続・世相藪睨み

No.5 ~正義の仮面を付けたメディア報道の軽佻浮薄~

No.5 ~正義の仮面を付けたメディア報道の軽佻浮薄~No.5 ~正義の仮面を付けたメディア報道の軽佻浮薄~No.5 ~正義の仮面を付けたメディア報道の軽佻浮薄~

呆れ返るテレビの報道姿勢

 四大紙などの日刊新聞はともかくとして、キャスターが全面に出てくるテレビ報道のいい加減さには呆れる。白を黒といいながら、指摘されれば飽きもせず「ゴメンナサイ」。

 他の番組を余り見ないせいもあるが、テレビ朝日のニュース番組「報道ステーション」のメーンキャスター、古館伊知郎氏の誤った言葉遣いや解釈、やらせ番組などは、実に目に余る。解雇もされずにのさばっているのが不思議…。

 それにしてもニュースに殺人事件の多いこと。番組の大半をむごたらしい事件が占めている。日本はそれだけ殺人者の多い国かと、諸外国の誤解を招くほどである。

 現実に日本の治安は悪化しておらず、世界一安全な国であることは認められている。殺人事件でも半世紀をスパンに考えれば、半分以下になっているにもかかわらず、古館さんのニュース番組を見る限り、体感治安は著しく悪化している。

 ニュースの軽重にかかわらず、日替わりの話題を追い続ける報道姿勢もいかがなものか。

 最近でも年金で賑わしたかと思えば、中途半端で道路特定財源問題へ。食品偽装や農薬入りの餃子被害に、沖縄基地の米兵による少女暴行事件。あっという間にイージス艦と漁船の衝突事故のニュースに…。

 しかも被害者が発見されないまま一部を残して捜索が打ち切られ、福田康夫首相が事故のお詫びに被害者宅を訪問。さらに野党と共に「石破茂防衛相は辞めろ」の大合唱。

 もしかしたら古館さんは、敵がいない状態が不安になり、自ら仮想敵を作り出して攻撃しているのではと錯覚するほど。正義感を前面に出しているが、低俗な週刊誌レポーターにも劣るように思える。報道の基本をなおざりにしながら、事件の表層だけを追いかけていないか。

イージス艦は真っ黒か

 石破さんは歴代の防衛大臣(かつては防衛庁長官)では、かなりの傑物らしい。官僚の間では煙たい存在と評されているようだ。「大臣は責任を取って辞任せよ」の包囲網は、大歓迎と噂されている。防衛省内に生息している(たるみ菌(役人体質))の維持、増殖に役立つらしい。大臣の首が飛んでも官僚機構は痛くも痒くもない。彼らにとって石破さんのような硬骨漢がいなくなれば、気楽に働けるようだ。かえって動きやすい。トップはお飾りに限るとのこと。

 たるみで漁船と衝突し、惨事を起こしたイージス艦の罪は限りなく重い。非難されても当然のことだ。しかし、誤解を恐れず言うと漁船側にへまはなかったのか。古館さんのコメントには、この辺りの疑問が一言半句も出てこない。

 重箱の隅をほじくるような防衛省非難の報道も、それなりの価値はあろう。官僚に反省させ、たるみを引き締めるに効果はある。だが、過密ダイヤの海域においては、法令の遵守を超えて漁船にも衝突を回避する義務があったのではないか。

 もう一度原点に戻って、イージス艦、漁船どちらにも瑕疵はなかったか、洗い直す必要があると思う。せっかくの機会だから、再発防止のためにも検証すべきである。犠牲になったお二人は気の毒だが、不幸な事故だった。だが、軍艦が一方的な加害者だと決めつけた報道は、非現実的で愚かな論議に思えて仕方がない。いかがだろうか。

 素人考えだとしても、軍艦、タンカー、商船などは小型船を意識しての回避行動は難しい。現実的には漁船に回避義務があると考える方が、分かりやすく説得力がある。 石破さんは辞任して責任を取るのではなく、この機会に防衛省の(たるみ菌)と対峙すべきだろう。腹を括って組織改革に頑張ってほしい。

家庭教育に問題はなかったか

 性懲りもなく米軍基地のある沖縄で、米海兵隊による暴行事件が繰り返された。人間の尊厳をとことん傷つける行為で、決して許されるものではない。厳罰に処すべきだ。

 広島市内でも昨秋、岩国基地の海兵隊員らが同様の事件を起しているが、何故かマスコミの取り上げ方には大きな温度差が感じられる。

 事件は大きく報道され、日米双方の首脳から〝遺憾″の常套語が述べ合われた。さっそく再発防止策が講じられ、防犯灯の設置場所を増加、夜間の外出禁止令や巡回活動も強化されるようだ。

 再発を防ぐためにも犯人を厳罰に処してほしいが、なぜか告訴が取り下げられ米兵は釈放、外出禁止令も一部を除き解除された。

 被害を受けた少女は、法廷に立って自ら証言する重圧に耐えかねたのか、あるいは何らかの権力側の作為があったのか、定かではない。だが、メディアなどは、犯人の釈放を機に報道をしなくなった。一件落着?

 犯人の厳罰を願いながら、家庭の躾に問題はなかったのか、誤解を恐れず私見を述べてみたい。

 確かに米兵による事件は、基地があるから起こつたと言えよう。しかし、基地を縮小したり、移転すれば似たような事件がなくなるのか。ニュースは事件の起因を米軍基地のせいにしているが、基地問題と少女暴行事件は密接に関わっているように見えて、実は本質が違う。

 事件の起きた午後八時半頃は、家庭における一家団欒の時間ではないだろうか。その時間に中学生が繁華街を歩くことに、メディアは違和感を持たないのか。米兵に声を掛けられて、バイクの荷台に乗って付いていくのは、少なくとも尋常ではないと思う。

 報道の立場としては暴行事件を糾弾すると同時に、その原因の一つになっている日本の家庭のあり方に対しても、警鐘を鳴らすべきだろう。

 類似の事件は基地に限らず、身近なところで日常茶飯事のように繰り返されている。せめて一社くらいは「この機会に家庭のあり方や、子供の教育について考え直そう」と呼び掛けてほしかった。

キャスター発言の軽重

 一市民が社会の片隅で何をわめいても、世の中を動かすことは不可能に近い。しかし、テレビ画面で口角泡を飛ばすキャスターたちの言葉は、もしかしたら日本の進路を決める要因になりかねないと思われている。発言の意味は重い。

 日本中の空港、新幹線駅や車内のアナウンスを聞いていると、今にもテロが起こりそうな錯覚を起すほど、治安が急激に悪化しているように受けとめられる。いったい何に対して、何のために。これほどの警戒態勢が必要なのだろうか。

 しかし、国民は意外にものんびりしている。もしかしたら報道の真実と虚偽を、本能的に見分けているのかもしれない。視聴者はキャスターが考えている以上に冷静で、しかも賢いと思える。

 とすれば、古館さんも視聴者の変化に気付かず、一人よがりの道化師を演じているに過ぎない。そう思えばまだしも救われ、バラエティ番組と思えば腹も立たない。

 それでは悔しいだろうから、せめて柔和な顔を画面に出して、穏やかな語り口で、良いニュースも加えて事実を伝えてほしい。そうであれば、古館さんの報道も楽しく、かつ価値がアップするのではないか。

2008.5