続・世相藪睨み

No.27 ~震災復興は遅々として進まず 政治の怠慢と行政のコミュニケーション不足~

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”震災復興は遅々として進まず
政治の怠慢と行政のコミュニケーション不足”

東日本大震災で被災した自治体の復興に役立てる「復興交付金」の第一次査定に、ブーイングの嵐が巻き起こっている。特に怒りをあらわにしたのが、村井嘉宏・宮城県知事。怒髪天を突く表情が、テレビ画面でも見てとれる。「復興庁ではなく査定庁だ!」。県全体では57%しか認められず、申請に対してゼロ回答の市町村もあった。「納得がいかない!」と復興大臣に猛抗議。

岩手県は全額に近い97%が認められた。自民党推薦の知事と民主党推薦の知事では査定に温度差があるのかと下衆の勘繰りをしたが、そうではないらしい。国側は「復興プランがトータルの街づくりという〞面〟で計画されたかどうかを重視した」という。つまり「道路一本だけ、建物一つだけ」とい〞点〟の申請は認めなかったというのが真相らしい。

それなら納得。現に宮城県・大崎市は申請の218%の査定だから、決してえこひいきではない。2011~12年度分しか申請しなくても、13年度分まで前倒して配分している。無能な政治家では出来ない芸当を、優秀な官僚はしたようだ。要するに復興のグランドデザインが出来ている自治体と、そうでない自治体の差が出たということか。

使い道の自由度が高い金だとはいえ、無計画に箱物や道路などに無駄遣いされては、増税までして捻り出した2兆円が泣く。〞鳥の目〟を持った政治家や役人がいないのなら、外部に応援を求めて復興計画を練り直しては如何。手慣れた分捕り合戦だと錯覚していると、泣かされるのは支援を待っている被災者だ。ここは市長さん、町長さん、村長さんたちの見識が問われる。

既得権に切り込めない

民主党内閣は大切なことをなにも決められない。難しいことは先送りが日常茶飯事になり、「身を切る」「不退転の決意」などは言うだけになってしまった。政治の世界は高度な手練手管が必要なのだろうが、国会の審議など見ていると虚しくなる。公務員改革では骨格の部分に踏み込むのかと思っていたら、新規採用を70%減らすと行革本部の暴走番長は宣った。あれ? おかしいぞ?

 「身を切る」とは自らのことではなかったのか。まだ身内でもない学生たちの生身を切って、ロートルがぬくぬくしていては改革とは言えまい。それとも選挙の支持母体には逆らえないのか。現役の官僚らが痛みを引き受けるのだとばかり思っていた。だから野田首相の「不退転の決意」に拍手を送っていた。公務員の年齢構成が逆ピラミッド型になると、行政の効率性はますます低下する。

 09年度の新規採用が8511人であったのに対し、13年度は2550人となる。「焼け石に水」にもならない。公務員の改革に必要な給与水準の引き下げ、人員削減、天下りの根絶、年金格差の是正など骨格への切り込みは何一つ見えない。二年間の7、8%の給与カットでお茶を濁すとは笑い話にもならない。

 新規採用をどの程度に押さえるかは、国がやるべき業務と必要な職員数を精査して行なうべきで、一大臣の思いつき発言で左右されてはたまらない。ただでさえ「就職氷河期」に喘ぐ学生たちの門戸を政府が率先して閉ざすのはおかしい。経費削減の道具にしてよいはずはない。

忸怩(じくじ)たる思い

3月11日、悲惨な東日本大震災のあの日から一年が過ぎた。NHKの特集番組を見たが、少なくとも画面上からは震災の復興は遅々として進んでいないように見える。山積みされた瓦礫はどうなるのだろう。などと言いながら己に何が出来たのか。あらためて思い起してみるが、役に立つことは何もしていない。心を悼め、祈り、励まし、少しのお金を届け自己満足にひたっている。所詮、「他人ごとではないが、自分のことではない」と醒めているのではないか。忸怩たる思いがする。

日本赤十字社へ届けた義援金は被災者のお役に立っているのか、それとも何処かへ消えたのか、行方はさっぱり分からない。ささやかな善意を集めて「日本を美しくする会」に届けたお金は、掃除畏友の支援活動に生かされていると報告があった。SOSを受けて駈けずり回り、少なからぬ資材を調達して届けた同業者からは何の音沙汰もない。

平成7年の阪神大震災では1430万トンの瓦礫が出たが、建物の解体は一年で90%以上終わり、3年後にはすべての処分を完了した。岩手、宮城、福島の瓦礫は2253万トンに及ぶというが、最終処分が出来たのは6%弱に過ぎない。岩手県は通常ゴミ処理の11年分の476万トン、宮城県は19年分の1569万トン、県内処理の福島県は208万トンという気の遠くなる量。

野田首相は瓦礫処理のピッチを上げるというが、いつまでにどれだけの量という具体的な工程表を示していない。抽象論や精神論では何も解決できない。瓦礫も石やコンクリートだけならいいが、山積みされた家屋や倒木が夏場になって発酵し、二次災害は出ないのだろうか。国難に役立たずの民主党を選んだ不運を嘆いても始まらないが…。

天皇陛下のお言葉

民3月11日、東日本大震災一周年追悼式が挙行され、天皇皇后両陛下が臨席された。病癒えない身でのお出ましだったが、微塵もその気配を見せることなく追悼の言葉を述べられた。「―その中には消防団員を始め、危険を顧みず人々の救助や防災活動に従事し、命を落とした多くの人々が含まれていることを忘れてはなりません」。このお言葉に涙した。

原発事故でふるさとを離れた人々、様々な支援活動を行なったボランティアなどに対しても労われた。世界各国から寄せられた支援の数々にも感謝の意を表された。国民のみなが被災者に心を寄せ、被災地の状況が改善するよう希望された。お言葉の端々に国民の行く末を案じられる気持ちが伝わってきた。国民のすべてが陛下のお言葉に胸を熱くしたのではないか。

野田首相の式辞は、天皇陛下のお言葉を拝聴した後だけに、何と空疎な内容であったか。形式に過ぎないかもしれないが、国家の責任者の言葉としては恥ずかしい。少なくとも震災や津波による災害、とりわけ原発事故における被害においては、政府の失政による拡大が少なくなかった。詫びる言葉があるべきだった。

亡くなられた方々の御霊に報い、ご遺志を継いでいくために三つのことを誓うと述べた。①被災地の復興を一日も早く為し遂げる、②震災の教訓を未来に語り継ぐ、③助け合いと感謝の心を忘れない…。震災以来この一年、民主党政府の稚拙な対応を見れば、少なくとも御霊は安らかではない。天皇陛下のお気持ちを噛み締めて欲しいものである。