「好老社会」を作る

「好老社会」を創る⑩~若い世代に負担を掛けない~

天皇陛下のご遺言?

天皇・皇后両陛下が火葬を希望し、あわせて葬儀を簡素にするよう述べられたと宮内庁が発表しました。天皇のご遺言と言ってもいいような内容ですが、そこには強烈な意志を読み取ることができます。その意志とは次の世代を生きる人々に負担を掛けまいとするお気持ちではないでしょうか。日本は世界一の長寿国ですが、同時に少子高齢化社会への道をひた走っています。それはこれまでのように若い世代に負担を掛けることが許されない社会になることを示しています。「雨が降っていくところがないから病院へ行った。常連のAさんが来ていない。何処か悪いのだろうか」という笑い話があるように高齢者は国の補償制度に甘え過ぎています。それが結果として子育て世代へ過度の負担を掛けています。天皇陛下のお言葉を推測すると、しっかり自分の足で立つような生き方をして欲しいという願いのようです。

医療費の負担

七十歳を超えると所得の高い人は別として多くの高齢者は医療費の負担が一割です。それが二割になるとか、後期高齢者の健康保険が撤廃されるとか、いろいろな話があります。一割負担が二割になると倍ですから、負担感はずっしりと肩に感じられます。それでも残りの八割~九割は若い世代が負担していることになります。ですから病院を集会所のように利用して無駄な医療費を使うことは許されないのです。

極論ですが医療費の負担を五割にしてはどうかという話もあります。そうなれば今まで千円で済んでいた窓口の支払いが五千円に増えるのです冷たい国の仕打ちに腹も立ちますが、病気の重い患者は別として間違いなく病院への足は遠のきます。そのぶんだけ若い世代の負担は軽くなります。介護保険の利用も同じです。国や若者に寄りかかる生き方を改めないと老後の暮らしを保障する制度が根幹から崩壊する時代になりました。

健康に生きる日々を

病気になったらどうすればいいのか、と多くの人は国の仕打ちを批判します。しかし、「若い世代に負担を掛けない生き方」を是とするならば、病気にならないよう日頃の生活態度を整えるのも、高齢者の責任と言えるでしょう。美食、過食を控え、身丈にあった適度な運動をすることで、大抵の病気は押さえられます

糖尿病や高血圧、神経痛通風などは改善されるはずです。病気になって病院通いをし、国や次世代に負担を掛けるより、倹しい食生活と適度な運動で健康体を保つ生き方が、よほど人間らしいと思います。
  

過保護は高齢者に依頼心を植え付けます。誰かが何とかしてくれると思ってもしてもらえない時代になりました。「依存」から本来持っている「自立」へと大きく舵を切る事が求められます。両脇を抱えられて歩くより、自分の足で歩くことが幸せに繋がります。改めてわが生き方をもう一度見つめ直したいですね。

「好老社会」を創る⑨~二度の人生とは言わない~

四万四千四百五十六人

「六十、七十は洟垂れ小僧、男盛りは百から、百から」とは、百七歳まで創作を続けた彫刻家・平櫛田中(ひらくしでんちゅう)さんの名言です。この言葉に元気をもらった人も多いでしょう。「七十歳、おらが村では、青年団」という川柳にも励まされます。今年の「敬老の日」に百歳以上の高齢者が、四万七千七百五十六人になりました。そのうちの九割が女性ですから、平櫛先生の名言の中から「男盛り」を「女盛り」に変える必要があります。

百歳以上が一万人の大台に乗ったのは一九九八年のこと。わずか十三年でここまで伸び、来年は五万人の大台に乗ります。四十年後の二〇五〇年には、なんと七十二万人になるというから驚き。しかも人口が九千万人を割り込むから、割合は八パーセント。十二人に一人が百歳以上の計算になり、女性のウェイトは更に増えます。男性八万人、女性六十四万人では、もはや勝負になりません。

自動車から自転車へ

最近の熟年世代の中では自転車がブームになりつつあります。マイカー時代に圧倒されて小さくなっていましたが、マイカーからバイクへ、そして自転車の時代に移行しつつあります。定年退職で仕事から解放された世代は、これから三十年~四十年の残り人生をどのように過ごすか、これからの大きなテーマです。四十年働き続けて定年を迎えても、更に同じくらい生きなければならないのですから「余生」とか「第二の人生」などとのんびりしてはいられないのです。「新しい人生が始まる」と覚悟し、真剣に取り組まなければならないのです。

自転車の話は定年退職後の過ごし方に大きな関わりがあります。ベタルを踏んでいける距離の範囲で時間を過ごすことが多くなるからです。もはや高齢者にとっては、自分の足と自転車以外は無用の長物になるのです。行き先の一位は公園、二位が図書館、三位が繁華街だからです。

ちょっぴり人のために

人気の公園はアスレチックや健康遊具が完備したところはありませんが、子どものための公園は高齢者のために姿を変える時代なのです。公園は出入りが自由、二十四時間開放、しかも無料です。新しい出会いも得られます。失われつつある地域の絆も蘇る可能性があります。繁華街が上位にランクされるのは買い物を楽しむのではありません。年金暮らしで小遣いは乏しい、もともとお洒落で教養もある。無料で入れる百貨店の催し物や画廊を覗いたり、ウインドショッピングを楽しむのです。それには自転車が最適です。駐車料もいりません。

でもそれだけでは、ちょっぴり寂しいですね。せっかくの時間が、余り過ぎます。それを人のために使っては如何でしょうか。生き方をちょっと変えるだけで日々が充実し、毎日が明るく楽しくなります。人のために生きると決めれば、老後の人生はバラ色ですよ。

「好老社会」を創る⑧~小家族時代を 生き切る~

料理番組の移り変わり

五十年程前、NHKの番組「今日の料理」のおかずは六人前が標準でした。程なく四人前になり、今では二人前が当たり前になりました。それだけ少ない人数の家庭が増えたということですね。

昨秋の国勢調査によると家族構成では一人暮らしが31%に達し、とうとう首位になりました。標準的だった「夫婦と子ども」は29%で2位に転落、夫婦のみは20%。独居の高齢者や未婚者が増えた結果世帯数は五千万を超え、家族の人数は2,46人と最低を更新。

料理番組のおかずの材料が二人前もうなずけます。テレビ相手につぶやくのも悪くはないが、一人の食事は何とも味気ないですね。

立ち居振る舞いが一人で出来る間はいいとしても、誰かの助けが必要になるとどうしようかと不安のタネは尽きません。昔から頼りになるのは「遠い親戚より近くの他人と」伝えられますが、血縁より地縁、時には五、六人で食卓を囲みたいですね。懐かしい「材料六人前」で…。

増え続ける引きこもり族

65以上の人口比は23%で世界一、約四人に一人は高齢者です。夫婦家族はともかく、一人暮らしになると地域社会の輪から少しずつ離れる傾向にあります。心配して「声掛け運動」を進める地域もありますが、知った顔ならともかく、知らない人には玄関を開ける人も稀です。うっかりすれば悪質訪問販売の被害に遭いかねません。

「血縁より地縁」と言いますが、地縁を「絆」にするためには、積極的に地域社会と関わりを持つことが大切です。それには外に出ることが一番です。趣味のカラオケでもグランドゴルフでも、忙しいくらい顔を出して積極的に知り合いを作ることですね。東日本の大震災に教わるまでもなく近所の支え合いが、暮らしの安心を作ってくれます。くどいようですが、積極的に地域と関わりあうこと。一人暮らしの心細さを救う唯一の道です。

一生青春 一生勉強

まだ七十歳代の若さなのに「もう老人だから…」が口癖の人がいます。人生はまだまだこれからなのにとんでもない話です。人間はポジティブに生きると癌さえ克服できます。いつも前向きに笑顔を絶やさないことが健康長寿の秘訣です。

それには「まだ若い。人生これからだ」と自分に言い聞かせること。出来るだけ多くの人と交わって勉強すること。自分だけの楽しみではなく、人のため社会のために少しでも多くの時間を割くことです。多くのことは出来なくても、自分に出来ることだけ精いっぱいすればいいのです。

人に出会ったら先にあいさつする。ゴミが落ちていれば拾う。それだけでも人の心を明るくし、社会貢献になるのです。小さな行いを通して社会との絆を少しでも強くする。そうすることで心細い日々が、楽しい毎日に変わります。時には近所の人たちと会話の弾む楽しい食事が出来れば幸せですね。

「好老社会」を創る⑦~子どもの安全は 「じいちゃん・ばあちゃん」 が守る~

おかしな大人が増える困った社会

何とも信じられない話ですが、最近は子どもたちに異常な関心を示す大人が増えているそうです。地域の見守り隊の人たちが、ボランティア活動で子どもたちの安全を見守っていますが、やはり限界があります。地域の隅々まで目が届くほどには至りません。特に児童数の少ない周辺の過疎地域は心配が絶えません。

おかしな大人を批判しても、政治や社会の劣化をなじっても、何一つ問題の解決にはならないのです。ここは地域の「じいちゃん・ばあちゃん」の出番。見守り隊の人たちにおんぶに抱っこでは、ものごとは解決しないのです。地域の子どもたちはみんな自分の可愛い孫、そう思えばなんだってやれないことはないのです。そんなに難しいことではありません。毎日の庭の手入れや水撒き作業を、子どもたちの登校時間、下校時間に合わせて行うのです。それだけで子どもたちの安全は、地域の隅々まで守られます。

朝は8時から庭先で水撒きをしよう

朝は出来るだけ早起きをして8時前には門前清掃を済ませ、水を撒きながら登校する子どもたちに「おはようございます」「いってらっしゃい」と明るく声を掛けるのです。始めは戸惑っていても、元気のいい返事が返ってくるようになります。子どもたちのあいさつや笑顔は、じいちゃん・ばあちゃんにとっては健康のエキスになるのです。

通学路に人の姿が見えないのは、誰にとっても寂しいものです。庭先や道路の端で声を掛け、手を振ってもらうと、子どもらにとっても楽しい一日の始まりになります。近年は核家族化が著しく進んでおり、じいちゃん・ばあちゃんと暮らした経験のない子どもはたくさんいます。くどいようですが、朝8時には門前清掃を済ませ、水撒きをしながら子どもたちの登校を見守る。これだけでも立派な役割です。せっかくですから地域の可愛い孫たちのために、先ずは門前に立って子どもらを見送りましょう。

「8:3・声かけ運動」を全地域に広げよう

午後3時ごろからこどもらが下校してきます。学校周辺は見守り隊の人たちがきちんとフォローしてくれるから安心です。問題なのは家数が少なくなった周辺の地域です。ここで出番がもう一度。暑い夏の太陽に照らされて、庭先や道路が焼けています。資源は大切にすべきですが、水を撒いて冷やすと涼しくなり、結果的には節約になります。

子どもたちが帰ってきたら「おかえり!」と声を掛けてやりましょう。多くの子どもが「ただいま帰りました」と返してくれます。その言葉のやり取りに日本文化の原風景があります。地域の絆が細くなったと伝えられますが、ささやかなことの繰り返しで、助け合いの心は蘇ります。じじばばと孫の心温まる交流が、地域の絆をよみがえらせてくれます。

朝8時に子どもたちに声を掛けよう。午後3時に子どもたちに声をかけよう。名付けて「8:3・声掛け運動」。全地域に広げたいですね。

「好老社会」を創る⑥~掃除を続けると 人生が変わる~

二十年を超えた「そうじ」

平成十年に『掃除に学ぶ』と題した小冊子を発行しています。その記述によると「ゴミ拾い」を始めたのは平成二年四月、徒歩通勤がきっかけ、とあります。五十三歳、体重八十二キロ。現在は七十四歳、体重六十二キロ。二十一年前の姿は、思い浮かびません。以来、手術のため入院したとき以外は、掃除を一日として休んでいません。そんなに「そうじ」が楽しかったかと聞かれれば、首を横に振ります。努力したのかと問われれば、そうでもありません。相当な決意をして汗を流した記憶はなく、単に習慣化しただけでしょう。

 現在では、「公園トイレ磨き」、「通学路清掃」、「バス停清掃」「学校の卒業記念トイレ磨き」「お歳暮清掃」「周辺のゴミ拾い」などコツコツ続けていますが、いつの間にかすべてが十年を超えました。ボランティア活動なら、一日も休まず続けられるものではありません。世のため人のためと言いながら、結局、誰かのためではなく、自分のために掃除をしているのでしょうね。

多くの人と一緒に

地域内にある六つのJR駅の「トイレ磨き」を始めたのは平成十一年でした。毎週土曜日、午前四時半から一週も休まず十年間、五百二十四週も続きました。初めて地域から参加してくださった三島清一さん(当時・口田南在住)は、場所を公園に移した今も続けて下さり、十三年目に入りました。もうすぐ「傘寿」。
   

通学路清掃にエールを贈ってくださったのは大江雅雄さん(口田南在住)。登校する子どもたちに掃除をしながら「おはようございます」と明るいあいさつ。一昨年からトイレ磨きの場所をJR駅から地域内の公園に移しました。新しいお仲間は田畑栄造さん(真亀在住)と、椋田克生さん(落合南在住)。準社員の平見孝夫さん、東田光男さんも参加。熟年者のレギュラーが増え、若い社員の刺激になっています。掃除を続けながら善意に満ちた新しい地域社会が構築されつつあります。

「そうじ」からの贈り物

暑いときも寒いときも例外はないので、傍から見ると大変なようです。「どんな得があるんか知らんがようやるのう」と冷やかされます。「『そうじ』を続けると自分の中に何かが起こる。何かが変わる。その何かは『そうじ』をした人にしか分からい」。トイレ磨きの神様といわれる鍵山秀三郎さん(イエローハット・創業者)のことば。「ゴミを一つ捨てる人は、人生の大切な何かを一つ捨てている。ゴミを一つ拾う人は、人生の大切な何かを拾っている。それもゴミを拾った人にしか分からない」。これも鍵山さんの箴言。

「そうじの習慣」が身に付いた人は、確実に人生が変わります。「家庭」「人間関係」「運」「人生そのもの」が、すべて良くなっていきます。それは『そうじ』を続けた人にだけ分かる。『そうじ』をしない人には分かりません。暮らしていく上でお金は必要です。人生を良くするには、お金よりもっと大切なものがあるよと『そうじ』はそっと教えてくれます。

「好老社会」を創る⑤~好きなものがあれば 人生は豊かになる~

明日も生きられるか

六十五歳で胃がんに遭遇しました。全摘出手術を宣告されたときは、人並みに怯え平静に見せようとつまらぬ見栄を張りました。医師の説明を淡々と聞く風に見せながら、思考回路が滅茶苦茶混乱しました。後から考えると空白にも似たその時間は、わずか数十秒だったようです。

 かねて「古希」を超えたら第一線を退いてふるさとに帰ろうと考え、子どもたちを集めて一緒に農業体験塾を開く夢を抱いていました。その思いを「六十五歳からの挑戦」と題して、生意気にも棊月刊誌に連載中だったのです。命があってこそ夢は実現します。癌のレベルはステージ3―B(五年後生存率36%)で、極めて危うい命でした。

「明日も生きられるか」という素朴なテーマに、夢が天啓のように「大丈夫だよ」と囁いてくれました。人生は面白いですね。その天の声が安心を与え、まるで盲腸の手術でも受けるかのように軽い気持ちでベッドに上がったのです。

夢は超スピードで現実に

まわりのハラハラの思いを気にする風もなく予定より五年も早く、親子農業体験塾『志路竹の子学園』の創設に向かって走り始めたのです。一月末に手術を行い、入院中に世話役の先輩たちと打ち合わせをしました。二千平方メートルを超える田や畑で作物を育てる年間計画を立て、四月から作付けを始めました。八月にはプレオープンできました。

この半年間はすべて神がかり的に物事が運び、稲は青々と育ち、トウモロコシやナスは収穫できるほどに成長しました。過疎の集落は若い親子で別世界のように賑わい、高齢者は皺の溝が浅くなったというから不思議です。「好きなものがあれば人生は豊かになる」といいますが、「無償で世のため人のため尽くすのが好きになった」のではないかと思います。好きなものがあったのではない、好きになったのです。これも一つの自前の生き方ではないでしょうか。自主・自立で人のために生きることは素晴らしいですね。

自前で生きていく

人の世話にならないで生きるなんて生意気なことは申しませんが、少なくとも五体満足である間は自力で過す方が幸せだと思います。とかく己の権利ばかり主張し、人の情けにすがって生きることが当たり前の世の中になりました。でも、他力ではほんとうの幸せは訪れません。逆に自分の力で「これだけやったらなんぼ」の世界を一歩抜けると、幸せがいっぱいに降り注いできます。不思議ですね。

驚いたことに、親子農業体験塾の世話役はすべて無報酬なのです。多い人は一年間に百日を越えてお世話しています。もちろん行政の補助金は、自立の趣旨に則り遠慮しています。当然のことながら、乏しい年金からの持ち出しもあります。
     

報酬はお金ではありません。健康です。生き甲斐です。ふるさとの活性化です。後世への文化の伝承です。お互いに高齢にはなりましたが、少なくとも世の中に負担を掛けないよう生きたいと願っています。

「好老社会」を創る④~知的に生きる充実した人生~

社会は変化する

日本人の平均寿命は、女性が八十六・〇五歳、男性は七十九・二九歳と過去最高を更新しています。

二〇一〇版「高齢社会白書」によりますと、平均寿命はさらに延び、

六十五歳以降の人生が長期化します。二〇五五年には国民二・五人に一人が六十五歳以上になり、

日本は世界に例のない高齢化社会になると指摘しています。 

今の六十五歳の平均余命は二十二年と言われますから、六十歳の定年から

実に二十七年の人生を送らねばなりません。百歳以上の人も七%になります。

老齢年金制度も崩壊の危機にありますし、いつまでもお国が何とかしてくれる時代ではなくなりつつあります。

年を取ったら旅行したり趣味を楽しむのが高齢者の特権だと思う人があっても不思議ではありませんが、

社会情勢が変わってくると状況が変化するのが人生というものです。

甘えが許されない日々

高齢者はもっと働きなさいと言えば、怒る人も喜ぶ人もいるでしょう。

その反応が高齢者の健全な心身を計るバロメーターになりそうですね。

働くということは必ずしも、どこかに勤めて報酬を得ることだけを意味しません。

金銭的には無報酬であっても、その働きによって社会から「感謝」という報酬を受け取ることだってできます。

私たちは「生涯学習・プラスワンステージ」「人生講座」や「公園清掃」「通学路清掃」などの地域活動を

進めています。講座では高齢者が講師を務め、熟年層が学んでいます。

清掃活動もだんだん熟年者が主役に代わりつつあります。働くということは

その人の体力と能力に応じて、決まった時間に参加することも含みます。

六十五歳以上の未就労者のうち、男性は四割、女性は二割もの人が働くことを望んでいます。

男女とも大半の人が健康上の理由、経済上の理由を挙げています。

知的に生きる日々

老年は、中年、壮年とは違った生き方をしなければならない。

まずは肉体上の「自立」、そして精神上の「自律」です。このことをはっきり認識する必要があります。

「してくれない」の言葉が増えると、ほんとうの老化の始まりです。

講座に参加する人はみんな生き生きしています。それは目的・目標があるからです。

社会の中で生きることが、健康に暮らす最大の秘訣なのです。論語、古代史、日本の言葉、日本のしきたり、

地域の文化などを学ぶことにより、今日よりもっと明日を良くしたいという目標が生まれます。

生き甲斐になります。人間はもともと知的好奇心が旺盛なのです。

社会活動に参加することで刺激され、人の何倍もの充実した人生が過ごせます。

とりあえず百歳までは心身ともに健康でありたいですね。

「好老社会」を創る③~三世代の交流が生む力~

三世代の交流が生む力

親子農業体験塾「竹の子学園では毎年一月の第二日曜日に塾生家族と一緒にとんど祭りを行い、

すぎた年の厄を払い新しい年の幸せを願うのです。

少なくなりましたが各地でも竹のはじける大きな音を響かせながら、

書初めを大空へ舞い上がらせ鏡餅を焼いて頬張っている光景を見ます。ほっとします。

竹の子学園のとんど祭りの素晴らしいところは、全員が最初から最後まで力を合わせる姿です。

高齢の世話役たちが、山から竹を切り出し道端に集めます。

その竹を塾生親子が、ふうふう言いながら決められた場所に集めます。

大きな孟宗竹を引っ張るのは、傍でみるほど楽ではありません。

その間、世話役たちは高さ十メートルほどの竹の櫓を組んでおき、竹が集ったら一緒に立ち上げます。

つまり、危険な役割は慣れた高齢者が、誰でも出来るところは塾生親子が受け持つのです。

一つの目的に向かって全員が役割を分担して力をあわせることで、充実感と達成感が味わえます。

傘寿の喜び

この日は世話役たちが大判振る舞いをします。

塾生二十七人分の鏡餅、書初めを天に届ける細い竹、ぜんざい、おにぎり、それに竹酒も用意。

全員が輪になって点火し燃え上がるさまを賞賛する

竹が弾ける音に逃げ回りながら、歓声を野山にこだまさせます。

親子たちに温かい眼差しを注ぎながら世話役たちはおにぎりやぜんざいの準備に取り掛かります。

世話役の中心は昭和五年生まれですから、今年は「傘寿」を迎えます。

みんな元気です。若い親子に囲まれながら頬が緩みっぱなし。笑顔が絶えません。

焼いた鏡餅、ぜんざい、おにぎりを頬ばりながら和やかな三世代の光景が広がります。

みんな過疎の集落が賑わうのが嬉しくて仕方がないのです。

費用の大半は世話役たちの乏しい年金から拠出されます。

それを厭わないのは若い世代と持てる共通の時間が、何より高価な報酬と受け止めているからです。

何が出来るか

世話役たちは通りのいい賞賛とか地位とかは関係なく、人間としてやるべきことをやっているのに過ぎないのです。

高齢者になると「何をしてもらうか」ばかり考えがちですが、「何ができるか」を考えて実践する。

それは尊い魂です。年を重ねても掃除なんかはくだらないとか、

人のために役立つのはつまらないなどの眼力しか養っていないとしたら、情けないですね。

いつも「何ができるか」を考えながら、日の当たらないところでも黙々と実践する姿は、輝いています。

自分のためにしか汗を流せない人の日々は、寂しい。人のために流してこそ、汗の価値があります。

最後は世のため人のために…。

「好老社会」を創る②~働くことに生きがいを求める~

雇用は企業の社会的責任

世の中の仕組みが変わり始め、最近では65歳定年が珍しくなくなりました。

それでもまだ60歳定年制を採用している企業は、少なからずあります。

まだまだ働く意欲と体力はあるのに、心ならずも職場を離れなければなりません。

もしも再雇用制度がしっかりしていたり、新しい仕事が見つかると第二の人生はすっかり変わります。

なすべきことがないほど不幸なことはありません。

人間はすべて天からたくさんの役割を与えられており、それを全うすることで幸せな人生が過ごせます。

企業はなるべく若い人を採用したいと意欲を示していますが、

高齢者が培ってきた知識や経験を生かすことは企業の責任です。

働きやすい条件を整えて門戸を開放すれば、経営の安定のみならず、

地域の活性化にもつながると思います。何といっても企業は地域に生かされているのですから…。

働くことの幸せ

マルコシでは定年退職者の二名に助けてもらっています。

仕事は現場の整理整頓、材料の配達、周辺の清掃などです。

勤務時間は午前9時から午後5時まで、休みは土日と祝日と決まっています。

時間通りにはいかずしばしば無理を言います。先輩格のAさんは明るく健康そのもので5年になります。

後輩のBさんは寡黙ですが実直です。

若い社員たちとも助けたり助けられたり、とても和やかな雰囲気です。

リフォームは「3K」と称されるきつい仕事ですが、高齢者の存在が職場の潤滑油になっています。

とかく世代間の違いが問題になりますが、相手に対する思いやりと謙虚さがあれば、楽しく働けます。

企業の社風と本人の心掛け次第です。

AさんもBさんも口をそろえて、働くことの幸せを実感しています。

なすべきことがあれば、生活のリズムが整い健康を維持できます。

世の中の役に立つ

40年も働き続けてきたのだから、定年を機会に自由に生きたい気持ちはわかりますが、

健康なのに決まった仕事がないのは寂しいものです。

朝から晩まで家にいて粗大ゴミ扱いされるのも辛いものです。

スポーツや旅行も時間をやりくりするから楽しいのです。究極は「忙中閑あり」の日々がベストです。

AさんもBさんも毎週土曜日の公園清掃に皆勤しています。

もちろんボランティアです。時には学校のトイレ磨き活動にも参加していますが

子どもたちと一緒に汗を流すと寿命がのびるそうです。

自分が持っている「知識」や「経験」を世の中を良くするために役立てる、これほどて幸せなことはありませす。

65歳以上の高齢者が何と2944万人。目的のない日々を過ごせばあっという間に「老人」になります。

やがて高齢者が主役の「好老社会」が誕生します。

 

「好老社会」を創る①~高齢者は老人ではない~

65歳以上、過去最多

総務省は「敬老の日」に合わせて、日本の高齢者人口(9月15日現在)の推計値を発表しました。

それによると65歳以上の高齢者は前年比6万人増の2944万人、総人口に占める割合は23㌫を超えました。

つまり4人に1人は高齢者なのです。

さらに驚くべきは年代別で70歳以上は61万人増の2121万人、75歳以上が53万人増の1422万人、

80歳以上でも38万人増の826万人、年齢が上に行くほど増加率が高いのです。

今の日本はあれこれ不満はあっても、人類最大の願い「不老長寿にもっとも近づいた天国」になりました。

特に最近は若者の馬力や情熱よりも、高齢者の知恵と判断が尊重される時代になったと言っても過言ではありません。

威張るわけではありませんが、高齢者なくしては成り立たない社会になったのです。

これからは「好老社会」の時代なのです。

高齢者は老人ではない

厚生労働省は15歳から65歳までを「生産年齢人口」と呼び14歳以下を「年少人口」、

65歳以上を「老年人口」としてきました。「年少人口」と「老年人口」を総称して「従属人口」、

つまり他の人に養ってもらうべき人々というのです。

とんでもない間違いですね。働き盛りの子世代が、65歳以上の親を養っている家庭なんて探すのに苦労するほど。

高齢者は子供たちに養ってもらうどころか、脛を齧られているのが現実です。

老齢年金で若い人に負担を掛けているという人もいますが、年金は自分が働いて積み立てたお金を返してもらっているに

過ぎません。

時代は大きく変化しています。今こそ高齢者がリーダーとなって「好老社会」を創りましょう。

繰り返しますが、高齢者は決して老人ではありません。

気分はヤングの80歳世代

親子農業体験塾「竹の子学園」の世話役は、昭和一桁生まれが中心。

12名のうち今年「傘寿」を迎える人が4名。長い間、農業で鍛えた身体は頑健そのものです。

9月塾では、ナスやゴーヤの収穫、ハクサイの苗植え、ダイコンの種まきなどの農業体験をしました。参加者は親子が

合わせて45名、世話役や運営員を含むと約60名の活動です。

午後は恒例の秋の大運動会。大歓声に包まれてプログラムは終了。

それだけでは物足りない世話役が、ママさんチームに「綱引き」で挑戦。

平均年齢が80歳に近い世話役チームと30歳台のママさんチームの初対決。

こどもやパパたちの声援に押されたのか、世話役チームは押し捲られ、一勝一敗の引き分けが精いっぱい。

男性上位で生きてきた高齢者たちは、よほど悔しかったのか「来年はしっかり鍛えてリベンジ」を宣言。

「壊れないでね」とママさんチームのやさしい労わり。ここにも「好老社会」があります。