世相藪睨み

No.1 ~看板倒れのあいさつ運動~

看板倒れのあいさつ運動

標語のオンパレード

「まず笑額 あいさつ交わそう自分から」
「すすんであいさつ 広がる笑顔」
「あいさつは心と心 つなぐ橋」
「あいさついいかお うれしいね」
「あいさつでみんなの心が 通じ合う」
「おはようのことば一つで えがおが二つ」
「笑顔であいさつ うれしい予感」
「あいさつで こころがほっかほか」
 これらの標語は、各小学校の周辺に張り巡らされている横断幕や懸垂幕の実例である。

 そして標語には「○○地区社会福祉協議会」「○○地区ふれあい推進協議会」「○○市あいさつ運動推進協議会」などの団体名が、麗々しく付記されている。

 

でも、誰もあいさつしない

 地域にはいろいろな協議会があり、いろいろな人たちがあいさつの大切さについて熱心に、侃々諤々、口角泡を飛ばしている。学校でも、校長先生をはじめ多くの先生方が、あいさつの大切さを説いてやまない。

 でも、誰も先にあいさつしない。会社でも、社長が真っ先にあいさつすれば、社員はみんなあいさつを返す。学校でも、先生が先にあいさつすれば、生徒はみんなあいさつを返すに違いない。地域でも、まず大人が先にあいさつすれば子供は必ず返す。「あいさつ運動」などを派手に展開しなくても、誰かが先にあいさつすれば必ず返ってくるのに、しない。

 なぜか…。あいさつは簡単なようだが、実はむずかしい。昨今のように、親も先生も大人たちも、他人のことに無関心なままでいると、あいさつなどは不要になる。あいさつを互いにしなくても多少の不愉快な思いをする程度で、それぞれ生きていくのに何ら支障はない。だから、あいさつなど煩わしくなる。

 

先哲の教えに学ぶ

 偉大な教育実践者であり、哲学者として知られる森信三先生は、①親に先にあいさつする②ハイと返事をする③はきものをそろえる――この三つが出来る子供は第一等であると教えられた。朝の明るいあいさつは、人間として生きていく上での基本であり、一日の始まりが気持ち良ければ、すべての運命が好転するとも教えておられる。

 わたしの場合、我が社の社員に対して朝のあいさつは先にする。退社時の社員によるあいさつには、座っていても立ち上がって返すことにしている。それだけで全員が完ペきにあいさつ出来るようになった。

 森信三先生が示された教えの通りである。

子供は全員あいさつが出来る

 わたしはある動機から、毎朝のように続けている地域清掃の時に出会う、すべての子供たちに自分からあいさつを始めた。あいさつなどしない時代の子供だから、出来るようになるには時間がかかる。毎日続けて四年目。出会う子供たち全員が大きな声であいさつを返すようになった。たったの四年である。

 その経験を踏まえて、現場の教師に「あいさつ運動」の推進について意見を聞いてみた。
「教師が先にあいさつしても返事がなかったら、続けるのは一週間が限度」という。

 子供は人生経験が未熟なだけに、親も教師も地域の大人たちも、正しいことなら多少押し付けがましくても粘り強く続けてみてはどうか。それも真の愛情と思えるが…。

 あいさつが出来ないのは子供よりも、無関心で無責任な大人たちの責任といえよう。

(2001年1月号掲載)