世相藪睨み

No.14 ~お歳暮に託す感謝の心~

お歳暮に託す感謝の心

不況がお歳暮を変えた

新たな年になっても長引く不況に変化は見られない。この先どうなるのか不安いっぱいの越年で、過去に例がない。とりわけ建築業界は不況のあおりで仕事量が激減し、息をするのもやっとという有り様である。

そんな不況を反映してか、年の瀬に我が社に届けられるお歳暮にも、面白い変化があった。それら大半の品物が大きく、そして重くなったのである。

この変化に興味を覚えて、お歳暮の傾向について、出入りの宅配業者にリサーチしてみた。「小さい・軽い・高価」から、確かに「大きい・重い・安価」に変わったという。

昨年末のお歳暮の内容は、缶ビール、缶ジュース、食用油などが主役となり、配達に難渋したらしい。「小さい・軽い・高価」の主役であった高級ウイスキー、お仕立て券付き服地やワイシャツ、それに商品券などは、全く姿を消した―と嘆いていた。

お歳暮の由来と意味

お正月には、その年の歳神様を迎えて、お祝いする行事も営む。昔はそのために一族郎党の者たちが、暮れのうちに主家や本家に供物を持っていく習わしがあったようだ。

また、新しい年を迎えるにあたり、ご先祖様の霊を祭るために、必要な品々を親元へ備えるという習わしもあったという。

江戸時代に入って、分家から本家へ、弟子から師匠へ、「一年間のご挨拶をして鏡餅を贈る」という習わしに変化してきたといわれる。

現在のお歳暮の習慣は、江戸中期の商業主義から生じたといわれ、一年間いろいろな意味でお世話になったお客さまに対して、感謝の気持ちを表すことが由来のようだ。

一般的にお歳暮は、目下の人から目上の人に贈るもので、それだけに先方の好みや生活の状態を熟知して、心を込めることが原則であろう。

考えてみると、現在のお歳暮などは江戸時代とは異なり、形式的で何とも味気ない。お歳暮を心で贈る習慣を忘れているから、その品物も景気次第で簡単に左右されてしまう。

どうせなら一年に一度だけのことだから、せめてお歳暮にはしっかりと感謝の心を込めたいと思う。

「お歳暮清掃」のアイデア

我が社の場合、お客さまに贈るお歳暮はやはりユニークといえようか。

我が社の仕事は住宅リフォーム業で、広島市安佐北区一円が商圏。そこでお歳暮として、その年に仕事を注文いただいたお客さま宅の門前道路を、全社員で清掃するのである。

もともと形式的なお歳暮に飽き足らなかったのと、地域貢献のために我が社が独自にひねり出したアイデアである。

この門前清掃を「お歳暮清掃」と称し、1994年から継続して晦日に行ってきた。200戸程度のお客さま宅と、向こう三軒両隣の門前道路を一緒に清掃している。

清掃することにより、そのお宅にとって一年間の汚れを払い清め、福が授かるように願いながら、心を込めて汗を流してきた。

実は、この「お歳暮清掃」が予想外に好評なのである。年末はそれぞれ忙しく、道路の汚れが気になりながらも手が回らない。そんな気掛かりを一掃できて新年を迎えられるから、これほど有り難いことはなかろう。

我が社としてもカタチはなくても、心を込めたお歳暮が喜ばれるのだから、これほど嬉しいことはない。

とはいえ、延べ9時間に及ぶ清掃は、言語を絶する難行苦行。人間修養にもなっている。

(2002年2月号掲載)