世相藪睨み

No.20 ~心配な学校教育の行方~

心配な学校教育の行方

教育効果は挙がらない?

地元の小学校を訪れた際、校長先生に会って『学校週五日制』のその後に関して、感想を求めてみた。

「土曜日に実施してきた授業や行事が、すべて五日間のうちに組み込まれることになって、大変です」と、控えめながらも困惑している態がありあり…。どこの学校も同じ悩みだ。

日本世論調査会の世論調査結果をみても、半数以上が『学校週五日制』に関しては、否定的な評価を示している。

救いは「家族と一緒の時間が増えた」「趣味、スポーツ、体験活動の時間が増えた」という面が評価されたぐらい。だからといって、人格形成に役立っているとか、学力がレベルアップしてきたという裏付けはない。

逆に「テレビを見るなど、遊びの時間が増えたにすぎない」という手厳しい見方も根強い。当然であろう。

そもそも『学校週五日制』は、家庭の教育力や地域社会の教育機能とセットになって、初めて役割も効果も生む仕組み。だが、それら教育力や機能が著しく低下している現状では、成果を挙げることが難しくなっている。

臨教審答申からも迷走

もともとは、1987年の臨教審答申で示された「知識・情報を獲得するだけでなく、自分で考え、創造し、表現する能力が一層重視されなければならない」という、素晴らしい理念的目標点が『学校週五日制』だった。

そこで文部科学省は、知識偏重の詰め込み教育からの脱却を目指すことになった。今春から実施された学校改革は、その到達点だったはずである。

ところが文科省は一年前、それまで「教える上限」としていた学習指導要領を「学習すべき最低基準」として、方針を180度も転換してしまった。

遠山敦子文科相は、教科書の内容を超えた習熟度別学習の積極化とか、補習宿題を奨励する「学びのすすめ」というアピールまでする迷走ぶり。ゆとり教育など、どこ吹く風だ。

教育改革を進めるべき本家本元による朝令暮改ぶりが、保護者たちの不安を一層増幅する結果にもなっている。

臨教審答申には「子供の教育は学校任せにせず、家庭の教育力を復活させ、子供たちの面倒をきちんと見る地域社会の再建がセット」という付録までもきちんと加味されている。

それなのに、皮肉にも『学校週五日制』の制度だけが先行して、肝要な家庭教育力の復活も地域社会の機能再建なども、見事に抜け落ちてしまった。

免れない学力低下

かてて加えて、1971年度に実施された「現代化カリキュラム」では、小学校六年間における主要四教科(国語・算数・理科・社会)の総授業時間が計3941時間もあったのに、今年度からは計2941時間になった。30年間で実に1000時間も大きく減ったことになる。これも大きな問題点である。

実情を知れば、臨教審答申で期待された家庭の教育力や地域社会の教育機能などで、1000時間の減少を補えるとは考えにくい。

また、残念ながら教師の指導能力や教育にかける情熱が、三十年前に比べて授業時間の大幅な減少をカバーできるほどアップしたとも思えない。だから、いくら遠山文科相が「学力の低下はない」と強弁したところで、全く納得できるわけがない。

「自ら課題を見つけ、主体的に判断し、問題解決能力を育てる」というねらいは、まことに結構ながらも、現行のシステムでは、とてもかなえられそうにもない。

むしろ今後は、家庭や地域社会の教育能力・機能とか、教育に対する熱意などが問い直される時代になってくるように思える。

(2002年8月号掲載)