を清掃している私たちを見付けて、子供たちは大きく手を振ってあいさつしてくれました。たとえささやかな行いであっても、子供たちの役に立つのであれば、その心に強く刻まれ、大きく育まれます。

 子供たちに「無理してゴミを拾わなくてもいいから、せめて捨てない人になろうね」と約束してもらいました。そうなると大人は大変です。あちこちにタバコの吸い殻など平気で捨てていると「いまどきの大人たちはダメね」と、子供たちに笑われてしまいます。

 時間の無駄遣いをせず、小さな行いを大切にしながら今を懸命に生き切る、それは私たち大人に課せられた役割の一つでしょうね。

日々の暮らしを見つめ直す10 可愛い子供に時間を使う

可愛い子供に時間を使う

いじめ、非行が蔓延

最近、子供たちのいじめ、非行、自殺などが、マスコミの俎上に上らない日はありません。過剰報道の傾向も見られますが、それにしても悲しむべき荒れた世の中になりました。
安倍晋三内閣の教育再生会議でも、学校、家庭、地域が一体となって、子供たちの健全な成長を願っての施策を議論していますが、何となく絵空事のようで現実性が乏しい思いがします。
その中で自然体験を通じて子供たちの豊かな人間形成を図る提言がされていますが、具体的にどうすればいいのか、今のところ決め手に欠けるようです。
いずれにしても速効性のある方法はないのですから、小手先で法律をいじるよりも、抜本的な対策が強く望まれます。

子供に自然体験の舞台を

長く続いた詰め込み教育の誤りが、親も含めて子供たちの人間性を傷めたところに問題の根はあります。
確かに県知事たちの逮捕に見られるような政治の乱れ、経済成長一本槍だった政策のひずみ、教育委員会の無策や無責任、学校教育の質の低下などに問題の多くがあります。
しかし、これらの社会現象を非難・批判して口角泡を飛ばしたところで、解決の糸口にはなりません。
それよりも親が可愛いわが子の成長に、どれだけ熱意を持っているかが問われています。子供の成長に自然体験が有効だと分かっていても、その舞台さえ用意されていません。
たとえ舞台があったとしても、子供は親の手助けがなければ、自らの意志で自然体験の機会を持つこともできないのが現状です。

親は子供のために時間を

可愛いわが子のために親は、どのくらいの時間を使っているでしょうか。どれだけ親と子が会話をしているでしょうか。今一度、政治や社会を非難する前に、自らの日々を振り返って下さい。きっと驚くべき姿が見えてくる筈です。
私は親子農業体験塾「竹の子学園」を主宰し、子供たちのために自然体験の舞台を用意しています。
子供たちのために1ヵ月に一日でいいから親の時間を使ってほしいとお願いしていますが、わずかそれだけの時間も使ってもらえないのが現実です。
親は子供のために、高価なテレビゲームなどにお金を使いますが、残念ながら子供と一緒に過ごす時間を与えてくれませ。
どこか間違っていないでしょうか。いじめや非行などの悲しい出来事は、親がもっと子供と時間を共有することにより、いくらかでも防げると思うのですが、いかがでしょうか。

子供を大きく育てたい
子供たちの持っている勝れた資質を大自然の舞台で存分に発揮させ、素直に成長してほしいですね。

 

Plus One Message

日々の暮らしを見つめ直す9 食生活を改め良い人生を

食生活を改め良い人生を

ガンの発病が幸いする

 11月初旬、久しぶりに定期健診を受けました。

 前回が平成14年の12月でしたから4年ぶりになります。結果は予想外の100点満点。悪くはないと思っていたものの、合格点をもらってホッとしています。

 その時、精密検査の結果、悪性腫瘍(ガン)と診断されて愕然とした一瞬を生々しく思い出します。「発見が半年遅かったら命はなかったよ。よかったね」と、主治医は幸運を喜んでくれました。結果、胃の全摘出手術を受ける羽目に…。

 一見、不運と見られるガンの発病でしたが、結果的に満点の健康体に恵まれる序章でした。手術後3年半を経過しましたが、人間は過食、美食さえ慎めば、概ね健康な日々を過ごせると、体験で知りました。

健康は腹6分目から

人間は誰しもおいしいご馳走を、腹いっぱい食べたいものです。それが健康に悪影響を及ぼすと分かっていても、欲望を押さえるには相当の強い意志と、周りの協力が必要とされます。

 私の場合、人並みの欲望はありますが、残念ながら胃袋がないため、日々の食事も量が限定されます。その上、よく噛んで液状にならないと食道を通らないのですから、我慢するしかありません。

 結果として腹6分目の食事が習慣になり、かつての肥満体は20キログラム減でスリムに、体脂肪率も12パーセントとスポーツ選手並み…。背負っていた小学生を1人降ろしたようなものですから、動きも軽やかにやりました。

 さらに噛んでも溶けない肉類、さしみなど身体が受け付けてくれません。

全ての臓器が安全圏に

4年前の私は健康診断でたくさんの注意を受けながら、病気を甘く見て無視していました。検査項目の大半が不合格だったのですから。

 ところが手術後わずか3年半で、肝臓、心臓、膵臓、動脈硬化、血圧、前立腺肥大はおろか糖尿病まで合格点をもらいました。医師の治療を受けたり、薬のお 世話になったのでもありません。健康食品にも無縁でした。ただ、よく噛んで、腹6分目の食事、止むを得ず過食、美食を慎んだだけ…。

 体重が1キログラム増えれば、ウエストが1センチ大きくなります。その1センチが寿命を1年縮めます。誰もが健康で長生きを願うもの。それには「粗食」「小食」を心掛けるしか、他に方法はないのです。薬も健康食品も一時しのぎでしかありません。

健康で楽しい人生を願う

新しい年になると「古希」を迎えますが、ガンになったお陰で楽しい日々を過ごさせていただいています。
健康長寿の楽しい人生を願うなら、ともかく「美食」「過食」を我慢すれば、良い人生への道が開けます。

思いの強弱が勝負です。

日々の暮らしを見つめ直す8 はじける笑顔で朝のスタート

はじける笑顔で朝のスタート

笑顔いっぱいの国

 貧しい国の代名詞代わりに使われるバングラデシュ国を、ご縁があって何度か訪問しています。

 その都度、感じることはアッサラーム・アライクム(おはよう)、ドンノパッド(ありがとう)の言葉の多さです。しかも弾けるような笑顔が付いてきます。

 外国人の私たちにも、百年の知己のように明るいあいさつが飛んできます。多少の警戒心など、その一言で胡散霧消してしまいます。

 この国では「あいさつすること」 「助け合うこと」 「分かち合うこと」が、生きていく上で最小限の条件なのです。

 貧しいからこそ、本来人間が持っている善なる習慣が存分に発揮されるのでしょうね。滞在中、ずっとうらやましく思いました

豊かさで心を失う

 最近の日本では路上で物乞いする人、まして飢え死にする人なんていませんね。どんなに不景気でも、おいしいものを食べて食ペ残しをして生ゴミを増やし続けています。

 でも、分かち合ったり、助け合りたり、笑顔であいさつを交わす光景は滅多に見なくなりました。溢れるモノを得た代わりに、豊かな心をどこかへ捨て去ったように思います。

 毎朝、バス停などの掃除をする時、大人や子供すペての人に、大きな声で「おはようごぎいます」と声を掛けています。だが、子供はともかくとして、まるで目や耳が不自由なように無視する大人の多いことか。

 どんなに上等な衣服を着て外見は立派でも、心の貧しさが透いて見え、寂しくなってしまいます。

■子供たちを範とする

 バス停の清掃の後、ハイライフの陸橋を渡って、落合東小学校までゴミを拾いながら往復します。登校する子供たちからは、遠くから元気一杯の「おはようございます」が届き元気をプレゼントされます。まさに救われる思いです。

 あいさつを返してもらえない大人を批判しているのではありません。あいさつをしなくても生きていける今の社会の有り様が悲しいのです。

 仕事に疲れた夕方はともかくとして、せめて、朝一番くらいは弾ける笑顔でスタートしたいですね。

 まるで路傍の石のような無感動、無表情の人たちのバス停の行列を見ると、日本社会の冷たさを象徴しているようで辛いです。せめて子供たちの元気さを見習ってほしいですね。

■賑やかなパス停に

 おたがいに小さな町で暮らすもの同士、声を掛け合い笑顔で楽しいバス停の光景を演出してください。きっと仕事もうまくいくと思いますよ。アッサラーム・アライクム、ドンノパッドが溢れる朝にしましょう。

日々の暮らしを見つめ直す7 風呂敷を使いませんか

一向に減らないポリ袋

 資源を無駄に使っている代表選手として、いつもポリ袋が槍玉にあがっています。行政や地域の団体でも、お買い物に「マイバッグ」活用を呼び掛けていますが、スーパーやコンビニから両手にポリ袋をぶら下げた人は、相変わらず減る気配はありません。

 たしかにポリ袋は、手軽で便利な入れ物です。しかし、家庭ゴミ全体に占める容器包装ゴミの割合が61%(容積比)と聞かされるとただ事ではありません。ポリ袋を減らす呼び掛けに、もっと関心をもつのは消費者の責任ではないでしょうか。

 自分ひとりくらいはといい加減に考えていると、ポリ袋が地球を滅ばすことにもなりかねないのです。ちょっと大げさですかね。

リデュース リユース

 「リターナルびん」とは、回収しながら何度も再利用(リユース)できるビンのことです。一方「ワンウェイびん」とは、一度使っただけで資源リサイクルに回される容器です。

 「ワンウェイびん」は分別さえしておけば、行政が税金で回収してくれるため、使用量が増え続けています。リサイクルの普及が、必ずしもゴミの減量になっていないのです。

 とすれば、リサイクルの前に、ゴミになるものを使わない「リデュース(発生抑制)」、何度でも繰り返し使える「リユース(再利用)」を優先させることが大切だと分かります。

 ゴミになるものはなるべく使わないようにする気持ちを、手軽で便利より優先する責任が、消費者にあるのではないでしょうか。

「風呂敷」の復活

 少数派ですがスーパーなどでレジを済ませた後、お買い物を新聞紙に包んでマイバッグに入れられる主婦を見かけます。思わず拍手喝采を送りたくなります。

 ところが中には余分なポリ袋まで要求し、袋に詰め込む光景もしばしば目撃します。「マイバッグ活用運動」など、どこ吹く風の厚かましさです。

 私は男ですからそんなにたくさんの買い物をしませんが、マイバッグ派です。入り切らないときは、段ボール箱をもらっています。でも少々持ち運びに不便なのです。

 どんなものでもたった一枚で上手に包み込んでくれる魔法の布。手に提げたり背負ったり、包みを運ぶスタイルも自由自在。

 半永久的に「包む」「運ぶ」に使える風呂敷。これこそ「リデュース」「リユース」の代表選手です。

 使ってみると、ゴミになる紙袋やポリ袋よりずっとお洒落ですよ。

日々の暮らしを見つめ直す6 最後まで使いきる

最後まで使いきる

きれいになったバス停

 毎朝始業前に歩道やバス停などの清掃をしていますが、10年前を考えると夢のようにきれいになりました。

 何よりもアルミ缶やペットボトルの放置が、ほぼゼロになったこと―驚くべき事実です。手を焼いていた家庭の生ゴミも、滅多にお目にかかれなくなりました。こうなるとやりがいが一層増え、元気が出ます。

 現在担当している場所は「上岩の上(ハイライフ)」停留所の下り線です。2名で清掃していますが、私は自転車置場や通路付近を済ませ、移動します。

 陸橋を渡り、落合東小学校まで子供たちに「おはようございます」とあいさつしながら、歩道のゴミを拾って会社まで戻るのが日課になっています。

気になる放置自転車

 清掃のついでに自転車を揃えていますが(バイクは重いのでそのままま)、気になるのは長い間放置されている自転車です。新品同様の自転車、ちょっと手を加えれば乗れる自転車、廃物化した自転車などさまざま。
   捨てられているように見えますが、これらの自転車はれっきとした個人の所有物なのです。どんなに邪魔になっても、私たちが勝手に処分できません。

 といって、行政の担当者が何とかしてくれるのか―といえば、実は簡単ではありません。放棄されているとはいえ、個人の所有物を処理するには、それなりの手続きが必要です。

 ある調査によると1台の処分費が13000円必要です。日本全国では650万台、何と845億円もの税金が使われるのです。

もったいない

 「もったいない」の表側は、物的損失を惜しむ心です。その裏側では、「努力」や「苦労」、それに「時間」や「歴史」など、せっかく積み重ねてきたことを「失ってしまう」「無しにしてしまう」ことへの無念と悲しみがあるのです。

 日本は資源の少ない貧しい国なのに、ものが溢れ過ぎて豊かな国と錯覚しているのではないでしょうか。

 食料自給率が40%のわが国では、何らかの事情で輸入がストップすると、たちまち飢餓の国になってしまうのです。怖いですね。

 一例を上げれば、買い替えの携帯電話が1年間に約5000万台、テレビが355万台、冷蔵庫が265万台、使えるのに廃棄され、税金で回収されています。もし、修理しながら使いきったとしたら、日本はとてつもなく豊かな国に変貌します。

 浪費でものを失いながら、大切な日本人の心まで捨てているように思います。

日々の暮らしを見つめ直す5 心を込めた食事づくり

心を込めた食事づくり

バングラデシュを訪問

 今年の4月29日から5月6日まで、赤道直下の発展途上国・バングラディシュを友好訪問しました。

 志ネットワーク(代表・上甲晃さん)の一員として4度目の訪問ですが、今回は初めて孫(小学5年)を同伴しました。さわやかな日本から猛暑の国への旅だけに、孫も初めての海外旅行で戸惑ったようです。

 志ネットワークの活動として交流10周年となり訪問先のアルノイド村では、記念行事として大運動会が開かれ、老若男女が入り混じっての大イベントになり ました。子供10名を含む日本からの参加者36名も童心に帰り、気温38度の猛暑を物ともせず、大ハッスルの一日でした。

貴重なホームステイ体験

 友好訪問の目的は、国家のために働くという志高い人たちや経済界との交流、青年たちの自立支援、医療や孤児の施設訪問など多彩です。
 
 活動の中で得がたい体験のひとつとして、農家でのホームステイがあります。電気、ガス、水道のない暮らしを実際に体験するのです。

 農村で育ち、古希を迎える私でも、戦前戦後を通じて文明の恩恵を受けない暮らしは経験がありません。

 まして便利な日々に親しんでいる孫にとっては、驚天動地の日々だったに違いありません。夜になればランプの明かりに頼り、テレビやファミコンなどは無縁の暮らしが始まります。

 日本では考えられないトイレ、キッチン、浴室などない日々を、孫はどう感じ、何を学んだでしょうか。実に興味があります。

時間と愛情は正比例

 バングラデシュのファミリーは子供が多く、20人前後の大家族です。朝食の準備などは、想像を絶する忙しさです。

 ご主人の許しを得て、一部始終を見せていただきました。朝食は午前8時です。

 女性たちは4時半に起床し、庭に掘った竃(かまど)に小枝を折って火をつける人、ポンプの水を汲んで食材を洗う人、青龍刀のような刃物で刻む人、生きた鶏を料理する人、さまざまな作業を経て2時間、やっと質素な食事の出来上がり…。

 気温が高く湿度も多いので、食べ物は保存が出来ません。三度三度同じ手順を繰り返すのです。

 食べ残しゼロは、貧困のせいと思い込んでいた私。念のため確認したところ、「時間をかけて作った食事は、愛がふんだんに込められている。だから粗末にしては罰が当たる」に赤面。

 傲慢なわが身に鉄槌が下され、自戒の念でいっぱい。

日々の暮らしを見つめ直す4 食べ残しが許されない理由

食べ残しが許されない理由

下がり続ける食料自給率

 世界の主要先進国では食料の自給率が上がっているのに、日本だけは下がり続け最低の水準になりました。

 明治時代は国内生産で食料の全てをまかなっていたのが、1970年には60%に、現在では40%にまで落ち込みました。ちなみに広島県は24%です。

 『食料自給率』とは、その国で必要な食料が、自分の国でどのくらい作られているかという割合です。

 下がった理由は、日本で生産できる穀物、野菜中心の食生活から、肉や油を使った欧風型に変化したからです。この傾向は今も止まらず、更に進んでいます。

 逆にフランス、アメリカでは100%をはるかに越え、ドイツも達成しました。

世界的視野で考える

 農産物を生産する農地は、これから増えそうにありません。反対に人口は発展途上国を中心に、2050年には30億人も増え93億人になると予想されます。
 
 世界の食糧事情を考えると、日本が必要とする食べ物をいつまでも外国から輸入できるとは限りません。

 自分たちに必要な食べ物は、自分たちで作る努力をする考え方が必要でしょう。

 食料の輸入量を減らす努力は、飢餓に苦しんでいる発展途上国の人たちを助ける行いにもつながります。

 私たちの心構えとしては、

1.日本の食糧事情について理解する。

2.食べ残しをなくし、穀物・野菜中心の食生活に戻る。

3.地域でとれる食材を選び、地域の農家を支援する。

などが求められます。いかがでしょうか。

■改めたい生活習慣

 食料の多くを輸入生産物に依存している日本が、大量の食料品を廃棄している事実をご存じでしょうか。

 賞味期限切れの食料品を中心に、毎日約300万食が生ゴミ化されているのです。廃棄食品だけで、広島市の食生活を全てまかなえる量! 浪費は恐いですね。

 一般家庭の食品ロス率は8%を越え、外食産業の5%を凌駕しています。消費段階での食べ残しは、資源の浪費のみならず、廃棄物による環境負荷まで深刻化させるのです。

 何よりもまず、私たちに日々出来る行いから改めたいですね。

1.無駄のない料理をする。

2.食品の保存を上手にする。

3.買いすぎ、作りすぎをしない。

4.食べ残しをしない。

4.冷蔵庫の中や家庭内の食材を常に点検する。

6.「賞味期限」や「消費期限」を考えて利用する。

さあ、今すぐ実行!

日々の暮らしを見つめ直す3 まだまだ人生これから

日本、また長寿国世界一

このほどWHO(世界保健機関)は、2006年版の「世界保健報告」を発表しました。
それによると04年の平均寿命が世界で一番長いのは、日本、サンマリノ、モナコの82歳で日本は「長寿世界一」の座を維持しました。

男女別では女性が86歳、男性が79歳でどちらも世界一です。最も平均寿命が短いのは、ジンバブエの36歳です。
ちなみにわが国の長寿県一位は沖縄県、二位は長野県ですが、内容は大きく違います。
沖縄県は女性が圧倒的な長寿で、長野県は夫婦揃って長寿、しかも就労率はダントツのトップです。
ランキングを分析すると面白い傾向が見られます。

実質的トップは長野県

沖縄県は平均寿命と「百歳率」こそトップだが、女性の一位は揺るがないものの、男性は24位に転落する異変が起きています。
沖縄県の長寿を支えてきたのは伝統の食習慣ですが、中年以下の欧風化で徐々に崩れはじめているのです。
肉乳製品中心の食生活は死亡率を高め、穀物、野菜中心の食生活は健康長寿に貢献しています。
あらためて食生活の大切さを認識したいものです。

長野県は過去3回連続して男性が一位、女性もベスト5の地位を保持しています。
驚くべきは、高齢者の就労率がトップ、70歳以上の配偶者のいる率もトップ、老人医療費は、全国で最低のデータもあります。

生き方で変化する余命

長野県は「PPKの里」と自称しています。「ピン・ピン・コロリ」の略で、「健康で長生きしてコロリと死ぬ」という意味です。
平均寿命の数字に一喜一憂する必要はありませんが、夫婦そろって健康で働ける高齢者になりたいですね。
健康長寿の秘訣を調べると規則正しい食生活、好奇心旺盛で勉強好き、お洒落に気を使い新しい友達を作る、?自分のことは自分でする、ボランティアに参加する、積極的に外出する、趣味を楽しむ、決まった時間に寝る、?ストレスを残さないなど…。

つまり家の中でごろごろせず、積極的に社会参加するのが秘訣なのです。「長生き」ではありませんよ。
「健康長寿」です。間違えないようにしてください。

今月の童謡・唱歌

もうすぐ「子供の日」です。鯉のぼりも団地では見なくなりました。
せめてもの罪滅ぼしに「屋根より高い鯉のぼり…」など、子供や孫といっしょに歌いましょう。

 

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日々の暮らしを見つめ直す3

日々の暮らしを見つめ直す2 報恩・感謝のこころ

卒業式の「仰げば尊し」

2月26日付・中国新聞朝刊の「ふれあい」欄に掲載された今週のランキングは、3月にちなんでかテーマが「卒業式で歌いたい歌、聞きたい歌」でした。
応募者の年齢層は不明ですが、予想通り圧倒的多数で1位はなつかしい「仰げば尊し」2位が「蛍の光」でした。
残念ながら最近の卒業式では、どちらもまったく歌われていません。

他には「贈る言葉」「世界に一つだけの花」が続きます。最近よく歌われている「3月9日」「旅立ちの日には」は、残念ながらベストテンから漏れていました。

卒業式の選曲は生徒に任せる学校が多く「仰げば尊し」などは、中高年族の郷愁でしかないのでしょうか。
今月から「ちょっと・とーく」はテーマを新しくし、裏面には四季折々の「後世に伝えたい日本の童謡・唱歌」をご紹介させていただきます。お楽しみに…。

異国で歌い継がれる

掃除活動などのご縁でこれまで3度もブラジルを訪問しましたが、意外に「仰げば尊し」が異国の日系人に人気第1位なのです。
親しい友はアルコールが入ると、こぶしを突き上げながら「なぜ日本では『仰げば尊し』が歌われないのか」と悲憤慷慨するのです。

異国で暮らす人たちの単なるノスタルジアと思いきや、師の恩、親の恩、祖先の恩をないがしろにする今の日本人の姿を嘆いているのです。
私にも思い当たる日々があり、恥ずかしくて小さくなっていました。
彼らは「日本で歌われなくても異国の私たちが、祖国の名曲をいつまでも歌い継いでいく」と頼もしく宣言してくれました。

物の豊かさで失ったもの

近代の急激な経済成長で、お金さえ出せば欲しいものは大抵手に入るようになりました。
中には物を得るために手段を選ばない人も多く、数々の悲惨な事件の原因にもなっています。
残念ながら、愛する、慈しむ、思いやる、畏れる、努力や忍耐、礼儀正しさなど、日本古来の伝統や文化を失いつつあるように思います。

このまま放置するとダメに日本になり、ダメ人間が増えていくばかり…。
ここ一番、中高年族が率先して日々の暮らしを見直すところから、若い人の範になりたいですね。

ご先祖のお墓参りから

お彼岸(春分の日、秋分の日)には、家族揃ってお墓参りし、香華を手向けながら、自然の恵みやご先祖の物語などいかがでしょう。
きっと子や孫たちが、目を輝かせて聞いてくれると思います。なつかしい唱歌「ふるさと」など、大きな声で歌い聴かせるひとときも、意外にたのしいものです。

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日々の暮らしを見つめ直す2 

日々の暮らしを見つめ直す1 童謡・唱歌を口ずさむ

新「ちょっと・とーく」

一昨年から「悪質商法から身を守る」をテーマにして、住宅リフォーム詐欺の実態などお伝えしました。
このほど警視庁がまとめた05年の悪質リフォーム事件は、被害者が前年の約5倍の2万5千人、被害額は約16倍の223億円に上ることが分かりました。

この数値は摘発されて判明した員数・金額ですから、実態では数倍にも上るものと推測されています。
自らの英知と家族愛や地域社会の助け合いで、悲劇を未然に防ぎたいですね。
今月から「ちょっと・とーく」はテーマを新しくし、裏面には四季折々の「後世に伝えたい日本の童謡・唱歌」をご紹介させていただきます。お楽しみに…。

折り目正しい日本語

最近、小学校、中学校で使用されている音楽教科書を見ると、意味不明の擬音語、擬態語、造語、外国語が急増しています。
その中から、先人たち積み上げてきた文化遺産―折り目正しい日本語は探すのに一苦労、時代を担う子供たちの教育にふさわしいのか、疑問に思います。
若年層で使われる意味不明の日本語が、子供たちの音楽音楽教科書の乱れと無縁ではないと思いますが、如何でしょうか。

それはそれとして、正しい日本語がちればめられた童謡・唱歌を知っているのに、カラオケ演歌に熱心な私たちにも、大いに責任がありそうですね。

大自然の中で熱唱

 昨年11月、私のふるさとで催した「秋のマルコシ感謝祭」に多くのお客さまが、遠いのに足を運んで下さいました。
初めての試みとして、プロの歌手を招いて「童謡・唱歌を楽しむ集い」を、プログラムに入れました。
何とこの企画が予想外の大好評。年配のお客さまが多いせいもありますが、中には涙を浮かべて熱唱される方もありました。

日々の暮らしを見つめ直す1
若かりし頃を懐かしむ想いもありますが、できれば事あるごとに地域や家庭でも、美しい日本語の童謡・唱歌を後世に歌い継げたら―と強く思ったものです。

日々の暮らしの彩りに

あらたまって考えると面映ゆいものがありますが、夫婦でジョギングするとき「はあるのおがわはさらさらながる…」など、口ずさんでは如何でしょうか?
孫たちとハイキングに出掛けたとき「おててつないで…」と、手をつないで声を揃えては如何でしょうか。
きっと彩りあざやかな日々を、楽しめると思います。

 

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日々の暮らしを見つめ直す1