続・世相藪睨み

No.26 ~期待はずれの野田改造内閣 暴走する岡田副総理 迷走する田中防衛大臣~

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”期待外れの野田改造内閣 暴走する岡田副総理 迷走する田中防衛大臣”

今回の内閣改造の前にして野田佳彦首相は「不退転の決意で取り組む」と大見得を切ったから、今度こそ背骨がある改革断行内閣が生まれると期待した。発表された閣僚名簿を見て、党内融和のために右顧左眄している体たらくにがっかりした。目玉の岡田克也副総理は経歴からして実力者と錯覚されがちだが、党代表のとき、外相のとき、幹事長のとき、何もしていない。「税と社会保障の一体改革」と「行財政改革」の担当相として、さほど時間をおかずに行き詰る。早速、暴走を始めた。

岡田大臣とは政権交代前の副代表時代にある会合で一問一答を試みた経験がある。シンプルなテーマなのに、しどろもどろでピントをはずした。あの程度の能力では海千山千の猛者を押さえ込むことはできない。顔のことは言いたくないが、このご時世だから世の中を明るくしなければならないのに、無表情の鉄火面は国民の心を暗くする。日本の外交・防衛の要に前大臣よりもさらに劣る田中直紀氏はないだろう。

防衛・外交畑にはまったく無関係ばかりではなく、国会議員としては珍しく専門分野を持っていない。なぜ彼が防衛大臣として最適なのか、野田首相の真意が見えてこない。要するに彼は防衛問題に関しては何も知らないのだ。迷走することは火を見るより明らかだ。外交や防衛には喫緊の課題が山積しているだけに実力者を配すべきだが、残念ながら民主党には適材が居ない。答弁能力のない大臣を雛壇に並べても、国会審議は前に進まない。

嘆かわしい政治家の劣化 小沢一郎を追放すべし

国語辞典に載せたい新語に「小沢(おざわ)る」「鳩(はと)る」「菅(かん)る」「野田(のだ)る」など、民主党政権に関する言葉が増えているそうだ。小沢一郎を語源とする「おざわる」の意味には、①裏で牛耳る、②子分をたくさん持つ、③都合が悪くなると雲隠れする、④知らない、忘れた、記憶にない、など…。小沢一郎は政治資金規制法違反(虚偽記載)罪で強制起訴されており、1月11~12日の2日間、被告人として裁判に臨み、検事の尋問に記憶にない、知らない、関係ないと逃げまくった。

尋問のライブを読んだが、この人間が政権与党の代表を務め、実質上の首相を選ぶ代表選に立候補した経緯を考えると暗澹たる思いに駆られる。とにかく尻尾をつかまれなければ何とかなるのだろう。疑わしきは罰せずで無罪になり、再び表舞台で暗躍するとしたら、日本の法律や裁判の制度に欠陥があるとしか思えない。問題になっている4億円の現金についても、二転三転供述を変えながら、少しも間違っていないと強弁する。検察は理詰めで追い込めないのか。

かかる人物が政権与党で大きな力を持ち、金魚の糞の国会議員も他のグループを圧する。腰巾着議員たちは小沢に何を期待しているのか。4億円を自宅の金庫に保管していたというが、にわかに信じ難い。1千万円の札束は新札で厚みが7㌢ある。、積み重ねると2㍍80㌢にもなる。我が家の2階に達するほど。彼は政治家の風上にも置けない。この機会に政界から追放して欲しい。それだけでも党内はまとまりやすくなる。

門松も国旗もない 辰年元日の街角風景

今年の六月に開催予定の「Mランド・百キロウォーキング」参加のための鍛錬の一環として、昨年の五月十五日以来、徒歩通勤も含めて一日一万歩以上歩いている。早くも連続二百四十日を超えた。勿論例外なしだから年末年始も徒歩出勤は変わらない。休日でも為すべきことはいくらでもある。烏骨鶏の世話、花壇の水遣り、社屋周辺の歩道清掃と水撒きなど。徒歩通勤の距離は片道一・五キロと短いが通勤範囲に住宅はなく、店舗、事務所、コンビニ、ファミレス、ガソリンスタンドなど約四十軒が並んでいる。

正月だから各軒先に国旗、門松、注連縄、新年挨拶状など当たり前と思っていたが、あらためて注意して見ると年末とさして変わらない。大手の生命保険会社の入り口には「12月30日から1月3日まで休みます。ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします」の告知のみ。国旗と門松はゼロ。小さな注連縄が5、新年ご挨拶の貼り紙が8。近くの団地を三十分ほど歩いてみた。自治会が配布した「賀正」の小さな貼り紙のみ。ここでも日の丸はゼロ。

祝日には国旗を掲げる決まりになっているが、罰則がないからか、国旗に尊厳がないのか、正月風景としては余りにも侘しすぎる。祝祭日に国旗を掲げるのが当たり前だった昔が懐かしい。どうしてこんな日本になってしまったのか。わが社では午前0時を合図に国旗を掲揚する。門松は手造りでデラックスだ。注連縄も特大。一歩社内に入ると鏡餅が供えられ、正月花が要所に活けてある。掃除は休みなく行い、エントランスに水を打つ。一社だけ浮いている気がしないでもないが、時代がどのように変わろうとも、日本の良き伝統は守りたい。

広島テレビ開局50年記念番組 「平和へのひと筆・あなたへ」

広島地方に民放テレビは4局あるが、広島テレビ放送は二番目の老舗である。今年は開局50年の記念すべき年に当たる。一月八日、記念番組「平和へのひと筆・あなたへ」が放送された。職業、年齢を問わずさまざまなジャンルの人が、平和への願いを「ひと筆」に託してメッセージを届けた。熟語に比べて「ひと筆」は思いが深い。番組のオープニングに安田女子大学の文学部書道科の学生らが、大きな筆を肩に担いで墨痕鮮やかに「和」の「ひと筆」を書き上げた。日本の伝統文化である筆文字は流石に格調が高い。

東日本の大震災で活躍した陸上自衛隊の皆さんも復興の願いを「ひと筆」に託した。新しい生命の誕生を見た若い親たちも、子どもたちの幸せを「ひと筆」に祈った。私たちが活動を続けている通学路清掃のメンバー十一名もそれぞれ平和への思いを「ひと筆」に込めた。この日の番組でピックアップされたのは、田畑栄造さんの「手」、三島清一さんの「笑」、それに筆者の「美」。それぞれの思いをメッセージに託した。

番組の構成で掃除活動は破格の扱いを受けた。通学路清掃の活動に始まって、「ひと筆」書きの姿、締めくくりの笑いヨガのバンザイまで長い時間特集された。番組の各シーンやラストの押さえまで、全員が背中に背負っている「ご縁に感謝」の筆文字が何度も躍った。「ひと筆」に込めた番組制作者の平和への思いが、きっと多くの視聴者の目に焼き付いたことだろう。この番組を契機に日本伝統の筆文字が復活すると嬉しい。

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