No.4 ~シニア世代の活力と支援で夢拡大~
シニア世代の活力と支援で夢拡大
五千坪を超える舞台が整う
あらためて、親子農業体験塾『志路・竹の子学園』を構成している現地の大自然を紹介しておきたい。
学園は、広島市安佐北区白木町志路中ノ村にある。広島の中心街から県道の高陽~向原線を北へ車で約1時間。のどかな農村が一帯に広がる。JRを利用すれば芸備線・井原市駅で下車、定期バスの志屋行き(1日6往復)に乗り換えると、約30分で木ノ原口に至る。谷あいの素朴な盆地で、過疎の色濃い辺境だ。
この周辺を《癒しの郷》と称して 『竹の子学園』を中核に、自然と人が共生できる心穏やかな空間づくり、 自然を媒介とした塾生親子のふれあい、地域住民との和やかな交流を通した人づくり―などを目指している。
実は一昨年4月に『竹の子学園』の構想を立てた当初は、郷里に所有している750坪の休耕田を活用するだけのプランだった。だが、ふるさとの先輩方の思いがけないご支援で<予想をはるかに超えた広大な親子農業体験塾のスタートとなった。
地元のご好意で、前述の休耕田は地味豊かな田畑に再生された。その上、体験塾の学び舎を兼ねた憩いの場となり、地域の集会所にも使える建物の建築用地として、600坪を格安に提供いただいた。いつでも建てられるように、現在では排水路を含め整地まで済ませてくださっている。
さらに驚いたのは3,800坪もの整備された竹林までご提供くださり、延べ5,000坪(約16,500平方メートル)の舞台が大自然の中に整った。《癒しの郷》と総称しても遜色ない。
>金・時間・知恵注ぐ大きな心
広大な竹林をご提供くださったのは、郷里で農業を営む佐伯成人さん(73)である。典型的な[金持ち] [時間持ち][知恵持ち]で、心豊かな実践派の篤志家といえる。
堺屋太一著【高齢者大好機】によると、日本の高齢化社会は、これらの能力を兼ね備えたナイスシニアらによって支えられると定義付ける。
誤解されてはいけないので、若干の解説を加える。[金持ち]とは無報酬で地域のために働いても生活に困らない人、[時間持ち]とは他人のために使える時間を持つ人、[知恵持ち]とは豊かな人生経験で蓄えた知恵を世・人のために提供できる人―という意味だ。そして、前向き積極的に地域社会と関わり、高齢者が兼備する能力を世・人のために捧げるべきではないかと提唱する。
年金問題は、先の国会でも論議を呼び、参議院選挙でも最大の争点になり、国民の関心は極めて高い。ナイスシニアらも直撃する。
地元の企業で働いた経歴がある佐伯さんの年金は、国民年金受給者よりも、やや多い程度である。だが、佐伯さんの心境は今、「年金は頂けるだけで有り難い。つましく暮らせば、不安なく生きていける」―。
佐伯さんは年金の支給を受け始めて当分、パチンコに入れ揚げた。勝った時はともかく、負けた後は「こんな遊びはもうやめよう」と決心するが、翌朝になると元の木阿弥…。その繰り返しは数年続いたという。
お金と時間がある程度自由になる高齢者が通る道の一つのようだ。佐伯さんは朴訥で、自分の思いを相手にうまく伝えるのが苦手。その分、遊びに走る自分を見詰めて、人一倍悩んでいた。そんな時に『竹の子学園』構想を、竹下員之さん(つくしクラブ代表幹事)から聞き及び、共鳴して幹事役まで買って出られた。
「子供らが自由に野山を走り回りタケノコ掘りやわらび狩りなども楽しませたい」という私の願望を、じっくり黙って傾聴していた優しい笑顔が、強く印象に残っている。
後日談になるが、この時の出会いがパチンコの泥沼から抜け出すきっかけになったようだ。まさに[金持ち][時間持ち][知恵持ち]の本領を、佐伯さんがフルに発揮する。
「すべて自由に使っていいよ」
幸か不幸か私が胃癌で倒れ、「竹の子学園」の開園が一年延びた。その間に尽力された佐伯さんの孤軍奮闘ぶりは想像を絶するほどだ。晴雨を問わず、未明から竹薮と格闘が続く。家族の支援や仲間の佐伯孝信さん(同クラブ幹事)らによる本業そっちのけでの協力も見逃せない。
広大な竹薮を美しい竹林に変貌させる作業、竹林を結ぶ道路の整備、800mに及ぶ遊歩道の新設、道端に桜の苗木を百本も植栽など…。
「自分の身体と時間を使って、人を喜ばせる行いをすることが、天から人間に与えられた役割だ」と、我が生涯の師・鍵山秀三郎さん(イエローハット創業者)から教わったが、佐伯成人さんらの実践はまさに師の導きそのもので、頭が下がる。
それらの整備に加え、景観の良い場所に人々が集い、憩えるように自ら手造りの「あずまや」を3棟も建てていただく。広場には百日紅(さるすべり)が植えられ、今夏は赤、白、ピンクの可憐な花が咲いて、来訪者の心を和ませ、慰めている。
佐伯成人さんらが丹精込めた自然空間を、私は勝手に《癒しの郷・百日紅公園》と名付けたが、尊い汗と涙と真心の結晶で、かけがえない。
費用負担を確かめた際、「どうせ暇な身分だし、年金の使い道をパチンコから竹薮に変えただけよ」とあっさり笑い飛ばし「すべて『竹の子学園』で自由に使っていいよ」―。
佐伯成人さんの口癖は「人生に回り道なし。今を一生懸命に…」。貴重な人生経験に裏打ちされた心魂に響く名言であり、胸に刻んでいる。