続・世相藪睨み

No.22 ~どじょう首相に期待  「朽ちた皮袋」の中身を  そっくり川に流してはいかが ~

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”どじょう首相に期待 「朽ちた皮袋」の中身を そっくり川に流してはいかが”

「週刊文春」に「ま(前原)た(樽床)馬(馬渕)鹿(鹿野)の(野田)か(海江田)お(小沢)」と揶揄されながら、民主党の代表選は「た」と「お」が降りて五氏の争いになった。投票権のない小沢一郎元代表や菅直人前首相をペテン師呼ばわりした鳩山由紀夫元首相がしゃしゃり出て、一国の総理を選ぶ大切な代表選を党内向けの薄っぺらな争いにした。ダメ民主党再生のわずかなチャンスを自らの手で葬り去った。

国民を蚊帳の外においた日本のリーダー選びだったが、皮肉にも「挙党一致」「党内融和」「小沢詣で」の下らぬ論争で泡沫候補だった野田佳彦財務相が大逆転勝利した。これで世代交代は一気に進んだ。政治を裏から操ろうと目論んだ鳩山、小沢、菅のトロイカは、政治の表舞台で踊るチャンスを自ら潰した。

新しい日本のリーダーに選出された野田首相は、派手なパフォーマンスはないが芯の強い政治家だ。己の利益のために右顧左眄することはないだろう。手を上げた五人のうちでは、妥当な結果でよかった。小沢傀儡である「泣きの海江田」の逆転負けは、わずかに残った民主党の良心の表れだろう。国民の期待を一身に背負って誕生した民主党政権だったが、わずか2年で日本の国益を大きく損なった。政治と国民の間にひろく深い断層をつくった。悔いて余りある。まずは実践を通して国民の政治に対す信頼を回復して欲しい。

腐った皮袋に新しい酒を入れても祝杯とはいかない。千載一遇のチャンスと捉え、多少の公害は承知の上で「ダーティおざわ」「ルーピーはとやま」「クレージーかん」は、古い袋と一緒にまるごと川へ流してはいかがだろうか。日本には時計の針を逆戻りさせる余裕はない。

民主党は政権担当能力が欠如している

445日間も不毛な空騒ぎをして菅直人が首相官邸から去った。統治能力を持たない政治家に、国家の最高権力を与えた後遺症は大きい。にこやかに手を振って「在任中の活動を歴史がどう評価するかは、後世の人々の判断に委ねたい」。傲慢な態度や物言いは、最後まで変わらなかった。言葉の真意は分からないが、江戸末期の大儒学者・佐藤一斉師の指導者に対する箴言が念頭にあったようだ。『当今の毀誉は懼るるに足らず。後世の毀誉は懼る可し。一身の得喪は慮るに足らず。子孫の得喪は慮る可し』。勘違いも甚だしい。

思い付きによる場当たり的な政権運営で、日本を貶め続けた厚顔無恥で幼稚な宰相は去った。退陣表明から居座り続け、3ヵ月も政治空白を拡大した。野田佳彦新首相に期待したいが、トップが代わっただけで日本が立ち直れるほど簡単ではない。問題は民主党に政権担当能力が欠けていたことにある。雛壇の顔ぶれは新しくなった。しかし、座る椅子はさらに弱体化している。鳩山由紀夫や菅直人の失政を糾弾しても世の中は変わらないが、彼らは図らずも日本の首相が持つ権力の強大さを余すところなく国民に示してくれた。

新首相は国民目線で当面の政治課題に全力を上げながら、政界再編成への道すじをつけてもらいたい。民主党は政権担当能力がない、自民党ももはや再生出来ないだろう。そうであれば国家観を共有する同志が糾合できるはずだ。それが可能なのは野田新首相だけである。日本回復と子孫繁栄のために、与えられた権限をためらわずフルに使って欲しい。「菜根譚」の一章句『一時の寂寞を受くるも万古の凄涼を取ることなかれ』を届けたい。

リーダーシップが発揮できるシステムが求められている

そもそも刑事被告人で投票権のない小沢一郎が、民主党代表選の生殺与奪の権を握っているかのように伝えられるのはおかしい。民主党が政権交代以来、国民の期待にこたえられなかった要因がここにある。「泣きの海江田」が有力視されたのは、大きなグループを持つ小沢の支持を得たからである。二人羽織の政治で日本が良くなるほど簡単ではない。鳩山は首相時代、小沢にさんざん煮え湯を飲まされたではないか。その当の相手と組んで、政治を捻じ曲げようとした。その罪は重い。 鳩山がダメだから菅に代えた。菅がダメだから、今度は野田に代えた。うまく行かなくなったら「トップが悪いのだから、別の人間にやらせればうまく行く」。安易な発想に陥り、安倍、福田、麻生、鳩山、菅と首をすげ替えたけど、国益を大きく損ねただけではないか。リーダーを支える仕組みが旧態依然であったばかりでなく、民主党は政治主導を標榜し、政策決定システムまで壊してしまった。「挙党一致」「党内融和」など、選挙互助組合の民主党に求めるのはムリな話だ。ないものねだり。

必要なのは政治のビジョンを画き実行していくためにリーダーを支えるブレイン集団をつくること。社会が抱える様々な潜在的な問題を議論するプロセス制度を確立すること。政策議論を中心とした選挙ができること。これらのプロセスを国民に見えるようにすること。こうした政治システムが、個人のリーダーシップより重要な鍵を握っていること。もちろん国民の政治に対する関心の質も変わらなければならない。野田新首相が実力を発揮するには、少なくとも小泉時代の制度を超えなければならない。今なら出来る。その気になれば、野田佳彦ならやれる。

国民に自分の言葉で語りかける宰相になってもらいたい

残念ながら今回の民主党代表選はわずか二日間の党内向け論議だけで選ばれた。「小沢詣で」も繰り返された。最後まで国民に語りかける機会はなかった。実にいびつなかたちで日本国首相が選ばれた。本来、首相の条件は、国民とのコミュニケーション能力を基準とすべきだ。鳩山はぺらぺらしゃべるが、小沢にいたっては口も開かない。政治家は偉くなると国民とは話をしなくなる。世論の感じる痛みが、当事者として感じられなくなる。これからを期待されている新首相も、世論と対話をした経験はないだろう。強いて言えばテレビの討論、選挙区の街頭演説くらいで一方的なメッセージしか発していない。永田町用語で番記者にしゃべる、儀式性の高い国会の答弁、官僚への指揮命令、あえて言えばこれらは密室のコミュニケーションでしかない。政府を代表して自分の言葉で世論と対話したことは、一度もない。そういう仕組みがない。

幸い新首相は民主党一の雄弁家であり、要約力があり、分かりやすい日本語が正しく使える。現在の日本は異常事態である。今、何が起きているのか、問題点は何か、当面の解決策には何があるのか、誰よりも分かりやすく、政府を代表して語ることが求められる。官僚の作文ではなく自分のことばで語りかける。その上で「国民が喜ぶ政策」ではなく、「国民の役に立つ政策」を推進する。

26年前、松下幸之助翁が私財70億円を投じた松下政経塾の第一期生野田佳彦が巣立った。翁は90歳にして政治改革と新党結成の必要性を説いて回った。残念ながら協力が得られず、健康も思わしくなく幻に終わった。開塾30年余にして内閣では首相、外相、党では政調会長、幹事長代行という要職をOBが占めた。松下政経塾政権の感さえあるが、幸之助翁の志を継いで貰えるだろうか。